はじめてのおしごと①
時衛士は組織からの寵愛を受けていた。別にそれは悪いことではないし、特別嫉妬される対象になるという訳ではない。そもそもそれを知りえる手段は無く、故に誰かが知り得る情報ではなかった。
エミリアがそれを知るきっかけとなったのは、つい数時間前の出来事が原因である。
致命傷を受け、その生命活動を停止した時衛士は治療を受ける前に傷を完治させていた。保健医がエミリアからの言伝を受けて彼の様子を見ると、傷跡も無く、ただ気を失っているだけであった。念のために身体検査をしてみるも、彼の身体は到って健康、強いてあげるならば疲労している程度であり、なんの問題は見られない。
勿論、時衛士が生命の危機に瀕したが故に『特異点』に目覚め治癒能力が抜群に高まったというわけではない。あるいは任意のタイミングで任意の時間、任意の箇所の時間を巻き戻せる能力に目覚めたのかもしれない、という可能性も極めて低かった。
なぜならば、現在の時衛士は特異点に目覚めて然るべき機会ではなかったからだ。仮にその高みへ上れる才能があろうとも、それを左右する副産物が無ければ何も始まらない。特異点はソレを肉体の一部とさせる事によって初めて到達できる位置なのだ。
だからこそ、エミリアは残る可能性をにらむ事が出来た。こんな事が出来るのはリリス以外には居ないし、他者、他の適正者が出来たとして、それをする理由が分からない。
この組織は何かを隠している。時衛士に対する何かを。そして彼に関わる者もまるで計ったかのように癖がある。その中で、前任の報告書から見る試練内容で最も気になるのは祝英雄だった。
彼はわざわざ罪を被った。その気になれば状況を、理由を説明して衛士と和解する方法とてあったのに、ソレをせずに一生彼に怨まれる人生を歩もうとしている。
理解不能だ、が――今回の任務で、より彼の、そして衛士の事が分かるだろう。
彼女はそう考えて、そっぽを向いて頬杖をつく衛士を、そして机に足を乗せ、組み、仰け反るイワイをそれぞれ流し見てから任務の説明を再開した。
「目標組織はネットワーク状に無数の”頭”を置き、一つが何らかの影響で使い物にならなくなっても大丈夫であるような構造だと思われていたが、トカゲの尻尾切り、電源の冗長化のように、ある種の囮に過ぎなかった」
最も、その囮自体でも活動内容や重要性は変わらないために、万が一の手段を施行したと考えれば良いだろう。つまり敵の組織にはもう後は無く、残った一つの施設を破壊することが出来れば彼等にはもう打つ手が無くなり、抑圧組織にちょっかいを出したり、歯向かったりすることは二度と出来なくなる。
彼等の今回の任務はその組織の弱点や、構造の細部、警備の動きや装備などを図ってくることだった。が、”必要”であれば施設を破壊することが許可されていた。
「ちょっと待て、既に壊滅された施設があんのか?」
腕を組み、イワイが問う。上下関係の無い其処ではそれ故にエミリアが何かを指摘することも無く、静かに頷き説明する。
「単独潜入で任務自体は成功したのだがな、脱出口の選択ミスで囲まれ、その道中で消息を断った。生存の可能性は望めないだろうが、貴様等には奪われている副産物の回収も任務に加わる」
「いつの話だよ」
「つい二三時間前だ」
「じゃあダメだな。メンバーは大分前に決まってたみたいだが、任務は後からか……適当だな」
イワイは嘆息し、それから退屈そうにたるんでも無い衣服の布を引っ張って正す。衛士はただ気まずそうに声だけを聞いて、窓も無い真っ白な壁を見つめていた。
「残る一人は貴様等の端末から随時送られる情報を受け、後方支援として動く。影の存在だ。いないと思っていたほうが良い。貴様等がヘマをして死したとしても、そいつは即座に逃走を判断する」
「構わねぇがそいつの装備は? 火器ばっかだったらおっかなくて仕方がねぇからよ」
臆病者め、と彼女は冗談めかしく吐き捨てると、イワイはつられる様にくすりと笑う。衛士は着込む耐時スーツがポンチョからボレロ型に進化していることに殺意を覚えることしか出来なかった。
――いや、確かにポンチョだと咄嗟の行動が取りづらいと文句を言った覚えはある。だが、だからといってボレロなどと言う丈の短い衣服を選択するのはいったいどこからの許可を得たのだろうか。
動き辛さは解消されたものの、これではかえってスーツがスーツとして機能しない可能性が出てくる。ポンチョのように肉体を覆うのではなく、着込む、というかこれは最早羽織るに近いものでは、いつの日かのように弾丸を受け止めることは出来ないだろう。
ポンチョは肉体とソレとの間に隙間があった。だからこそ強い防弾性能でも殺しきれない衝撃を彼が受けることは無かった。だが同時に攻撃に転じ難いという弱点もあり、だからこそ彼は銃撃戦に持ち込んだのだ。
そう考えれば、このボレロ型は攻撃に特化しているのだろう。柔軟性、適応性が高くなり意思のままに変異するスーツ。これはその傾向がより強いものだと彼は判断した。
そんな彼を他所にエミリアは淡々と説明を続けた。
「耐時スーツを重ねて装備している」
「あ? どういう事だ」
「近、中距離の人程度の大きさのものならば確実に捕縛できる、帯状の耐時スーツ。これは肉体強化を及ぼし、また外套型の耐時スーツはある一定以上の衝撃を受けた瞬間に硬化する、防弾、防刃の効果を持つ。ソレは加えて手甲鉤を装備する、完全近距離戦闘型だ」
「はっ、んな奴が後方支援ゥ? 面白ぇ冗談だな」
「ソレには貴様のように、危機を力任せに脱する突破力は無い。その代わりに、貴様よりは十分に柔軟な作戦、選択肢を得ることが出来る。今回はそれでバランスは良いと思うがな」
「んならせめて拳銃でも持たせとけよ。三八口径でも、五○口径でも良いからよ」
「火器は現場のものを再利用するように伝えてある」
「火器管制装置が効いてたらどうする。登録されてる利用者の情報と合致しなければ引き金すらも引けないシステムが向こうで完成してたらどうする?」
変わらぬ調子でイワイが咆えると、それを涼しげな顔でエミリアは受け流す。そのままやがてそういった質問を投げるようになると、それでも彼女はそれがどうしたと言わんばかりの表情で、腕を組み、言葉を続ける。
「どうした、怖気づいたか? そんなもの問題の内に入らないだろう。使わなければいい。その上で最善の行動を取れば良い。一つの手段に拘ることは愚かなことだ、貴様もそう思うだろう? イワイ」
嫌味たらしく紡がれる言葉に彼は短く舌打ちをしてから黙り込む。エミリアはなにやら微笑を浮かべたまま腕を組んで、他に質問は? と告げた。
しかし何も無いらしく、二人は黙り込んでいる。エミリアはならば、と簡単なミーティングを終わりにしようかと思うと、イワイは横を向いて、なにやら衛士に話しかけていた。
「おいエイジ、何か無ぇのか? まともなのは今回が初めてなんだろ?」
横を向いていた彼はそれで初めて我に返ったように前を向き、それからイワイへと顔を向ける。それから素直に首を振り否定を表すと、彼はつまらなそうに、そうか、と嘆息した。
「あ、そうだ」
その直ぐ後に衛士は思いついたように声をあげ、再びイワイへ向く。彼は何気なくそちらを見ると、強い眼差しで見られていることに気付き、眉を潜めて目を薄めた。
「んだよ」
「気安く名前で呼んでんじゃねーよ。殺すぞ」
「わーったよ。これからヒデオって呼んで良いから」
「違う! 平等性の問題じゃない」
「っせーな。なんて呼べばいいんだ? ずっとてめぇサマじゃ面倒なんだよ」
やかましそうに頭を掻くイワイはそれでも表情にどことなく楽しげなものを潜ませていた。衛士がそれほど真剣に言っているわけではなく、黙り込んでいた気まずさを解消するためのきっかけである事を理解しているからである。
イワイの言葉を受けて真剣に考える衛士を、エミリアは滑稽だとくすりと笑って、手を叩き場を鎮める。リラックスは程よいもので良い。あまり気を緩めすぎてもいけないのだ。
「さっさと外へ出ろ。後方支援は既に向こうについている」
フルフェイスのヘルメットに、耐Gスーツのような強化装備。そして後ろの腰のウエストバッグのようになるホルスターにソードオフショットガンを収め、備え付けのレッグホルスターに自動拳銃を突っ込む。イワイの装備はそれに加えて手榴弾、ナイフ……それらは衛士と変わらぬものだった。
そして衛士は白い下着という薄着の上にタクティカルベストを着込み、ボレロ型の耐時スーツを羽織り、肩から機関拳銃を提げる。わざわざ取り付けたレッグホルスターに拳銃を備え、タクティカルベストのポケットに予備弾倉、ホルスターに手榴弾などを備える。
彼の荷物はそれだけでは終わらず、背負うバッグは救急医療セット、そしてC4が持てる限り持たされている。身軽そうなイワイとは違い、一見するだけでは衛士はただの荷物もちに見えてしまうのだが、作戦上、イワイが道を切り開く為にそれは仕方が無いことだった。
二人は転送された先の街並みをビルの上から見下ろして、短い、あるいは大きな溜息をそれぞれついた。眩いばかりの夜景、ネオンが目に痛いその街並みは、既に深夜だというのに人の流れが絶えることを知らないようだった。
屋台に寄る複数の中年男性、酔っ払ったのか肩を抱いて心許ない足取りで往来を通る若者たち。仕事帰りなのか足早にそこを通り抜けようとするサラリーマン風の男。嫌がる女性二人に話を掛けるまだ若い男二人。
海を渡り大陸へと到達する。ついて直ぐの国は、そういった平和なものだった。
最もそれが一番良いのだろう。衛士はそう考えてから、傍らのイワイへと顔を向けた。彼は確かに未だに憎い。だが任務にまでそれを持ち越すつもりは、彼には無かった。
それを察する彼は満足そうに頷いてから、ポケットから携帯端末を取り出し、施設の位置、ここからの距離や方向を確認してから背を向け、衛士を誘った。
『あぁ、お前、肉体強化の作用無いんだっけ』
耳に装着する骨伝導型イヤホンの無線越しにイワイの声が聞こえる。衛士はそれを片手で側頭部に押し付けて「悪かったな」と言うと、軽い笑い声が聞こえた。
ちなみにそのイヤホンは簡単な無線機となる上に、携帯端末と無線接続することで設定した言語を自動的に翻訳して使用者に声を届けることが出来る。無論、これは受信機であるために、こちらの声を翻訳して相手に届けることは出来ないのだが。
言いながら衛士が首から提げる暗視装置かけようとすると、どこからその動作を見ていたのか、イワイはすかさずそれを声で制した。
『バーカ。まだ下が眩しいだろ。んなモンつけたら閃光手榴弾喰らったみてぇになんぞ』
「あぁ、そうか。つかお前はヘルメットなんか被って、どうやってつけんだ?」
衛士と肩を組んでイワイが高く跳躍する。衛士は言った後に舌を噛まぬように口をつぐむ。が、まるで乗り物に乗っているかのような安定感で彼の身体は宙へと浮かび上がり、容易に目先のビルの屋上へと到達する事が出来た。着地音を出来る限り殺するように着地と同時に屈みこむのだが、衛士はそんな意外さに僅かな感動を覚えていた。
イワイはそうしてから安堵するように息を吐いて衛士の問いに答えてやった。
『メットだけだと本当にただのメットだが、やっぱ携帯端末のお陰で、お前のつけてるイヤホンとか、暗視装置と同じ効果が出る。ま、この携帯端末だって全部組織からのデータ転送があってこそ機能してんだろうがな』
――衛士が彼とこうして気易く会話が出来るのは、一度絡まれているところを助けられ、また再会したというワンクッションがあった事が大きかった。それがイワイの計算なのか、ただの偶然なのかは誰にも分からないが、少なくともそれは今回の任務を行うに当たって非常に幸運なことであると言えた。
それから幾度かビルを飛び越えると、ようやく暗視装置の出番がやってくる。肉眼では無限と思うほどの闇が衛士達を飲み込んでいた。故にイワイはヘルメットの中で呟き音声で命令を認識させ、衛士はゴーグルを装着することで、白熱灯で周囲を照らすような視界を得ることが出来る。
ゲームや漫画などでよく見る緑色の視界を想像していた衛士は、コレは良いと歓喜しながらイワイに担がれて大地へと降り立つ。まるでちょっとした段差から降りるかのような僅かな衝撃の後、衛士は自身の足で狭い路地に立ち、そっと周囲を見渡した。
『今の内に便所は済ませて置けよ』
「舐めんな。来る前に済ませておいた」
『いい心がけだ。この近くに隠し通路がある。そこから侵入して地図の細部を埋めるぞ』
「んで?」
『主要施設をぶっ飛ばす。表向きは新エネルギー研究・開発所だからな。コンピュータを統合してる部屋を破壊すれば使い物にはならなくなる』
「表向きって、裏じゃ何してんのよ」
狭い路地は民家に挟まれている場所である。故に深夜だから人気もせずに、安心して行動する事が出来た。しかし最もイワイが携帯端末と周囲とを確認しながら、それぞれ壁に存在する扉を吟味しているところを見るに、この民家のどれか、あるいは全てがただ建っているだけなのかもしれない。
人造石の壁。比較的新しいものだ。最も街に近い部分だからそうなのかもしれないが、だからといってここは問題ないと素通りする場所ではなかった。
やがてイワイは一つの扉の前で立ち止まって指を鳴らす。だが布素材に包まれる指はあの甲高い音を鳴らすことは無かった。
『銃の密造、密輸。それが何処に流れるか分かるか?』
「暴力団とか?」
『正直知らん。だがそんなところだろうな。リリスもこういった施設を執拗に潰したがるしな』
「……なんか、お前らしくなくて気持ち悪い」
『知的だろ? てめぇサマは最初っから人を馬鹿にしすぎなんだよ』
イワイは携帯端末をポケットにしまってドアノブに手を掛け――思い出したように振り返る。衛士は驚いたように肩を弾ませてから、なんだよ、とぶっきらぼうに問うた。
『携帯端末、落とすなよ? そいつがなけりゃ、いくらリリスだっててめぇサマの場所すらつかめねぇんだからな。地下に戻れば別に良いがな』
「落とさねぇよ。つか、地下でもそうなのか?」
『詳しいところは知らんが、そうらしい。俺ぁそーゆー所がムカつくから地下に戻ったら直ぐ部屋に投げ捨ててる』
「……オレも実際、任務以外じゃ持ち歩かねぇな。使うところねーし」
『それがいい。ま、注意はここまでだ。後は状況に応じて理解しろとしか言いようがねーからなー。行くぞ』
おう、と衛士は短く返事をする。イワイはちらりと背後をうかがってそれに頷いてから、ドアノブを捻り、押し開く。が――強い抵抗が、そもそもの開扉を拒んでしまう。そこでイワイは初めて鍵の存在に気がついた。
衛士はそんな彼を哀れな目で見ると、イワイはヘルメットの下で引き攣った笑みを浮かべて、
『ま、こんな事もある』
それだけを口にして、ポケットから携帯端末を取り出した。
――幸い、侵入した付近には人の気配は感じられなかった。
鉄板で囲まれた、人一人がようやく通れるような四角い通路は迷路のように所々で枝分かれをしていて、一人出来ていれば高確率で迷子になってしまいそうな場所である。これでは前回潜入した人間がわざわざ何キロもある地下通路を通りたがったのも仕方が無い話に思えた。
衛士は減音器を装備した拳銃を、イワイはその強度面ゆえに信頼性の高いレミントンM1100の銃底を省略しグリップを木製に付け換えるなど、独自のアレンジを施したソードオフを、それぞれ手にして前へ進む。
衛士はイワイから数メートル背後から、イワイはまるで自宅の廊下を歩くような気軽さでその前を、周囲を伺いながら進む。そうするとやがて狭い迷路は終わりを告げて、ややある段差を降りると広い廊下に到達した。
左右に広がる通路は眩い照明が周囲を照らすが故に、衛士は暗視装置を外している。イワイも既にそうしているのだろうが、やはり表面では何が変わったのか良く分からなかった。
硬い廊下はどうやら人造石で固められているらしい。ここの下にさらなる空間があるのか気になったのでイワイに尋ねると、彼は静かに首を振った。どうやら存在しないらしい。
『一応注意するが、お前は喋るなよ? 声が響くからな』
イワイが言うとおり、彼は何もつけていないが為にその静寂が支配する空間に、僅かなものでも良く響く。ヘルメットをするイワイにはその心配は無く、衛士はそれ故になにやら”ずるい”と感じていた。
だが彼の言葉は至極正論であり、衛士には反論が出来ない。だから素直に頷いて、変わらぬ距離を保って後を追って行った。
足音を殺す為に移動速度はきわめて遅い。衛士は持たされる荷物が多い為に、歩くだけでも必要以上の精神力をすり減らさねばならなかった。だが仕方が無いのだ。行動の一つ一つが命に関わり、自身が気をつければ良い事なのだから――。
『あー、面倒くせぇな。敵が近づいてきた。進路変えるぞ』
考える中でイワイの声が頭に響く。それはまるで頭の中から沸くような声音であり、彼は言葉と同時に足を止め、少し奥の曲がり角を睨んでから、引き返すか否かと迷うように重心を前後に揺らしてから、不動の姿勢をとった。
――殺すか。
僅かな間の逡巡の結果、そういった答えが導き出される。
衛士の拳銃を使えば限り無く無音での殺害は可能だ。しかしそうすれば近いうちに潜入は確実に発覚る。死体の処理をする場所は無く、ならば進路を変更するしかないのだろうが、ここまでは迷路を出てから一本道だ。引き返すにしても時間が無い。また迷路に戻ったとしても、この警備のタイミングでは何度もこれを繰り返す必要があるだろう。下手をすれば入り口を選択しなおさなければならなくなるほどである。
ならば殺害し、迅速な行動で任務を完遂すべきだ。
遠まわしな施設破壊の任務は比較的簡単だし、ヘルメットのシールド部分に表示されるマップには副産物に埋め込まれる発信機が内部に潜入してようやく反応したので、位置も簡単に分かる。
ならばもう面倒な思考は止めだ。
『減音器、勿体無ぇから外しとけ』
イワイはそれだけ残し軽い足取りで曲がり角の手前へと移動して深く屈み込むと、散弾銃を腰のホルスターにしまい、代わりに黒塗りのコンバットナイフを取り出した。
一度、衛士の拳銃を借りようかと考えたが、どうせなら完全な無音の方が良いと考えたが所以である。
息を潜め、相手の距離を測る。生体反応は既に数メートル手前にまで迫っていた。地図とその位置とを重ね合わせたが故に理解でき、この上なく便利なこの技術には感謝するしかないだろう。最も、こんなものが無くともやるべきことは出来るだろうが――現実での任務の難易度などは極力低い方が良いのだ。
道具は便利なほうが良い。仕事は簡単なほうが良い。
便利なモノに慣れたら、それが失せたときに苦労をするだろうと誰もが言う。だがそんな物は過去に、自身が活躍できたあの日に依存しているだけに過ぎない。イワイはそう考えていた。
――曲がり角から銃口が覗く。イワイは息を呑み、僅か一瞬の、狙うべき隙を待つ。敵が彼を知覚するよりも早く、かつ、知覚せぬ間に見せた急所を。
銃身が現れる。同時に、相手の靴先が角から出る。足音が響き、だがイワイは焦ることも、緊張を覚える事も無い。ただの競技のように、最初の一点を入れて士気を湧かせる為に尽力するリーダーのような心持で、彼はただその一瞬を狙っていた。
一秒は一秒として、二秒は二秒として流れる。決して引き伸ばされない時間は、それ故に敵の横顔を曲がり角から露出させ――僅かに腰を浮かせるだけの動作で、イワイは行動を終了させた。
警備のために徘徊していた彼は小銃を手から零れ落とし、激痛の為に悲鳴すら出せずに瞬く間に意識を遠のかせる。脇腹よりやや下の腰の辺り――その腎臓を一刺しされたが故に数秒の内に膝を崩し、いつの間にか目の前に立つイワイに、何も出来ずに身体を預けた。
彼は落ちた小銃をそっと床に置き、さらに倒れる男を引っ張って曲がり角の影に寝かせる。尋常ではない出血の為に血痕が引きずった跡を残すが、今はそれを気にする必要も、処理する時間も無かった。
『やいエイジ。俺の経験則上、ざっと見て侵入が発覚するのが今から五分後ッつー所だろうな。先に必要な場所にC4仕掛けて、副産物回収してから逃げる。こんな流れでどうよ』
「ったく、こんなことになるだろうとは思ってたけどよぉ……」
暗い色の迷彩服に、同色系の迷彩柄のヘルメットを被る男を見下ろしてから、小さく溜息を吐いた。
悲壮な死に顔だ。苦しみに満ちたその表情を見ると陰鬱な気分になるが、自分がこうならない為にはこうしていかなければならない。死んだことは深くお悔やみするが、だからといって同情するわけでも怒りするわけでもない。
正確に心情を申すのならば「至極どうでもいい」のである。
『どうやら軍が関係してるみてーだしよ、さっさと行くぞ』
イワイは血を拭い、ナイフを鞘にしまってからさっさと先に行く。衛士はそんな初めて聞く情報に驚き、
「ちょ、どういう……あぁ、もう」
大声を出せぬ状況ゆえに、ただ黙って後を追っていった。
まず目指すはココから先にある機械室だが――その扉の前には三人の警備兵、あるいは兵隊が居る。
イワイはその口元に楽しげな笑みを浮かべながら、腰のショットガンに手を掛けた。