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国と王と

「鹿嶋のやつ、大学に行くのか……」

「つうか、行くならなんで冒険者やったんだ?」

 火憐と有栖は部屋に戻っていく鹿嶋の背中を見送って呟く。瑞穂はティンのほうを見ると。

「そういえばティンさん、仕事は?」

「ん、今休憩中。この後にもっかい行くけど、何で?」

「ちょっとね。何処に行くのか教えてほしいんだけど」

「良いよ」

 ティンはラルシアやディレーヌらから口止めされてもなければ見せるなとも言われてなかった、寧ろ女王に。

「宣伝にもなるから、聞いて回ってもいいぞ」

 とまで言われてるほどである。なのでティンは資料を手渡して見せる。瑞穂は書類を見てある箇所に目をつける。

「……この地域って」

「どうかした?」

「ティンさん、この地域について知ってる?」

「ううん、何も。どうかしたの?」

「……この辺」

 と言って瑞穂は地図の一箇所、正確には裏の世界の南の地域。イヴァーライル王国に近い場所を指差して。

「此処でイヴァーライルの使者だって言わない方が良いよ」

「何で?」

 ティンは問い返すと瑞穂は首をかしげて。

「いや、いっそ寧ろ言って見た方がティンさんも学ぶか」

「はい?」

「まいっか、一応忠告はしたよ。じゃ、後は任せる」

 そう言って瑞穂は立去り、釣られて一行も立去った。

「……行くかな」

 用件は飲み込めなかったが、一先ず仕事に赴く事にした。



 ある村の宿屋へと顔を出す。そこは一階が酒場を兼ねているらしくそこでは村人や冒険者が入り混じって酒を飲んでいる。ティンは店の奥のカウンターへ赴いて。

「あ、すいません。あたしイヴァーライルの」

 と、そこでカウンター越しのマスターから口止めされた。何故かと思っていると。

「しーっ。此処でその名は出さないほうが良い」

「え、何で」

「周りを見てみな」

 言われてティンは周囲へと目を配る。何やら数人がこちらを睨んでいるようで。

「俺は客商売やってるから気にしねえんだけどよ。この村は昔、イヴァーライルに攻め込まれてな。それ以来と言うかまあ、昔から色んな国の小競り合いとかの戦場になってるからな。此処最近じゃないが、じーさんばーさんはイヴァーライルとか国の使いとかを目の敵にしてるから気を付けた方が良いぜ」

「そう、なんだ。でもあんたは気にしないの?」

「おう。この仕事してるとんなの気にする必要なくなるぜ。例えじーさんがイヴァーライルに殺されてたしてもな」

 マスターはそんな事を笑いながら話す姿に、ティンは少し引きながら事情と言うものを理解した。ああ、つまりそういうこと。かつての敵対国、いや侵略先となっていた村への出張ともなればこの様な事態になると言う事。だから瑞穂は。

「……魔導師の人、居ますか?」

「ああ、そう言えばそんな話だっけか。そんじゃ外で待ってな」

 言われてティンは外に出た。溜息を吐いて周りを見渡す。一応自分の勘で現在の状況を確認すると特に今は問題ないと言う結果だけ返って来る。

「戦争、ね」

 少々腑に落ちない言葉であった。何故かと言えば、自分が今まで経験していないからだ。つまり如何いう事かと言うと。

「あたし、別にイヴァーライル人とかじゃないんだけどな……」

 彼等が憎んで、嫌悪して、敵対視してるのは別の人物。何より。

「……女王陛下も、ディレーヌさんも、ルジュさんやマリンさんも、いい人だと思うんだけど……」

「あ、すいません。お待たせしてしまいましたか?」

 呟いていると、後ろから魔導師の男が言葉をかけてくる。

「……どうも」

「え、あの、どうかしましたか?」

「……なんでもない。早く行こう」

 そう言ってティンは男魔導師を連れ出して村を出た。続いて別の村でも。

「あの、イヴァーライルから」

「お嬢さんしーっ! この村でその名前はNG! 今呼ぶから待ってな」

 そういわれてティンは宿屋のカウンターから一歩下がる。すると、今度は別方向から声が。

「なあ聞いたか? あのイヴァーライルが再建に乗り出してるらしいぜ」

「はっ、まだ滅んでなかったのかよ、あの国。呪われてたんだからさっさとくたばれってんだ」

「全くだ、一回天罰食らったからって調子乗ってんだぜ。しかも、何か知らんが何処の馬の骨か分からん女を国主に添えたらしいぞ」

「何だそりゃ、適当にくじ引きで決めた女に国を任せるってか? なんだ、ほっときゃ勝手に終わるなそりゃ。あっはははは!」

 一瞬、斬ってやろうかと思ったが面倒なのでやめた。ああいう手合いは気にするだけ損だろうと思ってやって来た魔導師を連れて外に出た。

(……イヴァーライルが、この村に何をしたんだろう)

 そう思って外に出た。続いての村では。

「イ、イヴァーライルの使いだと!? 呪いの化身めが、何をしに来た!?」

 宿屋の長に向けての名乗りが通りすがりの者に聞かれ、そこで騒がれると言う事態にまで至った。

「レディアンガーデの手先か、貴様!? この村から何を奪う気だ!?」

「帰れ! もうこの村に貴様らレディアンガーデに奪われるものなどない!」

 叫ぶのは殆どが老人。彼らは怒りの意志をティンに向けて石を投げ付ける。投げられた方としては別に何だ、と言う訳でもなく避けられるし、現に彼女も剣で叩き落した。落とした石の一部が老人の額に当たって尻餅をつく。

「こっ、このっ、悪魔! 呪いに犯された悪魔だ! 消えろ、この村から!」

「おいおい何の騒ぎ……って何じゃこりゃ!?」

 後からやって来た魔導師はその状況を見て驚く。何せ集まった人だかりに石を投げる老人達。ティンはそれを律儀に叩き落している。

「……行こう」

 そう言って魔導師の手を引いて、老人達を押しのけて強引に外へと連れ出す。


 夜、公爵館の談話室でティンは力を抜いて座り込んでいた。今日の出来事を振り返っていた。

「如何したよ。んなつかれた顔して」

「あ、女王陛下……」

 そこにエーヴィア女王がやって来てティンの向かい側の席に座り込んだ。

「おう、今日は盛大に人を集めたそうだな」

「いえ、あたしは言われたとこに行って迎えに行っただけです」

「ん、あいつから何も聞いてないのか?」

「……はい?」

 ティンは何か嫌な予感を噛み締めながら問い返す。

「そっか。まいっか」

「よくないので説明を」

「向こうに話は通したが、話だけは通してあるだけだ。言い換えれば、迎えに行くと“だけ”言ってある状態だからな、実際に如何するかはお前次第だし、交渉の仕方を間違えりゃ大変な事になるわなあ」

 けたけたと、悪戯のネタ晴らしをする子供みたいな顔で笑っていた。

「……おおーい」

「んま、向こうとしても金くれたうえで穀潰しを持って行ってくれるんだから万々歳だろうからな、お前が下手な台詞でも言わん限り平気だよ」

 エーヴィアの台詞にティンまでも苦い笑みではあるが笑って気が楽になった。

「あの、陛下。ちょっと、いいですか?」

「んだよ、詰まらん事なら潰すぞ」

 物騒な台詞を吐くエーヴィアを相手にティンは今日の出来事を語る。イヴァーライルと言う国を。

「ああ、んなことか」

「んな、こと?」

「おう。何だお前、この国が悪いこと言われない国だとでも思ってたのか?」

「……え、っと」

「考えてもなかった、か。ま、そりゃそっか」

 エーヴィアはそう言って窓に目を移す。夜空を彩る月を見上げながら。

「イヴァーライルは一応西洋大陸出身の人間が多い。だからかつての第四次世界大戦時にも参加してたんだよ。お前が行ったのはその時に攻め入った、或いは戦場になった地域だな」

「あの、陛下はそういうの気にしないんですか?」

「気にしない」

 ティンの言葉に切り裂くような返事が出る。

「くだらない。一々気にしてたら王様やれん。私は王だ、国を背負って立つ王だ。如何でもいいし、んな昔の事を一々気にしてたら前なんぞ向けん」

「……エーヴィア、陛下」

 ティンは強く断言する女王の姿にただ気圧されるしかない。だけど。

「……あそこの人達は、皆戦争で失くしたから、この国を憎んでるの、かな」

「だろうな」

「なんで、戦争なんてしちゃうんだろう」

「世の中には必要悪ってのがある」

 ティンの言葉にエーヴィアは鋭く答える。威圧するような態度と声だが、しかし言い換えればそれは相手に自分の言葉をしっかり伝えようとしている証でもある。

「戦争を行うのは、単純に戦争をする方が豊かになるからだ」

「でも、人が死ぬじゃないですか」

 ティンは、思い出す。つい最近まで知らなかったもう一人の家族の事を。恐らく知ってるのは孤児院で自分しかいないであろう家族の事を。

「ああそうだ。だが時と場合によっては戦争をしなければ逆に人が死ぬ。争わなければ平和か? 違うだろうが、国が小さけりゃ何処かで飢えて死ぬやつが出る。する仕事がなけりゃ飢え死にするやつが出る。そう言うのを対処するにも多くの人が必要となる、金が動く戦争が必要なんだ。だからこその、必要悪だ」

「必要、悪」

「誰かがやらにゃならん、誰かが悪になって人を動かす必要がある。誰かが悪を担えと言うのなら、それは王の役目だ。王が先に立って悪を背負う必要があるんだ」

「……何で、王様はそこまでするんですか」

「人を導き、国を動かすのに綺麗で居られるわけがない。主の仕事は汚れ仕事だと教わった、ならば王の仕事はそう言う汚れ仕事を請け負う事だと思う。でなきゃ、下の連中が動けないしな」

 堂々と語る女王の姿に、ティンはある感情がよぎった。よく分からないが、なんて言えばいいのか知らないが。

「ねえ、陛下」

「何だ」

「もし、もしも、さ」

 他にもそう言うべき人がいっぱい居た気がする。別に彼女に言う必要は無い気がする。だが。

「あたしも、陛下の下で働きたいって言ったら……」

 この人を支えたい、と思った。

「別に構わんが、今の状態じゃただ泥舟に乗って沈む船に乗っかるだけだ。もうちっと国が豊かになったらなもっかい考えろ」

「そう、ですか」

 そう言ってエーヴィア陛下は談話室を出ようとして。

「ああ、そうそう。もしも、また明日行った所で難癖付けられたら、言い返してやるといい」

「何て?」

 ティンの問い返しに、エーヴィア陛下はにやりと笑って。

「所詮略奪された奴の末路は、結局同じってこった」

 んじゃ、また。

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