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はじめてのおしごと④

 棚のような巨大な箱の外装はスチールで出来ているらしい。そしてどうやら、それこそがいわゆる変電機らしかった。故にこの部屋は変電設備が整う場所であり、ここを破壊できればこの組織の電気系統は使い物にならなくなるわけである。

 衛士はそこに二つほど、部屋の端と端に爆薬を仕掛けて時限信管を作動させる。

 次いで、その部屋から連なるように存在する扉を開けると、下へと降りる階段があった。だがそれは地下に通ずると言うわけではなく、半階分を降りるような場所だった。そこにはさらに廊下があり、突き当たりに鉄扉が通路を塞ぐように現れる。照明はなく、故に酷く暗かった。ボイラー室とプレートを掲げる其処から漏れる湿気が、周囲の人造石を黒く濡らしていた。

 スミスはそのドアノブに手を掛け、衛士は銃を構えて警戒する。イワイのように生体反応を察知する機能を携帯端末は持っていないのがやや不便だったが、スミスが居ると言う事はそれ以上に心強いものだった。

 彼は合図し、頷くスミスはノブを捻り、引っ張った――瞬間。

 凄まじい振動が施設を揺るがした。身体が上下に激しく揺れ、視界がぶれる。

 まともに立っていることさえも困難になる揺れに衛士は壁に張り付く形で何とか耐えた。地響きが腹の其処に響いてきて、緊張や興奮により呼吸は乱れ、現状を把握し得ない。

 天井からぱらぱらと落ちてくる砂を払って、やがて落ち着き始めるのを確認した。凄まじい地震だと思われたが、この揺れ方は違うだろう。衛士は直感的にそう感じた。

「こいつは爆破の衝撃だ」

 中途半端に開いた扉は先の地震のせいで押しても引いても動かなくなる。スミスは諦めて嘆息して周囲を窺ってから、暗視装置ナイトヴィジョンを装備する衛士を促した。

「爆破……C4しか無いが」

「そいつが原因だろう」

「なるほど、ならさっさと脱出しないとな」

 長く見積もっても、イワイと分かれてから未だ十分程度しか経過していない。だが制限時間は五分であり、さらにその行動時間も加え、多く見積もって十分。だから、ここを出なければならないのはイワイから分かれてから十五分程度が経過した頃合だろう。

 衛士が扉の影から中を伺うと、やはり思ったとおり人は居らず、衛士は先行して中へと身体を滑り込ませた。スミスは後に続き、背後を警戒しつつ扉の手前で待機する。

 衛士は壁に張り付くようにしてある巨大な箱型の装置を発見し、薄ら寒い空気に身を震わせながらも、爆薬を手にしてソレに近づく。天井から地面に伸びるパイプは近場にあるタンクのような機材に突き刺さり、あるいは縦横無尽に床に迷路を作り出している。

 衛士はそれを避けながらも、制御装置であるだろうそれへと近づき、バッグの中からC4を取り出して先ほどと同様に設置をし、ものの数秒で完了する。

 これで仕事は大まかな終わりを見せた。

 副産物の回収はイワイが行ってくれただろう。先ほどの爆破から見るに、既に脱出をしていると考えて間違いは無いはずだ。

 幸い階段上の扉は開いたままである。道は地図に従って引き返せば戻れるだろう。衛士は携帯端末を取り出しながら、扉の前で待機するスミスの肩を叩いて道を戻り階段を駆け上って変電室へと到着し、変電機に取り付けた機材を簡単に操作して、制限時間を作動させる。

 これで地下のボイラー室が爆発した数秒後に、ここも同様に爆発するはずだった。最もその数秒と言う概念は無く、ただ誘発するように発破されるかもしれないが、最早それはどうでも良い事だった。

 携帯端末から地図を表示させて確認する。どこまでも一本道である通路は珍しく近くの道の途中から左右に分かれていたが、それは頭上の通気口ダクトで選択した通路であった。故に、まっすぐ進めば倉庫へ、左に曲がれば道のりは長いが出口へ繋がる丁字路だ。

 素早く変電室からも脱出して、スミスを誘導しながら先へ進もうとするが、そんな彼の考えなどを見透かしたかのように口元に笑みを作る彼は、既に衛士の半歩後を正確な足取りでついてきていた。

「どのくらいで脱出できる?」

「脱出口を通らないから、オレが入ってきたまともな出入り口に向かっても五分以内には行けると思う」

 しかも、それは長く見積もってであった。もう敵に気を遣わなくても構わない状況であり、先手必勝が定石となる現状だ。ならば瞬発力では衛士らが圧倒的に有利であるし、不利であるのも地の利くらいであろうが、今では然程問題にはならない。

 道を曲がり、走り曲がり角で床を蹴飛ばすように身体の向きを変えて更に駆ける。その直後に、待ち伏せでもしていたかのような五人の、ヘルメットに迷彩服姿の男たちの後姿が視界に飛び込んだ。

 音に気付き、彼等は一様に衛士らへと顔を向けるが――それよりも早く、衛士の機関拳銃を火を吹いた。

 素早い発砲。一度の発射炎で敵の胸に赤い華が散り、次の一撃でもう一人の左肩が大きく弾けるように揺れる。さらに一発放つと、それは踊るように身体を揺らして膝を崩した。

 足は止めず、更に肉薄する。動揺する彼等の応射は全て脇を通り抜けて当たる気配を見せない。

 スミスの一閃が煌めいて男の首を掻っ捌く。その間に衛士は続け様に二人の顎を銃弾で吹き飛ばしていた。

 血飛沫が霧となって空間を覆い、鉄の味が口一杯に広がるのを覚えて、彼等はそれぞれ唾を吐き捨てた。床に倒れる、瞬く間に誕生した五体分の死骸にそれらがふりかかり、ぴちゃぴちゃと血だまりを靴裏で弾きながら、素早くその場を後にする。

 彼等が足を止めたのは、その直後のことであった。

「なっ……?!」

 少し低い天井の照明は小刻みに明滅していた。埃が空気中にこれでもかと散布して、衛士は思わず咳き込み、それから手のひらで口元を覆いながらソレを、この状況を理解しようとする。

 右手側の壁が崩れて道を塞ぎ、さらにそれより奥の天井が崩落していた。巨大なコンクリートが瓦礫となって一本しかない通路を封鎖せしめているのだ。崩れた壁は、だがしかしそこすらも瓦礫で埋もれているらしく外気が漏れ出すことは無い。照明が辛うじてついているのは幸いかもしれないが、些細なことに過ぎなかった。

「おい大将、何があった」

 距離や地図とを見比べれば、この先にスミスが閉じ込められていた部屋があるはずだった。そうすればどちらにせよ、最低限の逃げ道は確保出来るのだ。だが今はそれすらも出来ない。思考はそれに囚われて、徐々に空白に染まりつつあった。

 スミスは答えぬ衛士に痺れを切らしたように慎重に前進し、それから足元の大きめの瓦礫に躓いて転ぶ。そのまま身体を山となるそれらに衝突させて、突き出る鉄筋で左腕を貫くが、そこは空洞であるが故に、彼自身が傷を負う事は無い。

 それから手探りで瓦礫をなで、なるほどと彼は理解した。

 ――衛士はそこでふと、無線機能を使用していないことに気がつく。半径十メートル以内ならば自動的に周波数を合わせて送受信をしてくれる優れものであるこの簡易無線機は、離れすぎると携帯端末デバイスで簡単な設定をしなおさなければ発信してくれないのだ。

 衛士はそれから手早く端末を操作してイワイを呼び出し、耳にかける無線機を側頭部に押し付ける。

 しかし反応は無く、耳にはただのノイズだけが響いていた。

 おかしい。無線機の故障だろうかと、衛士は眉間に皺を寄せながら、再び地図を呼び出した。

 衛士からやや離れた壁の向こう側に二つのマーカー。最後に見た動き回るような気配は無く――。

「いや、待てよ。おいおい、マジか……っ!」

 ここから距離にして五○メートル程離れた、崩壊した壁の向こう側。廊下を塞ぐようにして崩れた壁は明かに外側からの衝撃によってこの惨状が起きたと言う事を示している。さらにこの地点でこれほどの壊滅を受けているのだ。これより先、恐らくイワイが居る場所から爆発が巻き起こったと考えて間違いは無いだろう。

 この推測がもたらす結果は、衛士がそれを言語化して理解するよりも早く、その抽象的な想像イメージが彼に絶望を与えていた。

「大将、どうした」

「道が塞がっている上に、爆発の中心に仲間が居たらしい」

反応マーカーは」

「まだ生きてるけど……」

 ただの布切れ一枚の防御力を数値に換算するとすれば、一である。だが彼の耐時スーツはマイナス二、三○程に到達してしまうだろう。単純な打撃などによる耐衝撃はどうであるか分からぬが、刃などによる斬撃には滅法弱い。ただ耐時スーツが切れるだけならまだしも、ただ皮一枚分抉れるだけで、その下の肉体までもを切り裂き骨までを露出させる、深い傷を作り出すのだ。

 攻勢の肉体強化の効果だけを見れば数ある耐時スーツの中でも一、二を争う出来だろう。だが装備すれば完全に肉体と一体化する上に、その脆弱と言う言葉を幾つ重ねても足りぬ防御力だ。

 故に、まだ生きているかもしれない。だが後に死ぬだろう。間も無く。そもそも今の時点でさえも死しているのかもしれない。この情報は飽くまで副産物どうぐの反応だ。彼の生き死にをどうとかいうわけではないはずだ。

「なら一足先におさらばするか? 転送は?」

「出来ないのを知ってるだろ。あんたでも」

 転送は空の下で要請しなければ実際に行われない。それを体験したわけではないが、幾度とも無く教官から教えてこられたのだ。

 敵の巣で来ない助けを求めることなぞ見苦しいこと極まりない、と。

 ならばどうすればいい。引き返すことは論外だし、だからといってココに留まるわけにも行かない。しかし前に進むことは出来ず、状況は酷く窮鼠している。時間も無いし、思考する余裕も無い。考えたことが、思いついた端から零れ落ちていくのを感じていた。

「ならココを爆破して前に進むか?」

 無論、論外だ。

「ここはより脆い場所だ。下手すりゃ崩落に巻き込まれて死ぬ」

 ――この施設に上階は無いのは確かだ。だから、選ぶとすれば、唯一の道が存在する。

 故に迷うことすら、その必要すらなく、彼は短い舌打ちの後、スミスに伝えた。

「右側の壁だった瓦礫を取り除けば外に出られる筈だ。そうすれば道はもう関係ない。イワイを回収して、さっさとずらかろう」

 短機関銃のストラップを肩に掛けて、衛士は警戒に瓦礫に飛び乗って、まず初めの小さい軽い塊から手にして、放る。だがそれだけでも十分すぎる重量であり、体力が尽きるか、あるいは仕掛けた爆薬の爆発によってここがさらに崩壊するかは時間の問題だった。が――。

 スミスが衛士の肩を叩く。振り返ると、彼はばかだなぁとしたり顔でさらに頭を叩いて、衛士を制するようにして前に出た。

 背後で無数の足音が迫る。スミスはそれを尻目に左腕を形作る耐時スーツを鋭い錐状に変異させたかと思うと、そのまま素早く瓦礫の隙間に突き刺した。スミスは衛士に背を向けたまま、信頼の籠った声で告げる。

「背中は任せたぜ、大将ォ!」

 スミスの考えは大よそ想像がついた。だから、なるほど効率が良いと考えて、俄かに見えた希望に縋るように9mm機関拳銃を手に、残り少ない弾倉を入れ替えて瓦礫の山から飛び降りる。敵の影は既に曲がり角から姿を現していたが――それよりも素早い銃撃が敵の行動を牽制する。

 もう何も迷う事など無い。

 衛士は腰の専用ホルスターから林檎のような形の手榴弾を取り出し、安全ピンを抜く。それを転がすように素早く投擲して、その上で牽制射撃を続けた。

 間も無く爆発。鋭い炸裂音に脆くなった建物が僅かに揺れ、その直後に男たちの悪態や悲鳴が耳に届く。鋭い破片が距離が十分に離れていない衛士にまで届くが、大怪我をするレベルでもなく、細かな破片が肌を叩く程度だった。

 衛士は壁につける背を引き剥がして敵へと肉薄。巻き起こる砂煙に突き刺すように銃弾を注ぎ込むと、その硝煙は間も無く血の色に染まって、悲鳴も、声も、騒ぎもその一切が失せてしまった。

 辺りは爆発の余韻を残すだけで、再び静まり返る。だがその直後に激しい崩落音が背後で掻き鳴って――驚いて振り向くと、突き刺さるような冷気が全身を嬲った。

 ”てこの原理”で瓦礫を外側へと崩したスミスは、それから身を抱くようにして寒さを表現すると、またご機嫌そうに笑って衛士を腕を振るう大きな動作で招いた。

「お待ちかねの――ッ! エイジ!」

 スミスは不意にその言葉を遮って叫ぶ。それと同時に衛士へと飛び込むように低い体勢で跳躍すると、彼はそのまま素早く衛士を突き飛ばした。彼は為されるがままに地面に倒れて、スミスは――その直後に空間に劈く銃声によって、その胸、腹、腰から濃厚な出血で耐時スーツを赤黒く染めていた。

 まともな着地態勢も取れぬスミスはそのまま腹ばいになって床に叩きつけられ、反射的に行う衛士の応射は、的確に、生き残っていた膝立ちの敵の胸に数発の弾丸を喰らわせた。

 悲鳴も無く敵は倒れる。衛士は首筋に強い痛みを覚えながら、潜入直後に感じた嫌な予感を理解してからスミスへと駆け寄った。辛うじて浅い呼吸を繰り返す彼は、吐血して汚れる顔のまま、それを拭うことも出来ずに衛士へと顔を向ける。

「は、はは……最後の、最期に……ヘマっちまったなァ。大将よぅ」

 先ほどまで楽しそうに、嬉しそうに見せていた笑顔は其処には無い。精悍な顔立ちはやつれ、血に塗れて悲壮感が増しているだけだった。

 声は弱弱しく、小刻みに震える。動く腕は既に耐時スーツを半分ほど身体から引き剥がしていた。

 ――オレのミスだ。

「やっぱよ、人間……いっかい、ケチが付くと、ダメ、なんだよな」

「何言ってんだよ、上がったじゃねぇか。あんたは間違いなく、ケチを払拭する活躍をしたじゃねぇか!」

 ――驕らずに、受けた信頼にのぼせずに丁寧に仕事をしていればこんな事にはならなかった。

 調子に乗って、一度成功したからといって手榴弾を使用しなければ良かったのだ。的確な射撃を行えばまず間違いなく殺害の漏れが出ることなどはありえなかった。煙が敵の存在を曖昧にして、上がる血煙が敵の全滅の確信を際立たせてしまった。

「オレのミスだ」

 口をついてそれが出た。

 スミスはソレを聞いて、ぷっと吹き出すように一息分で笑うと、口元から笑みを消失させて陽気さを無くした。

「んな事、言わなくても分かってんだよ。問題は、ここでお前が、学べるかどうか、だ。ここで成長しなければ、俺の死は無駄になる。ま、拾った命だ。そう重荷にゃ、ならねぇだろうが、な」

 言葉にならない感情のせめぎ合いが胸の奥底から湧いて出る。どうしようもない苦しみが、スミスの言葉でより強まった気がした。

 だがここで答えねばいけない気がした。今後どうなるかより、少なくともまだ彼の息がある内に言葉を返さなければならない気がした。強い使命感、ないし彼への思いが衛士の喉から言葉を搾り出させていた。

「気にするなよスミス。オレはよ、あんたのお陰でなれる。組織の中で、世界の中で一等強い男になってやるよ。絶対だ。あんたに誓う」

「は、そいつぁ良かった……。なぁ大将、遺言は、受け付けてるか……?」

 跪く足元には生温い液体で濡れ始める。スミスはようやく耐時スーツを脱ぎ終えると、それを手渡せずにその場に落とす。衛士はその手ごとスーツを強く握ると、頷き、彼はそれを知覚して静かに続けた。

「伝えてくれ、あいつ……イリスに。ちゃんと友達作れ、ってな」

「他には?」

「は、喋んのって、結構しんどいのに、厳しいなぁ……。他は、そう、だな……」

 衛士が握る手からは徐々に力が抜けていく。呼吸はその数自体を減らして、やがて広がる血溜まりは彼の顔を濡らし始めた。

「最後に、ありったけの爆薬、供えてくれよ。……それとな、エイジ……貸しが一つ、だ」

 彼は最期に口の端を吊り上げてにかっと明るい笑みを見せると――そのまま全身を脱力させて、頬の筋肉は弛緩して薄い笑みを作り、スーツを握る手は緩んで開く。

 ――スミスが死んだ。

 衛士はその瞬間に、途端に目頭が熱くなるのを感じた。

 もう一生涙腺は緩むことは無いと思っていた。あの惨劇から、涙なんてこれからずっと流れる事は無いと思っていた。それなのに、自然に垂れる熱い液体が頬に一筋流れて落ちる。

 感動的な物語なら、時衛士が彼を想う少女ならばこれだけでスミスの鼓動は一度大きく高鳴って蘇るだろう。だがこれは、この世界はそれほど人に優しいものではなかった。

 視界がぼやけ、鼻水が垂れる。先の一筋がきっかけでとめどなく溢れ始める涙は顔を濡らして、どうしようもなく表情を整える事が出来なくなった。

 嗚咽が漏れる。強くなる孤独感がそれの背を押したが――スミスから、早くもボレロに戻るソレを引き剥がし、血生臭く、生温かいソレに袖を通した。

「死んじまったら、もう借りが返せねぇじゃねーかよ」

 背負うナップサックから、残ったプラスチックケース三つを取り出してスミスの背に乗せる。衛士はさらにそれに付随する機材を操作すると、すぐさま五分の制限時間が明滅して、さらに作動させると、五分が四分五九秒へと移り変わる。

 直後に――凄まじい爆発が施設を振動させる。耳に劈く爆発音が地響きと共にやってきて、彼は後ろ髪引かれる思いを胸に抱きながら、だが強い意志で背を向け、振り向く事無く、スミスが開けてくれた一人分の穴から外へと脱出する。

 そうすると彼を迎えたのは何よりも深い漆黒だった。

 彼は短い溜息の後に手の甲で涙を拭い、暗視装置を装備する。

 その最中にさらなる強い衝撃が大地を揺らし、衛士は思わず跪くと――前方の、起伏の激しい瓦礫の中に無数の光沢を発見した。

 山の陰に隠れる銃身。衛士が見たのはそれだった。恐らくは、先ほどの騒ぎを駆けつけて出てくるのを待ち伏せている兵隊だろう。ココから見て、数はざっと七、八人。

 普通に考えて一人で相手をするには少しばかり多すぎる人数だ。弾薬も予備弾倉がそれぞれ残り二つであるし、手榴弾でさえ残り一つ。隠れる場所も無く、また先ほどと同様の戦法に出れば同じ過ちを犯すだろう。

 だが。衛士はそれに否と首を振る。

 できるわけが無い? 否、出来ないわけが無い。

 衛士は心の中で呟いた。

 そして間髪おかずに腰に伸ばした手で手榴弾を掴むと、先と同じ手早さで安全ピンを抜いて、丁度彼等の頭上に落ちるように投擲する。

 それから流れるように短機関銃を手にして、手榴弾に追いつく速さで走り出す。するとその足音に敵が気付き、山から身を乗り出した。

 手榴弾が爆発する。

 逃げ出せぬ兵隊はその爆発で初めて手榴弾の存在に気付いて、弾き出る破片で全身を嬲られ、あるいは単純な爆発で肉体の一部を喪失する。衛士はそれに応じるように右腕を身体の前面に突き出して、念じる。すると間も無く耐時スーツは大きな盾となって体の前に展開して――飛散が終えた直後に、それは再び身体にまとわり付く。

 ――うねる波のような地形。身を隠す場所が限定されている為に、先の手榴弾の爆発を逃れたものの燻りだされた三人が衛士の前へと躍り出る。が、身を屈めて近くの男へと肉薄する衛士は、既に彼の懐にもぐりこんで銃口を顎に突き付けていた。

 発砲。

 頭上で血煙が舞う。衛士は口の中に流れる血を吐き出して、次の得物を狡猾に狙い、背後へ回ろうとする一人を発見した。

 移動を開始しようとする最中に、牽制するような射撃が衛士を狙う。彼は頭部を吹き飛ばした敵の身体を背負うようにして肉の盾にしてから、応射。逃げようとした敵が右足の太腿に銃弾を喰らって、悲鳴を上げながら転ぶ。

 衛士は盾を投げ捨ててから立ち上がり、倒れた男へと追撃。間も無く彼は両手を広げ大地を抱擁するような形で力尽きた。

 だが息を付く暇も無く背後で発砲音がつんざく。衛士は横に転がるようにして回避行動を取り、衛士が居た大地に弾丸が弾けるのを見る。

 素早く振り返り、短機関銃を構える頃になると敵は既に姿を消していた。が――直後に、短い悲鳴が耳に届く。

 それと共に衛士の視界に現れたのは、一つの影だった。

 無論それは先ほどの逃げた男ではなく、マントをなびかせる、誰かの姿だった。

 彼は其処でようやく『後方支援バックアップ』の存在を思い出した。

 確か――耐時スーツを重ねて使用する完全近距離格闘タイプ。そんな彼、あるいは彼女がいつどこから現れたのか不思議に思うも、分からない。どうせ通気口ダクトで見た”見間違い”が、実はそうではなかったというところであろうか。

 どちらにせよ、姿を見せたのにも関わらず何も言わないソレに、衛士は用は無い。生きていても、死んでいても、イワイを回収しなければならないのだ。

 しかし、後方支援が出てきたと言う事は、この任務も終わりだと言う事だろうか。そう考えると、なんだか胸が重くなるような気がした。

「手伝うなら手伝ってくれ。イワイは瓦礫の下敷きだ」

 携帯端末を片手に、反応を探す。小山を越え、瓦礫で慣らされた平坦な道を歩き、間も無く真下にその反応を覚えると、彼は端末をポケットに突っ込んで銃をしまった。

 屈みこみ、瓦礫の隙間に手を掛けて体重をかけて力一杯引き上げる。そう大きくは無い瓦礫はそれだけで起き上がり、反転する。その下に、身の丈ほどあろうかというコンクリートの板を発見して諦めたくなったが、首を振って、同様に隙間に手を突っ込んだ。

 腕に力を込め、踏ん張って板を持ち上げる――が、びくともしない。呼吸は簡単に乱れて、未だに乾かぬ瞳は垂れる鼻水と同様に鬱陶しかった。

 だが諦めず、大きく息を吸い込むと、不意に真横に強い人の気配を覚えた。見ると、それは先ほどのマント姿の後方支援バックアップだった。

 臀部まで伸びる長い髪は、屈む事によって地に渦を巻く。細い腕には革のベルトが巻かれているようで――どこかで見たことあるその姿を、一体いつ見た姿かを思い出す前に、ソレは瓦礫をどかすために力を込めた。

 衛士は腹に力を込めて同様に全身全霊を込めると、板は、思ったよりも簡単に持ち上がって向こう側へと倒れた。鈍い衝撃で地響きが起こる。傍らのそれは立ち上がって自身の腕を叩くと、それから一人で瓦礫を除き始めた。

「あぁ、肉体強化ね」

 ”彼女”の革ベルトは肉体強化の効果を持つ。さらに使いようによっては捕縛も可能であり、さらにマントは防弾、防刃使用の耐時スーツだ。ただ思考すればその通りに変異するだけの耐時スーツを着る衛士とは違い、酷く実戦用のものなのだ。

 地鳴りが続き、やがて穴が空き始める。彼女はそれでも腕を止めずに大きなもの、さらに小さなものを投げて近くに小さい山を作り出して、やがてその穴から出てくると、衛士の傍らに並んだ。疲れた様子は無く、目隠しでもするかのように、包帯を巻いたスミスのように顔に巻く革ベルトはそれ故に前が見えていないはずなのに、視認できているように穴の中を見ていた。

 衛士の暗視装置はその暗い穴の中も容易に見通すことが出来て――その中で、蠢く何かを認識した。

 彼がそれが一体何なのかと白々しく理解しようとするよりも早く、彼は立ち上がり、ボロボロになるスーツとナイフを手にして大きく息を吐いた。

「イワイ、生きてたのか」

 一見無傷で、縦に割れたヘルメットに荷物を乗せる彼は、軽い跳躍で衛士の前に飛び上がると、軽く笑って相も変わらずの鋭い目つきで衛士を見据えた。

「だぁから、言ってんだろぉ? このスーツは肉体強化に特化してんだ。身体能力じゃねぇ。反射神経も、腕力も、聴力も、視力も、自然治癒力さえもが超人以上に強化されてんだよ。一撃で殺せねぇ奴に、俺は殺されねぇんだよ」

 ――だが、今回生き残れた要因は、やはり敵が思い通りに動いてくれたことにある。

 仮にあの敵が転がるように回避行動をとっていれば、爆発が直撃してイワイは死んでいただろう。彼が耐え切れたのは、敵が爆風によってイワイに衝突し、盾となってくれたからだった。

「なんかお前、不死者アンデッドみてぇ」

「心強ぇだろ」

「まぁ。だが頼りにはならなさそうだ」

「どぉでもいいが、さっさと転送してくれ。俺の端末は壊れちまってんだ」

 短い坊主を掻いて嘆息する。衛士もそれにつられる様に大きく息を吐いてから、携帯端末を取り出し、簡易な操作で本部へと転送の要請を出した。

 その直後に、衛士らからそう遠くない場所で凄まじい爆発が巻き起こって――。

 ――衛士は気にせず空を見上げると、どこでも変わらず、その夜空には星々が鮮やかに煌めいていた。いつでも、何度でも飽きるほど見ていたはずの空なのに、久しぶりに見るそれは酷く懐かしく感じられた。

 様々な思いが、走馬灯のように過ぎる。だがそれに浸る暇も無く、一瞬にしてその景色は移り変わってしまう。

 そうして彼等はその被害を被るよりも早く、その施設を後にした。

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