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はじめてのおしごと②

「……ったく」

 何度目かになる溜息は、絶えることなくこれからもこぼれ出るだろうと思われた。

 鋭い三発分の銃声は数秒経過した現在でも未だ耳の奥に余韻として残り、さらに血と硝煙の強い悪臭が鼻腔に突き刺ささって、鼻の機能が早くも麻痺しそうだった。

 胸が、心臓が異常なほどにバクバク落ち着く事無くと跳ね続ける。まるで短距離を全力疾走でもした直後のような鼓動の高鳴りは、それ故に衛士の呼吸を乱し、彼はそれを必死に隠そうと握る拳銃のグリップに力を込めて、出来るだけ視界に床を入れないようにする。

 だが、まるで雨上がりの道を歩くように弾ける水の音が、必然的にその――頭部が弾け跳んだ三体分の死体を想像させる。真赤に染まる味気ない灰色の床。グロテスクに垂らす脳みそがぐちゃぐちゃに乱れて吹き飛び壁に張り付き、故に原形が分からないから気味も悪くないだろうと気軽に考えていた衛士の油断を吹き飛ばした。

 ――これでは血の足跡が道しるべとなってしまう。迷子にならないようにパンくずを落として歩くようなものだ。

 目の前の、短いショットガンに散弾ショットシェルを再装填するイワイに悪態の一つでも付きたくなるが、その余裕は失せていた。彼の気分は、僅か数秒の惨劇でこの上なく悪いものと移り変わったのだ。

 イワイは血を全身が汚れぬ、そのヘルメットの頭頂部から足裏まで浴びぬ綺麗な姿のまま、両開きの大きな扉を睨み、ショットガンを構える。だが無意味だろうと腰のホルスターに仕舞いこんでから、呆然と虚空を見つめる衛士へと声を掛けた。

『構造から考えて機械室はここじゃないだろうな。だが三人も警備についていたんだ、下手な場所じゃないことも確かだと考えて間違いは無い』

 だが思考する時間がそうあるわけでもない。イワイは端的に考えを告げ、それからようやくその瞳に生気を宿して自身を見る衛士に手を伸ばし、催促する。

『ここからは別行動だ。お前はここを確認しろ。重要施設なら吹っ飛ばせ。だが多分……まぁいい。単独行動中は指示を仰がずテメェで考えるんだ、いいな?』

 衛士は彼の行動を察して震える首で小刻みに頷きを返してから、救急医療セットの入るバッグに機器が巻きついているC4を幾つか突っ込み、残ったソレが入るバッグを彼へと投げ渡す。ナップサックを受け取るイワイはそのまま肩に掛け、最後に、と軽い笑いを漏らしながら衛士に聞いた。

『この時限信管は五分で作動する。その、そもそもの制限時間を作動させる方法は?』

「た、単純に……爆薬、この爆弾の安全装置を外す。それだけだ」

『あぁ、それでいい。作動させるとしたら今から五分後だ。これ以降、何が起ころうと俺と連絡を取るのは多分無理になる』

「な、なんでだよ……?」

 瞬間――不意に、首筋に奇妙な緊張を覚える。嫌な予感がして振り返るが、そこには何も無く、ただの曲がり角があるだけだった。暫くそちらに銃口を向けてみるが物音一つせず、その影には誰も居ない事をあらわすようにイワイが、何をしている? と問うた。

 衛士は首を振り、気のせいだと返すと、イワイはただ頷き、続ける。

『こいつは半分罠だ。ま、昨日の今日だからな……話はこれでお終いだ』

 イワイは背を向け片手を上げると、まるでチーターか何かのような俊敏な跳躍で瞬く間に廊下の奥へと姿を小さくし、そして衛士の視界から消え去った。

 残された彼は鍵穴の無い、それぞれのドアノブに鎖を巻きつけて南京錠で施錠するだけの扉を前にして、その濁った空気で大きく深呼吸をしてから、拳銃を構え、その鎖へ向けて発砲した。

 鉄扉に一つの弾痕が作り出され、鎖の一部が弾け飛ぶ。銃弾は跳ねて衛士の脇に転がり、自身の重量に引っ張られる鎖はジャラジャラと金属の擦れる音を鳴らしながら落ちて、やがて足元でとぐろを巻いた。

 ドアノブを捻り、押し開ける。扉の重さだけで何の抵抗も加わらぬそれは容易に開き、衛士を迎えた。

 目の前に広がるのは漆黒の闇。それに被さるのは背後の廊下から漂う血の臭いとは異なる腐臭。鼻にまとわりつくような、濃厚なソレだった。

 ――ここが何の部屋なのか、何に使用されていたのか、そして何故厳重に警備されていたのか、ただそれだけの情報で大まかな想像がついてしまった。だが、それ故にここに入らないという選択を望めるわけではない。イヤだからしたくないなんてのは子供の言い訳だ。

 彼は首を振り、大きく一歩を踏み出した。

 ブーツの硬い底が高い音を一つ鳴らす。同時に付着する血が周囲に飛び散り、水玉模様を作り出した。

 衛士は拳銃から機関拳銃に装備を持ち直し、それから暗視装置ナイトビジョンを顔に掛ける。途端に暗闇は消え失せ、部屋の端にある黒いゴミ袋がまず眼に入った。

 これが異臭の原因だろうか。考えてすぐさま否と首を振った。

 たしかにこれもそうだろうが、これだけが原因ではない。これのようなものが複数あると考えていいだろう。

 彼はもう一歩踏み込んだ。そこでようやく身体は完全に室内に入り込み、廊下からの照明を背に受ける形となる。

 ――広い空間だった。打ちっ放しのコンクリートは殺風景であるものの、床や壁、それらに黒くこびり付いた汚れがそれ故によく目立った。少し歩けば人造石の太い円柱が立ち、横を向けば、そして少し奥を見れば同様にそれが床から天井へと伸びる。

 見上げた顔を下に向ければさび付いたナイフや、ゴミ袋。それから零れる黒い液体や、空の薬莢などが目に入った。

 なるほど、と既に落ち着きを取り戻し始める心で口にすると、不意に背中越しの光が絞られるように狭く、少なくなっていって――ばたんと、扉が閉じる音と同時に室内は完全な闇に包まれる。だが暗視装置を装備する衛士にとって闇は然程問題ではなく、重要なのは、その直後にかちりと何かが閉まる音がしたことであった。

 鍵は――無いはずだった。少なくともこの扉には。だからこそ鎖で施錠していたのだが、なら何故今この音が響いたのか? 

 衛士は自問し、それに答える。

 それは何かに反応して機械が作動させたからなのかもしれない。扉が閉まったのも、何かがきっかけになったのだろう。

 ではその何か、とは何なのか。

 それは分からないし、考えても無駄だと衛士は悟る。途端にイワイが言った「これは半分罠だ」という言葉が、今になってようやく理解できた。

 進めば視界に入り込む、黒いゴミ袋から飛び出る尖った白い棒状の何か。だがそれは完全に白いわけではなく、ドス黒く変色した肉がこびり付いていた。

 前に進めばまた、腐臭や血の臭いが強くなる。

 嫌な予感がした。落ち着いたはずの胸は、また一度大きく高鳴り、緊張を促す。衛士は機関拳銃を強く握りながら周囲をうかがい、躊躇う事無く足を進ませ続け、やがてその最奥――扉に対して正面の壁へとたどり着いた。

 強い人の気配。そして壁を背にして座り込む、まだ新しい――死体。否、と衛士は目を見張り、大きく心臓が跳ねるのを感じた。

「やっと来たか……」

 目の前のソレの呟きは、静寂故に良く響く。

 焦りか、緊張か、それとも何かの感情に動かされているのか、呼吸が乱れ、衛士は苦しくなる胸の痛みに耐えるように胸を鷲掴んで歯を食いしばった。

 ――衣服を纏わぬ寒々しい裸姿。しかし彼の格好はそれだけには終わらない。

 白い肌には赤黒く細胞が壊死しているような鋭い傷跡が無数に散り、内出血の箇所も多々見られる。だが一番目立つのは、その左腕が肘先から存在していないことだった。

 全身にこびりつく血は既に乾いているらしかった。だが止血の為に巻かれる、その左腕の包帯は未だ湿り気をもち、また目隠しでもするかのように包帯を巻かれ、短く刈られた金髪だけが頑健そうに生えていた。

「あんたが、昨日の……?」

 声が震える。そんな自分に、心の底から嫌気が差した。

 ――覚悟をしたはずだ。もう大丈夫だと思ったはずだ。そもそもこんなことは、容易に想像できたはずだ。なのに、何故これほど怯えているのだろうか。何故何も考えが浮かばないのだろうか。

「あぁ、スミスだ。よろしくな」

 下半身の衣服はそのままでしっかりと靴は履かされていたが、縄でぐるぐるに巻かれて行動は出来なさそうであり、またその太い首に付けられる首輪から伸びる鎖は、彼よりやや高い位置に杭を壁に叩きこんで固定されていた。

 満身創痍という言葉が丁度似合う彼はそう言って、いや、と首を振る。

「どっちにしろもう、さよならをするがな」

 衛士は何も言う事が出来ない。こんなときに、何を言えば正しいのか分からなかった。

 そんな彼を他所に、スミスと名乗った男は抑揚の無い声で問うた。

「すまないが状況を教えてくれないか?」

「ん、あぁ。オレが知る限りでは――」

 衛士は聞かれるがままに彼へと説明する。まず彼が捕まった後の話と、衛士らが潜入してからの展開。そして現状と、自身らが課せられた任務の内容を。

 スミスは頷き、相槌を打ちながら、やがて説明が終えると短い礼を後に、なるほどと呟いた。

「リリスの調査不足……いや、俺を捨て駒にしたのか。真実は、まぁ、知らねぇが俺のミスじゃないんだな」

「あんた、こんな所でこんな事になって、怒らないのか。リリスがあんたを捨てたようなもんじゃないのか?」

「関係ねーよ。逃げ切れなかったのは、俺の技量の問題だ。あんな所にケツ拭く世話までされてたまるかよ」

「でも、任務の成功確率だとか、そう言うのを計算した人選――」

「グチグチ言うなよ面倒臭い。ここには何も無いぜ? あるとしたら、柱に貼り付けられた死体と、俺ぐらいだ」

 スミスは嫌気が差したように言葉を遮ると、それから唯一自由になっている右手で頭を掻き、手を払うようにして衛士にどっかいけと合図した。

「俺の右手側の隅に人が通れそうな通気口ダクトがある。お前はそこから出て行け」

「あんたは、どうするんだよ」

「はっ、まさかこんな怪我人に手伝って欲しいのか?」

 眉尻を下げ、同情じみた表情で彼を見る衛士は、スミスが自身の姿が見れないのを分かっているのにも関わらず、つい反射的に首を振ってしまう。そんなんじゃない、と荒げる声は、純にスミスを思ってのものだった。

「まだ生きてるじゃないかよ。なんでそんなに、諦めたがるんだよ!」

「んじゃ何か? お前は俺を助けた上で任務を達成できる自信があるのか? それとも仲間に全部任せっきりにして、お前は横道に逸れて自慰に耽るってか?」

「違う……だけど!」

「まだ動ける。だがな、完全に足手まといだ。傷は大したこと無いが、腕が酷い。目が見えないのは……ま、案外大丈夫だがな」

 口元に笑みを浮かべる彼は、何故か自信満々にそう言い切る。衛士はなぜこの状況で、生すらを諦めたのにそれを口に出来るのか、不思議でならなかった。

 スミスはそれも構わずに、衛士が疑問符を浮かべているのが分かって、理由を口にした。

「俺は耳がいいんだ。ま、あいつ程じゃないがな……」

「あいつ?」

「いや、忘れてくれ」

 首を振って、歯を噛み締める。そうして何かを思い出したように強く頭を掻き毟って、畜生と吐き捨てるように呟いた。それから小さい声で悪態を付き続け、怒りするように強く握った拳を、背にする壁に叩き付ける。

 鈍い音が響き、厳しくしかめた表情で、スミスは衛士へと顔を上げていた。

「お前は未熟だ。自分で考え、行動する必要がある。だから聞くが、仮に俺が生きていた場合の事を、任務の中に加えられていたか?」

 辛辣な声で、先ほどの軽い口調とは裏腹な真剣な口調で彼は問う。だから衛士はしっかりとした眼差しで、見えても居ないのが分かるのに首を振り、否定を口にした。

「いや、これはただの感情だ。その上、今分かったことだが―オレはどうやらあんたにここで死なれると、オレが見捨てたみたいになって寝覚めが悪い。それだけの理由で、あんたを生かそうとしているらしい」

「は、なら遺言は受け付けてるか?」

「残念ながら、今は自分の最後の言葉を考えるのに精一杯でね。遺言は、あんたが自分で伝えることだ」

「そりゃ遺言になりゃしねぇよ」

 にかっと口元に笑みを浮かべたかと思うと、壁に手を沿え、力を込めて腰を浮かす。スミスは腰を壁に押し付け、膝を曲げ、ずり上がるように立ち上がる。彼はそのまま足元の鎖を指差して、外せと衛士へ促した。

 衛士はそれがなんだかどうしようもなく嬉しくなって仄かな笑みに頬を上ずらせ、頷き、拳銃を抜いて鎖へと銃口を向け、発砲。続け様に首もとの鎖をも吹き飛ばした。

 甲高い発砲音が抑揚をつけるように空間に響き渡り、スミスはうるさいと悪態を付きながら、そのまま屈伸運動をして大きな溜息をついた。

「お前のせいで、生きたくなっちまった」

 立ち上がると彼の背丈は衛士より頭一つ分抜けている。目と左腕を失い頼りないと思っていた姿が、ただ立っただけでこれほどまで頼もしくなるのかと思うと、なにやら強い興奮を覚えてしまう。

 それから衛士は銃をしまい、ボレロを脱ぐ。どちらにせよ今回の任務では不要であるし、どうせ使うのならば試験的な情報データが必要だ。どうせなら、と思いスミスに渡してその旨を伝えると、彼はしぶしぶと言った風に頷いて、四苦八苦しながらそれを着込んだ。

 右腕を通し、左腕を中途半端に通すと、その先は力なく垂れる。丈は彼の腹辺りまでしかなく、どうみてもこれが耐時スーツだとは思えなかった。いわば子供用の衣服を無理に着込む大人だ。

「これはイメージで形を作る”アクティブ”な耐時スーツなんだよ」

「は、なんだそりゃ」

「いいから何か考えて」

「あぁ、んじゃ――身体にまとわりついて、右腕を作れ」

 彼は仲間内で冗談でも言うかのように軽く言う。だが同時にそれを確かに考えているらしく、ボレロの裾が風になびくようにゆらりと揺れると、瞬間。

 その裾はうねる様に腰まで延びてスミスの綺麗な形で割れる腹筋を包み隠し、どう引っ張っても前が閉まらなかった筈のそれは、ジッパーでも締めるかのように容易に体の前面をその漆黒の布で包んでいく。

 さらに腕部分は同様に伸びて指先までを包む。また左腕も、まるで中身でも入っているかのように動き、その指、爪の食い込みさえも完全に再現して形作っていた。

 最後にタートルネックのように首輪の下を通って首を包み隠し頬骨まで伸ばして動きは停止して――上半身だけのタイツを着込んだようなスミスの格好は、先ほどのボレロ姿とは大いに異なっていた。

 完全な耐時スーツ。衛士はそれを目の当たりにして、想像以上の活発さに感嘆の息を吐いた。

「おぉ……こいつは、なんとも。すげぇとしか言い様が無いな」

「んで、ついでにホラ。愛銃になる予定だから丁寧に使えよ」

 ぎこちない動作で両手で拳をつくり、開きを繰り返して感覚を理解する。間も無くその動きからはぎこちなさは一蹴されて、左腕さえも滑らかに動くようになる。

 どちらにせよ衛士であればこれほどまで早く使いこなす事は出来なかったであろう。これが出来るのはスミスが何度も死線を潜り抜けたが故であり、さらに確かな適正者としての資質、実力があるためだった。

 ようは慣れと経験であり、その為に衛士の選択はさほど間違ったものではないといえた。

「いや、ナイフの方をくれ。銃は苦手なんでね」

 スミスは首を振って銃を手の甲で除けると、ナイフを催促する。衛士は頷いて鞘ごと彼に手渡すと、嬉しそうに頷いて、彼に背を向けた。ニヤけた表情は途端に引き締まり、冷徹な男の顔へと移り変わる。

「スミス……まずはどこへ?」

「敵陣中の土手っ腹をぶっ飛ばしに」


「なっちゃいねぇな」

 イワイはショットガンをホルスターに差し込んで、大きく身体を伸ばして筋肉を解す。

 彼がそうリラックスする部屋の中は無数の肉塊が散乱していた。頭部を、あるいは腹部を、ないし肩などを激しく欠損する死体の数々は、どれもが原形を留めず床に倒れ、あるいは椅子、机に突っ伏していた。

 そこはどうやら制御室であるらしく、入って左側には巨大なモニターが壁の前面に広がり、そこから机が段になって後背へと連なる。机には一定の間隔をあけてコンピュータが並んでいて、だがそこには人は居ない。そこに居たであろう人間は皆、イワイに手をかけられて絶命しているのだ。

 彼は設置し終えたC4爆薬の、まきつけられる機械を操作すると簡単に制限時間が表示され、五分と言う数字が点滅する。彼はさらに二つ三つ置いてやろうかと思ったが、長細いプラスチックケースに入るそれは一つだけでも絶大な爆発力を持つ。

 故にそれだけで、ここら一体は爆ぜて失せるのだ。被害はそれだけに終わらずに周囲に甚大な壊滅を成し遂げて見せるだろう。ならば、さらに加えるのは単なる爆薬の無駄というわけである。

「どのみち、ここさえ破壊できりゃとりあえずは任務達成、か」

 制御室さえ破壊できればこの施設のどこかにある工場は当分稼動できない。ならば後日に来る憲兵たちに掃討すべてを任せば問題ないのだ。

 だから次は副産物どうぐの回収となるのだが……。

 ヘルメットのシールドに表示される地図マップでは、どうやらこの近くにソレがあるはずなのだが、カバンの中も、机の中も、ロッカーの中にも、またパソコンの本体の中も探したけれど見つからない。

 地図を拡大しても、この部屋の中にあるという漠然とした情報しか得られない。

 ならばどこにあるのだろう。イワイは考え、やっぱりな、と嘆息した。

 ――振り返れば、机の上に立つ一つの影。物音もなくそう出来るのは、ただそれだけで一定以上の実力があるように思えた。

 ソレはつなぎのような戦闘服を着込み、柄から並行して刃が二枚生える、二枚刃の特殊なナイフを一本装備してイワイを睨んでいた。殺気を漲らせ、正気を失っているのが一目で分かるその瞳は、本当にイワイを捉えているのかさえ不確かである。が、彼へ飛び出して来るであろう事は確実であった。

 イワイが考えたのは、誰かが試験的に副産物を装備していると言う事。

 嘆息を一つ。そしてそれがどうやら真実であるらしいことを、彼は目の当たりにして納得した。

次元刀そいつ試用テスト中なんだがなァ……」

 スミスの装備は耐時スーツに次元刀スプリット。そしてその次元刀は現在開発中であり、支給品のひとつに加えられる一歩手前の状態であった。それを実戦でも確かに扱え、また不具合が出ないかを確かめる為には試験が必要となる。

 つまり、次元刀の使用も彼の任務の一つであった。

 だが見る限りでは、次元刀は血のりなど一度も付着していなかったような鋭さをもっている。恐らくそれはスミスが一度もソレを使用しなかったということであろうか。あるいは、刃自体が敵に触れずとも敵を切り裂けるからだろうか。彼は使い勝手が悪かったから使わなかったのだろうという可能性に希望を添えた。

 イワイにはそんな開発中の次元刀の効果は大まかに理解できているものの、実際にどのようなモノなのかを認識できてはいない。そもそも、適正者では無い人間が副産物を装備した際にどのような事が起こるかさえもわからなかった。

 故に彼は、今この状況に緊張をしていた。

 目の前の敵は、明らかに自我を喪失しているからだ。

 だからもう一度、深い溜息を一つ。

 似合わねぇなと呟いて、しまったばかりのショットガンを抜いて構えた。

 散弾銃の反動は大きい。だが彼の耐時スーツがあれば片腕で発砲を行ってもその衝撃が、一ミリたりとも銃を後退させる事は出来ない。またそれ故に銃自体に強い衝撃が襲い掛かっても大丈夫であるように、彼はその強度に信頼を置かれるものを選んでいた。

 つまり彼にとってその装備が何をもたらすのか。簡単に言えば、散弾銃の速射が可能となるわけである。

 最も、セミオートの散弾銃と言えども次の散弾ショットシェルが薬室に送り込まれるまで約○・五秒が必要である。一対一でのこの戦闘では、その瞬間、さらに再装填リロードの隙が大きな問題点だったが――イワイは特にソレを気にした様子もなく、さらにレッグホルスターから拳銃を抜いて、左右にそれぞれを構えた。

「テメェの可哀想な頭をふっ飛ばしてやるぜ」

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