昔日の後悔
村から離れたところでティンは後ろから付いてくる老人魔導師に振り返り、彼を観察してみる。フードを深く被り、顔を隠して不気味な雰囲気を纏っている。
「ねえ、おじいさん」
「……なんだ」
「おじいさんって、イヴァーライルの人?」
ティンが聞くと老人は足を止め、顔を見上げてティンを見る。
「何故、そう思う」
「だって、イヴァーライルの人じゃなきゃ知らないようなことを言っていたし。もしかしてと思って」
老人は問われてから口篭った。ティンとしては元イヴァーライル人だというのなら国の再建に色々役に立つのではと思っての質問だった。
「……俺は、ただの冒険者だ」
「でも、これから行くのイヴァーライルなんだけど」
告げた瞬間、男の態度が一変する。まるで何かを恐れるかのように震え上がり、目を彼方此方にぐりぐりと動かす。ティンは思わず側に赴いて顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 宿屋さんからはなにも聞いてないの?」
「あ、ああ……ただ、俺を呼んでる奴が居るとしか。えと……イヴァーライルは、その、なんだ」
と一度切ってから。
「元、軍属、なんだ」
「軍属?」
「ああ……昔はレディアンガーデ公国の公立魔法大学に所属してたんだ」
搾り出すような、押し出すような声で語りだす。
「そして、卒業後に俺は軍に所属した。当時は国に仕え、戦争となっていた国に勝利と平和を捧げると誓った」
「ふんふん」
「しかし、死に行く戦友たち。酒を共に飲んだ戦友達も次の日には死んでまた新しい戦友と酒を飲み交わす……それを繰り返す日々で俺もついに前線に出る事となったのだ。俺にとってはまさに戦友達の弔い合戦でもあった故、気合も一押しって所だったが……作戦は失敗、俺だけを残して部隊は全滅、いや寧ろ俺はその直前まで死んだと思っていた。だが」
老人はまた言葉を切り、顔を手で覆い始める。
「俺は気付けば生き延びていた。そこで……嫌になったんだ。何もかも」
「何も、かも?」
「そう、何もかも。友も死に、国の為に命を捧げる事も出来ずに生き延びて……戦争も、誇りも、総て投げ出したくなって、逃げたんだ。後は見ての通りだ。冒険者に身を落として彼方此方を放浪して来たって所だ」
言って男は手を離してうな垂れた。
「それで、何で戦争が終わっても帰らなかったの?」
「帰れるかよ……無様に生き延びて、本国じゃ俺の墓まで出来て、俺を知ってるやつなんて殆どいない、居たとしても無様に生き延びた俺を英雄あつかいか何かで、帰った所でまた戦場に送られるかまた死に行く戦友を見送るかのどっちかだ……どれにしても、また同じことの繰り返しだ」
「だから、帰らなかったんだ……でもどうする? 一応、この後ホテルに泊まってから国に向かう事になるんだけど、やめる?」
「……そもそも、何で冒険者なんて集める? 何をするんだ、あの国は」
「一応、大学作りの為だけど」
「……なるほど、あの国がそんな事を。つまり、構成員となる魔導師集めか」
そう言って老人は立ちあがった。
「どうする? 来たくないなら、その、見なかったことにしようか?」
ティンはいってからその後のことの処理を考えはじめる。何せこうはいってみたが、一人欠員が出た事を見逃すラルシアとは思えない。しかし、嫌がっている人間を、老人に無理をさせることは彼女には出来ない。
「構わん……一度捨てた国だ。今更国のためにどうこうしようってほど厚顔無恥じゃあないが、それでも、他に行くところもないんだ」
そう言って、老人はティンの下に付く。ティンはそう言うことならば、と老人を連れて行くととした。
じゃ、また。