奪う者、奪われた者
ティンは転移術式で村の外に舞い降りて村の中に入っていく……と思っていたが、どっちかと言うといつか見た聖都みたい野営地のようである。そんな村の中の看板を見ながら奥に進んで行き、宿屋に入り主に向き合って。
「あの、すいません。ちょっと良いですか? 此処に居る魔導師の人を引き取りに来たのですが」
「ん? あんた、何処の誰だい?」
返されたティンはティンで少々困った。何せ昨日の今日でべらべらと要らん事を喋って地雷を踏みまくるのは得策ではない。だが相手の言う事も間違っては居ない、居候の身分とは言え身元不明の人物に渡すのは気が引ける所もあるのだろう。
ティンは主の耳にひっそりと。
「イヴァーライルから」
とだけ告げた。すると向こうが。
「あ。あーあー! ちょいと待ってくれ」
どうやらこちらの意図を理解してくれたらしい。宿屋の主が何処かへと連絡を取り始めた。
「じゃああたし外から待ってますね」
「あいよ」
そう言ってティンは外に出た。店主に話しかけた時、特にミスをしていないし今日は問題ない。そう思っていたが。
「おいあいつ、魔導師を探してるって言ってたぞ」
その言葉にティンははっとなる。気付けば、周囲の人間が自分に集中してることに気がつく。
「そう言えばイヴァーライルの人間がこの辺りで魔導師を集めているって聞いたぞ」
「イヴァーライルだと……? 罰当たりなやつらめ」
ひそひそと、そんな話し声が聞こえてくる。ティンはそう言えば此処の所この辺りで散々イヴァーライルの名前を出して魔導師を集めていたのが僅か一日で此処まで広まるとは流石に彼女も予想していなかった。
そんな時、彼女の前に鎧を着込んだ大男がやって来る。
「イヴァーライル、だと?」
「あ、いや、その」
ティンは如何返事するか考えていると、大男は斧を構えて。
「漸く、見つけたぞ……父と母の仇ぃッ!」
ティン目掛け、振り下ろす。ティンは素早く男から距離を取る。しかし、ティンはそれよりも別の事を気にしていた。
「父と母の、仇?」
「そうだ……」
男は斧を構えなおし、ティンに向けて再び振り被る。
「私は、かつて貴様らに全てを奪われた男だっ!!」
ティンと距離をつめ斧を振り下ろす。ティンは混乱しながらも即座に回避し、男は何度も斧を振り回してティンを追いかける。大型の斧による攻撃程度ならティンなら余裕で反撃出きるどころか斧の破壊を行って相手の戦闘不能を狙うことも余裕だ。高機動力特化剣士とはそう言うもの。剣と言うオーソドックスかつ扱いやすい、速さに特化して繊細に攻撃出来る武器に対し、相手は斧と言う大型の武器で基本的に大振りかつ攻撃が単調で非常にかわしやすい。だがその分攻撃の重みは何よりも高く、回避が低く防御に徹した者なら即座に立ち斬り粉砕する一撃となるだろう。
だがティンはそこで反撃に出ない。いや出せない。理由は単純、混乱しているからに他ならない。
「全てを奪った? 誰が、何時?」
「とぼける気か、イヴァーライル!」
男は斧を円運動の軌道に乗せて攻撃を連打し続ける。体を捻り、或いは腕を返して勢いを殺さずに何度も何度もティンへとその凶刃を振い続けるが、。
「知るか、そんなもの!」
「知らぬだとッ!?」
響く声に続く地響くを伴う轟音。男は怒りに任せて斧を地面目掛けて叩き付けた。そしてティンを見る男の目は狂気と憤怒に彩られ、ああその姿は正しく親の仇を見る目に相違なかった。
「知らぬ、だと……!? 存ぜぬと!? ふざけるなッ! 貴様らイヴァーライルが、この村で、私にした事を忘れるものかッッ!! 父を殺し、母を戦利品と謳って連れ去った貴様らをッッ!!」
「――え」
一瞬、ティンは頭の中が真っ白となる。直後、その首目掛けて鈍く光る斧が飛翔し、ティンは無意識の内に男の手首を切り裂き斧を蹴っ飛ばして武装を解除する。
「くっ!」
「あ」
気付けば男がひるみ、一歩引いていた。そして男は再びティンを睨む。
「おのれ……!」
「あ、えと、ど、どういうことだ! そんなもん」
「前回、あの第四次世界大戦中の出来事だ。イヴァーライルに、レディアンガーデの尖兵にこの村は攻められた。そして、村の防衛に出てた私の父は私の、見ている前で、レディアンガーデの手によって殺され、その身を蹂躙されたのだッ!」
「レディアン、ガーデ……」
「そしてそのまま、村に攻め入ったレディアンガーデは村の蓄えを奪い、そして村の美しい女達を――私の母までもを、戦利品と称して連れ去ったのだ!!」
涙混じりにかつての絶望を叫び上げる。そしてじりじりと動いて落とされた斧を拾い上げる。
「許さぬ、決して許さぬぞイヴァーライル!! 父を貶め、母を汚した貴様らだけは、決してッッ!!」
男の怨嗟を一人受け止めるティンは昨日女王より受けた言葉を思い出した。
「奪われたやつの末路は大概、自分も奪う者になる。当然だ、奪うやつは何も持ってないから奪い、奪われたやつも何もなくなるから誰かから奪う」
謳うように、心理と言わんばかりに女王は語る。
「だから言ってやれ。お前もおんなじだろう、と。お前だって奪っているんだ、一々気にしてる場合じゃない、ってな」
そう、略奪者の末路は――。
「じゃあ聞くけど」
ティンは剣を構えなおして。
「お前は今まで、被害者面できる事しかしていないのかよ?」
「な、あ……」
言われて、男は一瞬ひるんだ。しかし直ぐに立ち直って。
「き、詭弁を」
「その鎧は何? 手にした斧は? あんたも誰かを暴力に訴えて奪ったんじゃないのか?」
「う、煩い、煩い煩いッッ!! 黙れえええッッ!! き、貴様らが悪いのだ……貴様らが」
「じゃあ、お前がその内誰かに憎まれて背中を刺されたら、それは誰のせいだ? ほら、後ろにいるよ」
言った直後、男は後ろに振り返った。そこには、近くの見物人が居て、男はそいつに向けて斧を向ける。
「き、き、き」
「おい、何処を見てる」
言って、ティンは男の首筋に刃を当てる。
「お前が喧嘩を売ったのはあたしだろう? そいつにも恨みでもあるのか? それとも……」
「く、ぐっ……お、己ぇ、己ぇぇぇッッ! わ、私は」
「黙れ、小僧」
すっ、と言った感じに現れた老人が男の肩に手を置いた。
「な、何だ貴様」
「何時聞いても、被害者面してる奴の言う事は手前勝手なやつばかりだ」
「離せ貴様、何を」
「なあ、手前。この村は昔近隣の国と連携して何をしてたのか知ってるのか?」
老人は語り、厳しい視線を叩きつける。
「近くに置いたイヴァーライルの集落を襲い、死人まで出したのを知らないと? 戦争であった当時を加味しても、この村が攻め入られたのは誰も文句が言えねぇぞ? 寧ろ、多くの戦友を殺されたこっちは、手前こそ仇なんだがなあ?」
「な、な」
「ふん……悪い、待たせたようだな」
そう言ってティンの前に老人が歩み寄る。
「あ、じゃああんたが?」
「ああ、魔導師だ。話は聞いてる、何処にでも連れて行ってくれ」
んじゃ、また。