唯一の村
馬車は目的の村へ着くと荷物を下ろそうとして、その荷物の軽さに気付いた。果てと思うと。
「ああ、今日は此処に野菜を取りに来ただけなんだ。一応そこの箱を下ろしておいてくれ」
「ほーい」
「お疲れ様ですわ」
「ああ、うん……って」
ティンは箱を抱えて下ろそうした瞬間に響いた言葉に思わず体が止まった。何故なら、馬車の外で優雅に紅茶を飲んでいる人間に視線が向いたゆえだ。その人物とは。
「あら、どうかしまして? 早くなさいな」
「って、お前なんで此処に居るんだよラルシア!?」
びしっと伸ばした指先をラルシアに向け、怒鳴るティンに彼女は優雅な仕草で紅茶を啜り、ティンの方に視線を送ると。
「あら、私は仕事帰りに視察に立ち寄っただけですわ。何かおかしくて? さて傭兵さん、早く仕事に戻りなさいな」
「いやだからって」
「文句を漏らす余裕があるなら速くなさいな。それ、貴方の夕飯でしてよ」
「……へ?」
ラルシアはさも当たり前と言わんばかりにそう言うと茶を啜った。
「どゆこと?」
「この野菜は全て公爵館に送られますわ、そこで食事を取るなら、今日食べる野菜はその野菜ですわ」
そう言ってラルシアは顎でしゃくって山と詰まれた野菜を示す。見れば既に下ろされた箱に野菜を積んでいく男達が見えた。今、一緒に住んでる友人が見たらどんな反応するのか、少し見てみたい気がするが。
と、ティンはそんな屈強な男達と一緒に混ざって箱に野菜を積み込んでいくが、積み込んだ箱を持って行こうとするとそこで止まる。理由は。
「お、重いぃいいいいい~」
そう唸って一人で持っていくがよろよろと歩いていく。周りの男達はほいほいと箱を持って行き、一人がそんな彼女の元に近づくと。
「大丈夫か、あんた? 騎士さんなのに力無いねー」
そう言って一緒に持って馬車の荷台まで持って行くと飽きれた表情をしたラルシアが歩み寄り。
「どうしたの?」
「あなた、こんなのも持てないんですの?」
「じゃあお前持ってみろよ」
ティンはまるで馬鹿にしてるような物言いのラルシアに睨みながら返すと彼女は鼻を鳴らすと箱の角を片手で掴む。どうするのだろうと見ていると空いてる手で別の方向で箱を抑え、抱え込むように持ち上げ。
「ふん」
軽いと言わんばかりに大振りで箱を荷台の中へと投げ込んだ。箱は派手な音を立てて荷台の奥に入り込んで収まった。
それを見た者達はしんと静まり返ってラルシアを見るが彼女はなんでもないと言わんばかりに元のテーブル席に戻っていく。
「な、何つー馬鹿力……」
「い、いや、きっと技術的な物だよ……多分」
隣の男は完全に震え声だった。思えば、彼女は相当な力持ちである事実が度々出て来たような気がするが、ここまで露骨に見たことはなかったと思い返す。
誰もが止まって立ち尽くしていたが、誰かが仕事を再開するとそれに準じて全員が仕事を再開して行く。ティンは自分に力仕事は向いてないと悟ったのか一歩引いてラルシアの元にまで歩み寄る。
「あの程度も持てないんですか、貴方は」
「あんなの普通持てるかっつーの。おまえどんな馬鹿力なんだよ」
「ふん……まあ良いですけど」
そう言って茶を啜ってケーキを口にする。それを見てティンは思い出したように。
「そだ、あの野菜って沢山積んでるけど幾らぐらいするの?」
「いえ、あれについてお金は出ませんわ」
「へ? 何で? この村って野菜を作って商売してるんじゃ」
ラルシアは遠くを見つめながら語る。
「と言うよりもあの野菜についてお金を出す訳にはいかないのですわ」
「何でだよ」
「税金と言うものを教えましたよね?」
問いかけるような、確かめるようなラルシアの視線にティンは頷いて。
「この村は、税金を払っていないのですわ」
「税金を払って無いと……あ」
そこまで考えてティンは以前ラルシアから教えられた話を思い出す。税金が無いと言う事は。
「そう、国の資金が尽きる。面倒なので全部言ってしまうと、この村は商売と言える事を全くしていない。此処で作られた穀物は国中に配られるだけで終わり、収入と呼べるようなものはありません」
「何でそんなことに」
「呪いのせいで国の集落がほぼ壊滅、しかも呪いの噂が原因で誰も此処に立ち寄らないから本来行われるべき流通が起きていないのです。故に、この国は村が無償で穀物を出す代わりに税金を免除しているのです」
ぴしゃりといった物言いにティンは尚も問いを投げる。
「国が買っちゃ駄目なの?」
「逆に問いますが、そんな事にお金を出して渡された村人は如何すれば良いと? 外に浪費すれば国の資産が消えるんですのよ? そうなれば補充が出来ない国は積みます。村も、村人全員も農業をする為だけの勉強しかしていませんわ。畑や田圃の世話は国が請け負っている以上、彼らにお金を渡す意味はありません」
「お金が無いのに、どうやって生活を」
「食料は彼らが自給自足でやっていますわ。その為の資金は私とディレーヌ様でやっています。つまり、彼らにお金を渡さない方が都合が良いのです」
「うーん、あじゃあラルシアが外に売って来ればいいんじゃ」
ティンはそこまで聞いて名案だと言わんばかりに言うが。
「残念ですが、それは出来ません。それはディレーヌ様も同じ。何故なら、私が社長だからです。ポケットマネーで個人的に農業に必要な物を揃えて横流しするのはまだ個人のお遊びで平気ですが、これで商売をするとなると流石に個人のお遊びではなく貿易業を始める事となり世間から注目を浴びます。それは、私とこの国にとって良い結果を生みませんわ」
「ディレーヌ様も?」
「ええ。あの人の実家は世界最大の経営会社であり、その社長令嬢。今は個人で稼いだポケットマネーと自らのコネでどうにかしていますが、それを輸入してしまうと他方に迷惑がかかります。下手をすれば、それこそ世界が傾きかねません。ですので国内の事業程度で終わらせているのです」
「うーん……じゃあどうすれば」
とティンが唸るとラルシアが呆れたと、何をあほな事をと言わんばかりに笑うと。
「それをどうにかする為に動いているのでしょう? 貴方の言った大学、結構良い感じに動いているのでしてよ。今日は私も忙しいので大きな事は出来ませんが、今日は一人」
ラルシアは柔らかい笑みで紅茶を飲み干して立ち上がると指を鳴らす。
「明日からはいよいよ本格的に、十人は連れてきてもらいますからね。よろしくお願いしますわ」
見れば真上、そこからヘリコプターがラルシアの近くにまで降り立つ。ラルシアは優雅な足並みでデュークと共に乗り込むと、ヘリは再び暴風を巻き起こして飛び立っていく。それをぼうっと見続けていると。
「おーい、騎士さーん! 積み込みも終わったから帰るよー!」
「あ、はーい!」
返事をして彼女もまた馬車の荷台に乗り込んだ。
んじゃ、また。