処刑
時衛士に付きっきりで行う訓練もいよいよ一週間が経過する。
単純な肉弾戦、銃火器の扱い方。それらをそれぞれ一日五時間行い育成する。次の段階には七日が経過した時点で強制的に移行させるつもりだった。
褐色の女、エミリアは自身と衛士しか利用していない寮の廊下を歩き、顔に掛かる無造作に刈られたショートの白髪を掻き揚げながら嘆息した。
時衛士の成長は思いの外滞っていた。芳しくない、というのだろうか。
最初期の戦闘では中々の腕を見せた。見事に意表もついてくれたのは流石に出来すぎだと苦笑してしまうほどだった。しかしその初日から激しさを増してまた内容も濃くした訓練を続けてきたのにも関わらず、今の彼はその鍛錬にようやく”慣れ”を見せた程度だった。つまりは、一般人に毛が生えた程度。ここに来た者ならば誰でも容易にたどり着ける境地。
動きは確かに良い。判断も中々だ。しかし繰り返す中でそれは研ぎ澄まされるわけでも鋭く剥かれるわけでもなく、良くも悪くも以前と何も変わらない。
天才だと思っていたが、ただの早熟だったのだろうか。彼が自身を磨く事をすれば、表の世界の何らかの競技で世界的に目立つことも出来ただろう。だがその程度では、競技の範囲の強さでは役には立たない。この世界ではそうだった。
まるで肩透かしを食らったような気分になって、また幾度目にかになる溜息を付いた。
保健医にも相談してみようとは思うが、彼女と一度でも会話を交わせばゆうに二、三時間は潰される。薬品棚に忍ばせる酒瓶を片手に話は一方的に弾んでしまうだろう。下戸である彼女にはそれが苦痛でしかなかった。
だからといって組織の上役に楯突く訳にもいかない。彼を任された以上、どんな資質を持っていようとも一人前に育て上げる事が義務であるからだ。それを放棄したいと、それを成し遂げる自身がないとこの口でそう吐き捨てる事など言語道断、天地がひっくり返ってもありえないことである。
何もせずにあの実力だから評価された。だが一週間、四月から受ける訓練以上の鍛錬を積み重ねた彼の実力が以前のままでは既に評価に値しない。最も、一般人と考えればやはり伸び白はあるのだろうが……。
エミリアはなんだか、好いた男の情けない部分を目撃してしまったような落胆に襲われながらもやがて衛士の部屋の前に来た。
時刻は午前一時○○分。恐らく”目標”が派手に行動を起こすまで二時間はあるだろう。
夜はこれからだ。それ故に、タイミング良く起きたコレにこの新参者を体験させない選択肢はないだろう。
彼女は今日に限っては耐時スーツではなく、カーキ色のチノパンに黒いタンクトップ姿。冬の空気には些か厳しい格好であったが、特に危険も無い自由時間であると彼女は季節問わずその格好であった。理由は簡単に、動きやすいから、である。
エミリアはポケットから銀色の短いキーを取り出すと、そのままおもむろに人差し指で液晶パネルへと触れる。直後にそこは音も無く赤く点滅し、彼女はそのまま五秒程度指を押し付ける。すると短い電子音の後、その直ぐ下の板が沈み、流れ、鍵穴と入れ替わる。彼女は手にしていたマスターキーで鍵穴を捻り、自力で扉を開けせしめた。
廊下の変わりなく辺りを照らす照明の明かりが中へ差し込むと――その正面にある寝台に、半身を起こして彼女へと向く衛士の姿がそこにあった。
音で起きたのだろうか。あるいは気配か、それとも最初からそうしていたのだろうか。エミリアは短く考え、彼のことだから音によって目が覚めたのだろうと答えを導いた後、握りこぶしを腰にやって端的に告げる。
「組織内で不審な動きを見せる影があった。恐らくソレはここを逃げ出し、処刑される。流石に参加は出来ないが、見学だけでもしておけ」
「……ちょっと、聞いてた話と違うんですけど」
――不意に妙な気配に目を覚ましてみると、電子セキュリティが施されているはずの扉はおもむろに開き、逆光の中で偉そうに立つそれが口を開いた。声は聞き覚えがあるというか、嫌と言うほど聞いたエミリアのものである。
覚醒した瞬間には既に頭は冴えて眠気は吹っ飛んでいた。故に、彼女の言葉に妙な違和感を覚える。
以前聞いたとき、逃走者だとかいう、ここから逃げ出す人間は殆ど居ないと聞いたのだ。だというのに、幾らなんでもそんなとびきりに珍しい事が丁度このタイミングで起こりえるだろうか。衛士は首が引きちぎれるくらいに首を振った。心の中で。
「安心しろ。あの説明は逃走者は居るがここを出るものは皆無だ、というものに過ぎない」
「いや、逃げ出すものは居ないって……」
「ある意味そうだ。この地下空間から出られないのだからな……言い得て妙と言うものだろう」
詐欺だ。衛士は嘆き頭を抱える。もし夜中に目が冴えて散歩でもしている時にそんな場面と出くわしたらどうするつもりだろうか。話では”処刑人”という特別な役職が存在する事から逃走者の量は勿論、その仕事の正確性は疑う余地も無いのだろうが――。
「まぁいい」
「全然良くないですよ」
「一時三○分までに寮の前に来い。後はそこで説明する」
「ちょっと――」
「遅れるなよ」
扉は一方的に閉められると、直後に自動的に施錠されて隙間が失せた。倉庫のような狭い部屋の中からは再び光りが失せて、衛士はなす術も無く嘆息し、寝台を後にした。
この地下空間では巨大な空調が気温を操作している。だが冬は冬らしく、夏は夏らしく気温を変化させ表の世界と大きな違いを作ろうとしないために、今現在は酷く寒かった。
そうはいってもこの空間に夜は無く、外、というか部屋から出た時点で凄まじい光量が衛士の網膜に襲い掛かっていた。
彼はしっかりと迷彩服を着込んでいるのにもかかわらず、エミリアはタンクトップにチノパン、それに革の軍靴が如きブーツだけを身に着ける。腰に巻きつけられるホルスターには一丁の愛銃だけが装備されていて、外は一切の無防備だった。
「時に貴様。これまで刀剣と銃をそれぞれ使用してきたわけだが、どちらがより手に馴染んだ?」
何気なく、寮の軒先で並んで立つ彼女は尋ねてくる。衛士はそんな不意の事に、そうだなぁと暫し経験を思い返して思考する。
刀剣ではナイフは軽く、また肉弾戦に近い射程でより確実に急所を打つ事が出来る便利な道具だった。また拳のみを使う相手であれば防御が同時に攻撃に転じる。刀の場合は重く、慣れや経験のせいで間合いが分かりづらく、素早い相手には不向きであった。西洋剣も重量が増すだけで同様の結論へと導かれてしまう。
銃火器の場合は、拳銃であれば遠距離からの射撃が不可であるものの近接格闘に交えるのならば酷く使い勝手が良い。銃底も固く打撃に移行する事が出来るが、それを目的に使用するにはやや不向きだ。されど素早くともその軌道さえ読めれば問題は無い。ナイフを併用すれば尚よし、と言ったところだろう。
アサルトライフルは予想を上回る反動に驚いたが、慣れれば確かに弾幕を張るのに便利だろう。多勢を相手にするには便利と思われる。ライフルの場合では反動は段違いであるものの、その一撃一撃に確かな力強さを感じる。が、やはり衛士に向くものではないようだった。
「西洋剣とかにはロマン感じますけど、やっぱナイフですかね。拳銃は便利でしたが、予備弾倉とかの持ち歩きで荷物が重くなるのが嫌です」
「なるほど」
「剣とか、使う人居るんですか?」
「自称達人、がな。だが実力は確かな者ばかりだ。貴様のように無駄があるわけではないからな」
外にもワイヤーや鞭、ナックルやらスタンガンやらを好んで使う人間も居るらしい。彼は想像もつかないそれらに感嘆し、それから自身の平凡さに照らし合わせて首を振る。
特別な道具を使えるからといって平凡だとか、そうでないとか言う事は無いだろう。それぞれに合った武器を使用し、それで命が長引くのならばそれでいい。各々が珍しい、ないし汎用的、量産的、陳腐的な道具を使用する利用などそんな程度のものなのだ。
特殊な効果が付随する道具とて、使う目的はそれと相違ないだろう。ただ特殊、特別なだけ。利便さがいくらか上がっているかもしれないが、かえって面倒になっているものもある。適性者とは、ある種の実験体と考えても大きな間違いでもない。そう考えられたが、特にこれといった感情は湧かなかった。
「いずれ貴様もそれらと肩を並べ背を預けることになるだろう」
「ここでも人間関係は良好で行きたいんですが……幸先が悪かったですからねぇ」
「なんだ貴様。まだ”彼女”の事を引きずっているのか?」
「……ッ!」
頬を緩めてちょっと皮肉る。そのお返しがその精神を深く抉る物になるとは思いも寄らなかった。
衛士は思わず反射的に眉をしかめて、エミリアを睨む。彼女は無表情と言うよりは少し眉尻を下げて同情といった意味を孕む顔をしていた。
そんな、彼女に似つかわしい表情に不意をつかれ、たじろぐ。何か自分が悪いことでもしてしまったかのような後悔に似た感情に襲われるのは、やはり生来女性に弱いからなのだろうか。
エミリアが言う”彼女”とは違う優しさ、あるいはソレに類する何かを彼女から感じてしまう。幻想だ、と衛士は首を振り、気まずそうに顔を背けた。
――直後、耳をつんざくようなアラーム音が周囲に響き渡る。空は未だ蒼く明るいままだが、衛士は本能的に赤く点滅する世界を垣間見る。
傍らのエミリアはリラックスするように腰に手をやるが、まるで初めてである衛士はそんな状態に精神を持っていけるはずも無く、彼女から一歩後ろに引いて身構えた。
何が起こるのか、想像もつかない。目の前で惨殺が行われるかもしれない。だがここに来る遥か後方で全てが片付いてしまうかもしれない。あるいは逃走者の戦闘能力は強く、処刑人と対等な戦闘を繰り広げる可能性さえある。
逃げ出すからにはそれなりの情報と、道具も、武器も持ち出すだろう。だがソレに対抗すべく構成された処刑人である。複数形はついていないものの、複数出てくることは必至だろう。また逃走者とて同様だ。
――平和な道路。二車線が広がり、歩道とそれを隔てるように街路樹が植えられている。その風景は衛士が今まで居た世界と何ら変わったところが見えない。大きな違いといえば、この一週間を過ごしてきた中で、保健医とエミリア以外の人間と出会わぬほど人気が無い事であった。
立ち並ぶビルや商店はただの飾りで中は空洞。建造物はしっかりとした造りであろうとも、それは見せかけの為に作られただけであった。商店やらはここより十キロ以上進んだ先にある、いわゆる市街地に行かなければ存在しない。人も、ソコに行けば表の世界と同様の密度で居るらしい。
そして今回の逃走者も、どうやらそこから此方、つまり出口があるらしい方向へと逃げ出しているとの話だった。
「数は二人。武装はM4カービンをそれぞれ装備し、また試作型である新・耐時スーツの発展型を装備している模様。足は施設に駐車されていた四駆」
対する処刑人はただ一人。武装は試作、発展型に依存しない独自の耐時スーツであり、それに一本の身の丈ほどある大剣のみ。
どう考えても重量以前に追いつくことは無理であるように見えた。
「しかし、依存しない独自の……ってなんなんですか? アンナさんみたいな?」
名前は先日伺っていた。だから彼はそれを口にすると、彼女はうむと顎を下げた。
しかし――着脱不可の耐時スーツが試作型と聞いたときには耳を疑ったものだ。試作でありながらもその効果は他のものに引けをとらぬほど十分で、それを基点に発展型を作ったものの、それを開発した以降で様々な耐時スーツが現れてしまったせいで”基本型”と言うものが存在しなくなってしまった。
あるのは初期型である試作型のみであり、その他はそれぞれの使用目的、ないし利用者の好みによって装備が分かれる。何よりも種類が多いのはそんな事が主な理由だった。
「処刑人は匿名で参加するため適正者の中から無作為に、その際に適切な人数が選ばれる。ここに居る人間は全員関係者だからな。逃走者に義理を掛ける間抜けは居ないが、少なくとも配慮した結果だ」
「でも、一人で十分って判断されるんじゃ、もう終わってる可能性も……?」
「貴様の存在は少なくとも適正者全員が知っている。今回の事を貴様に隠す理由が無く、故にわざわざここまで泳がしてくれるだろう」
――言っている間に、左方向から僅かなエンジンの駆動音が耳に届く。聞きなれた、されど最早懐かしいとさえ感じるその音を衛士が聞き逃すはずも無かった。タイヤが道路を掛け、その白い塊は徐々にその輪郭を確かなモノにしていく。
フロントガラスの奥に二つの影。そしてその上に、仁王立ちする一つの影が異様過ぎるほど映えていた。
「……配慮、ですか」
仲間殺しに心を傷つけるものが居るだろうという配慮があったのだろう。仁王立ちする影は覆面を装備しているが、どうにもその行為はパフォーマンスとしか受け取る事が出来なかった。
「ま、多くの者は嬉々として……はないだろうが、躊躇することも無い。因果応報だと吐き捨てるものが殆どだ」
彼女は腕を組んで、そう豊満でもない胸を押さえつける。下着を着けていないのかソレは窮屈な様子も無く形を変えているが、少なくとも衛士の興味がそちらへ向くことは無かった。
衛士は嘆息し、それから再び視線を車へと向ける。
その頃になると、四輪駆動はすっかりその姿を大きくしていた。衛士はエミリアに促されるように街路樹の脇にまで足を進める。
瞬間――異常なまでに直立不動を極めるその影は途端に飛び上がったかと思うと、凄まじい速度で四駆のやや手前に飛び降り、進路を塞ぐ。八○キロ近く出されていたその速度で、僅か十メートル足らずの距離に居るソレを四駆が避けられる筈も無く、衝突。
ドン、と鈍い音が響き――タイヤはドリフトでもするかのようにゴムが擦れる甲高い音を鳴らして、停止する。ボンネットはひしゃげつぶれ、僅かに浮き上がる前輪はそれから重量感たっぷりの重鈍な振動で大地を揺らす。
添えていた腕をボンネットから放した処刑人は、その身を鎧に包んでいたと言う事に、衛士は漸く気がついた。
全身鎧。遥か昔の、学校の西洋史やゲーム、漫画でしか見たことの無いような甲冑。それらと違いがあるとすれば継ぎ目が無いことだった。
まるで全てが一枚の鉄板で作られたかのような流線型の胴。後から装備するのであろう手甲は対照的に幾つもの部品を継ぎ合わせて一つになるかのようなもので、厚く、フリルでも着いているかのように下腕から滑らかな鼠返しのような外見となっている。
腰巻き、佩楯の部分は何枚もが端を重ねるように巻かれ、脚甲はその脚にあわせたように特にコレといった特徴も無いつくりとなっていた。
極めつけはその処刑人の体格である。
鎧、否、耐時スーツを装備しているはずなのにその下の屈強な肉体が良く見えるようだった。背丈は高く、そもそも肉体自体が巨大であった。それ故に、怯える逃走者の姿はまるで赤子のように見えてしまう。それは決して彼等が萎縮するから、というわけでも無いだろう。
慌てて車から這い出る二人はそんな処刑人を目の当たりにして、見上げ、構えるカービン銃に全身の震えを伝達する。頭の形に沿った、ただ視界を確保するだけの穴が横に一閃空くだけの兜はそれ故に処刑人の表情を見せない。覆面に見えたのは、それのせいだった。
「て、てて、てめぇ……っ!」
ゆうに一○○キロは超えているであろうその体躯は鎧、大剣も相まって倍近くになっている筈だ。だというのに四駆に乗っていた彼等はそれに気付かず、またその車の速度を上回って前に飛び出した彼の身体能力のことなども、とうの昔のように忘れ去っていた。
ただ鎧を装着しているから、銃弾が効かず、卑怯だと彼らは言葉にならない声で喚く。処刑人は困ったように兜の後頭部を撫でると、それから背負っていた大剣を、まるで重量を感じていないかのように持ち上げ、構えて見せた。
正眼。それから上段。腕の震えは無く、僅か三・五キロの銃を構える細腕だけが小刻みに振動している。その肉体は立派な戦闘服に包まれているというのに、それ故に処刑人を前にするまで余裕を撒き散らして出てきたであろうと言うのに、今ではすっかり顔面を蒼白に塗り替えていた。
「い、いやだ、死にたくない、ここを出て、こんなところ出るんだ……」
「俺だって、やだ、やだ、父ちゃん、母ちゃん、俺――」
恐怖が臨界点に達したのか、男は意を決してトリガーにかけた指を力いっぱい押し込むが――カチリと、何かに引っかかるようにトリガーは動かない。処刑人はそれを待っていたのか、あるいは彼の決意、ないし行動を見守っていたのか、短い嘆息じみた息遣いが兜から漏れた。
直後に一閃。
大気を振るわせる豪快でありながらも正確な一太刀が迷い無く男の頭部に振り下ろされた。
刃はそれでもなまくらである様に、刀剣として切ることは無く頭を叩き割る。重量に押された肉体は骨を砕いて肉体を維持し切ることが出来ず、そのまま破壊音と骨がひしゃげる音、水が立てる音とを混じらせてやがて刀身は冷たい道路へと到達する。
周囲に肉が、血が飛び散った。大剣は血に塗れ、その下には肉塊と成り果てた男が血溜まりを作り出す。冷たい灰色の景色に鮮やかな赤い華が散ったかのようだった。
処刑人は残る一人へと向き直ると、彼は既に腰を抜かして道路に座り込み、そして股間部を濡らし蒸気を上げて失神しているようだった。
それはまた嘆息してから、今度は大剣を地面と並行に構え、男の首筋にピタリとあて、やや引く。
勢いをつけて再び薙ぐ一閃を振るうと――見事に切断された首が、衛士らの正面にあるビルのガラスを叩き割り、中へと逃げていった。
主無き首は切断面を見せた直後に血を沸かせ、噴水のように血を噴出させる。処刑人は退避するように飛び退いた後、剣を振って血を散らせ、それからそれ以上は気にしないように背負いなおした。
――容赦が無い。
衛士の感想の初めはそれだった。
そして豪傑で、だというのに繊細な剣捌き。大剣だというのにコレほどまで簡単に、そして適切に扱えるのを見るのは流石に初めてだった。漫画みたいだ、というのが正直なところである。
肉塊を間近で見るのははじめてであるはずなのに、それは余りにもグロテスクすぎて現実感が湧かず衛士の心を揺らがすことは出来ない。
処刑人は呆然とする衛士へと、片手を上げて接近した。
「まぁ、安全装置も外してねぇ間抜けが相手とは思わなかったがなぁ!」
がははと豪快に笑う声は明かに男のものだった。低く渋いそれであり、確かな強さと威厳を孕んでいる。見た目を裏切らない、強さの権化たるソレだった。
「ったく、船坂。これを誰が片付けると思っている……?」
「俺だよ。自分の始末くらい自分で付ける。それが俺だ」
「戦闘時とそれ以外では随分と豹変する男だと、私は毎度思うのだが」
「敵に容赦するなってのが俺の信ずる所だからな。それに、四月から俺が戦闘技能を教えることになるんだろ? 期待の新人に、良い所を見せておこうと張り切ったんだ……えーと、時衛士だったか。同じ日本人だ。仲良くやっていこうや」
船坂と呼ばれた男は鎧姿のまま、その武骨な手甲を衛士の前に差し出した。彼はぎこちなく手を返すと、彼は力強く握り返す。冷たい感触に押されるのはまるで万力に挟まれているような感覚だったが、その奥から男の生命力を感じるようで、なにやら元気が湧いてくるようだった。
衛士がまっすぐ前を向けば男の厚い胸板に視線が刺さる。それを考えても、彼の身長が二メートルを超えているのは明らかだった。
――この組織にはこんな桁違いの人間が居る。
そして彼の話によれば四月から、他の適正者がこの訓練校に来る頃に戦闘面を習うのはこの男からだと言う。今までエミリアに教わり、またこれからもそうだろうと腹を括っていた衛士には途轍もない衝撃で、俄かに信じられなかった。
エミリアは強い。だが恐らく、単純な戦闘面、力では圧倒的にこの船坂のほうが強いだろう。ただ見た目からそう思うのではなく、闘い方の違いからもそう思えた。
なるほど、と衛士は頷いた。
飽くまでこの一ヶ月はある程度までレベルを上げるためだけの訓練だ。そのためには、その速度を上げるためには彼女が適任で、じっくりと長い期間を使用して鍛えるならば船坂が適任。そういったところだろう。
「よろしくお願いします」
衛士は半ば尊敬の眼差しの後に頭を下げると、船坂は満足げに声を上げた。
「愛想振り撒いたって容赦はしねぇぞ?」
彼は再び大きくがははと笑った後、背を向け、大破した四駆の前、肉塊へと引き返していく。
エミリアはソレを見送りながら、我々も戻ろうと寮へと促した。
いくらかは戦闘に加わることを想定していた衛士は、結局本当に見学だけで済んだ処刑の光景を、何度も頭の中で反芻しながら、その動き、足捌き、鎧の下の筋肉の流動などを想像しながら、自身のものにしていく。
あの肉塊、その直前まで人であったとは思えない――などと考えながら自室に戻り、服を脱いで布団に潜り込む。
そのせいで悪夢を見る事になるのは、半ば必定な事であった。