レストランにて
ホント、久しぶりの更新となりました。
船の中は非常に複雑な造りになっていた。無理もない。この中型旅客船が建造されたのはもう七十年以上前の事だ。しかも当初は軍事用の輸送船として造られたものである。それが流れ流れて改造を繰り返し、現在は旅客船となっているわけだ。こういった事情がこの船ポンケネウレ号の独特の造りに拍車をかけている。もっとも魔具による構造維持機能がなければ、とうの昔に廃船の憂き目を見ていただろう。
しかしその分、長い歴史を物語る痕跡が船の至る所にあった。戦争に使われていた時代の弾痕や装甲の修理あと。無計画に船内を改造した事による配管の異様さ。客船に生まれ変わってからも相当な年月が経っている事を感じさせる古びた調度類。しかしそれらは決して不愉快な印象を与える事なく、乗客に不思議な安堵感すらもたらしていた。
レストランへ向かうパピル一行は、そこへと通じる最後の長い通路に達していた。その通路は、おそらくこの船が客船として一番はなやかなりし頃に作られたもので、通路自体は古びてはいるが上質の木材がたっぷり使われており、両側の壁には古代の神々を模したした美しい彫刻が施されていた。
ちょっとした船中の冒険を終え、彼らはレストランへと到達する。レストランはこの船の中で一番広い場所だ。客船にするために船を買った主は、相当な金額をかけてこの大レストランを作ったのだろう。かなり古びてはいるが、そこは古くさいというより貫禄があるといった方がぴったりとくる場所だった。
金髪のウエイターが彼らに声かける。
「おや、珍しい組み合わせだね。荒くれ男に魔具オタク。それにお子さま魔法使いときた」
このレストランが船で一番楽しい場所になっている理由に、この三十の坂は越えているだろう陽気な男の存在は欠かせない。彼はどこでそれを身につけたのか、様々な客が入り乱れ、本来ならトラブルが耐えないはずのレストランを絶妙な接客で常に平穏なものとしていた。
通常の客船ならば、乗客と乗務員が同じ場所で食事をするという事はあり得ない。しかし船長の方針で、客が乗務員をつれて来た時のみ、伴に食事ができるという独自のルールがこの船にはあった。レストランの方が良い食事が出来る上に乗務員には割引がきくので、乗務員は何とか乗客と食事がとれるように色々と画策していた。
グンパもたまたま知り合ったレリオンに頼み込み、航海中に何度もレストランで食事をしてる。そういう、ざっくばらんとしているという意味では、レストランというより大食堂といった面もちの方が強かった。
「女房に逃げられたみっともない男が何いってるんだ。もうちょっとお客をお客と思えよな」
レリオンがウエイターの胸を軽くこづく。勿論、親しみを込めた悪口だったが、妻に逃げられたというのは、まんざら冗談というわけでもないらしい。パピルは食事をしている時に、このウエイターがその話を他の客としているのを何度か聞いたことがあった。一緒にいれば奥さんも楽しかろうに、と思われるような気さくな男であったが、男女の仲はそう簡単にいくものではないと、パピルは経験から知っていた。
もっとも見かけが子供のパピルがそんな事を言えば、いっぺんで「生意気な子供」と思われるのはわかっていたので、その事には一切ふれてはいなかったのだが。
ウエイターの案内で三人はテーブルについた。まだ夕食には早い時間だが、レストランは意外と混んでいる。明日の朝早く、ようやくホンザの港に到着する事もあり、みな早くベッドに入る為この時間を狙って食事をしに来たのだろう。
ただこのレストランは船の一部を建て増して作られたものなので、乗客の三分の二が同時に食事を出きるくらいの広さはゆうにあり、そのためさして窮屈さを感じさせない。
ヒョロッとした痩せ型のウエイターが早速注文を取るために口を開いた。
「レリオンは、まず酒だよね。いやいや言わないでもわかってるさ。僕は一日以上つきあったお客の好みは即座にわかってしまうんだ。でもあんまり飲み過ぎないでほしいな。みな今夜は盛大に騒ぐだろうからさ。この長く退屈な旅の終わりを祝ってね。だから酒豪のあなたが残り少ない酒樽の中身を空にしちまったら困るんだよ」
「わかってるさ。俺も今夜はあまり呑む気はないよ。せっかく最後の夜に知り合った将来高名になるだろう魔法使い君の前で、醜態はさらしたくないからな」
レリオンがメニューを見ながら話す。パピルはちょっと気恥ずかしい思いだった。何故ならパピルは既にかなり「高名な」魔法使いだったからである。もっとも今の姿でいる分には、ほとんどの者はその事に気がつかないであろうが。
「で、将来有望な魔法使い先生は何にする? いつものように、ゴレドン牛のモモの甘辛煮とフォルゼン風味のサラダかい」
ウエイターが喋り終わるかどうかのタイミングで、レリオンが口を挟む。
「へぇ~、パピルは結構大人の味が好きなんだな。俺がゴレドン牛の良さをわかったのは二十代も半ばをすぎた頃だったぞ」
パピルは少し慌てた。確かにゴレドン牛の味は癖があって、子供で好きな者はほとんどいない。パピル自身もこの牛の味の良さに気がついたのは、実年齢で二十二、三の頃であった。乗船して間もない頃は、怪しまれないために、いかにも子供が好きそうな料理を注文していたのだが、今回のように部屋に閉じこもらざるを得ない旅では、食事が何よりの楽しみである。パピルはついつい誘惑に負けて、好物を注文するようになっていたのだった。
「え、ええ。見習い魔法使いは修行の旅で色々な所へ行くんで、あんまり食べ物の好き嫌いは言えないんですよ。ある町ではゴレドン牛ばかりを食べなくてはならない羽目になりましてね。それですっかり慣れて好きになってしまったんです」
いいわけがましくパピルが答えたが、実際この話は真っ赤な嘘である。ウエイターが注文をメモしながら、今度はグンパの方に声をかけた。
「グンパは、ソレポリ鶏の卵包みとオレンジのゼリーだよな。二十歳も超えようってのに、まだママの料理が忘れられないってか」
「うるさーい。ソレポリ鶏の卵包みは、ホンザの郷土料理で、地元生まれはみんなこのお袋の味が好きなんだよ!」
年下のパピルが好む大人の味と比較されたようで、グンパはバツが悪いようだ。 そしてそれをごまかすようにパピルに話しかける。
「お、今夜はオレがパピルの分、ご馳走させてもらうよ。アドバイスをもらったお返しにさ」
若い魔法技師はどうにかパピルに借りを返したいようだ。このままパピルが船をおりてしまえば、この先ずっと何か心の中にモヤモヤが残りそうだと考えての事だろう。
「おい、まてよ。パピルにおごるのは俺の方だぜ。今さっきパピルと約束したばかりだ」
メニューを見ていたレリオンが慌てたように割り込んでくる。しかしグンパも引き下がらない。
「何いってるんですか、レリオンさん。オレがパピルの世話になったのは、あなたがパピルと約束したよりも前ですよ。オレの方がパピルにおごる優先権があります」
グンパが、今一つ説得力のない主張をする。
「おまえ、大人に逆らうなよな。パピルにおごるのは、この俺だ」
「いいえ。レリオンさんだって、海の男だったわけでしょ。だったら船の上で受けた恩義は必ず返さなきゃならいってのはわかってるでしょうが」
こうなるとグンパも意地になってくる。二人が自分の事でもめるのは本意でないパピルだが、悪い気はしない。でもこのままでも困るので、二人の間に割ってはいる。
「あ、二人とも喧嘩しないでください。ボク、自分の分は自分で払いますんで」
「うるさい! 子供は黙ってろ」
レリオンとグンパがほぼ同時に怒鳴った。そして顔を見合わせて笑う二人。
「グンパ、船の上の借りっていうんならよ。お前、俺に借りがあるんじゃねぇのか」
レリオンが不敵に笑う。
「え、借りって何すか、借りって」
グンパが慌てたように声を発した。どうやら思い当たる事があるようだ。レリオンが間髪入れず畳みかける。
「ほれ、出航してまもなく起きたあの事を忘れたわけじゃあるまいな。俺とお前が初めて出会ったあの時の事をさ」
「いや、それはそうなんだけど……。今、それを持ち出すかなぁ。レリオンさん、大人げないっす」
どうやら二人にはなにやら因縁の出会いがあったようだ。パピルはにわかに興味がわいてきた。この愛すべき旅の道連れ達に何が起こったのか。
「あら、あなた達も来ていたの。最後の夜に偶然だわね」
突然背後から若い女性の声がした。パピルが振り向くと、そこには年の頃二十五、六の長身の女性。赤いショートドレスに明らかに派手目の化粧をしている。”姉御”という言葉は正にこの女の為にあるといった風貌の人物だ。
「お、アンタはあの時の。あれ以来、一度も船の中で会わなかったなぁ。もっとも無粋な野郎ばかりが多いこの船では、アンタみたいな美人はあんまり出歩かない方が賢明だろうがね」
どうやらレリオンに恰好の援軍が現れたようである。
「あなたのようないい男に美人って言われるのは悪くはないわね。ところで隣にいるのは、あなたの息子さんかしら? 子連れには見えなかったけれど」
その女はパピルの方を興味深そうにのぞき込んだ。
「いや、違う違う。さっき甲板で知り合ったばかりさ。でも、こういう息子がいるのもいいかもな、男親としては」
一瞬レリオンの表情が曇ったのをパピルは見逃さなかったが、考えを進めるまもなくレリオンが続ける。
「おう、ちょうどいいや。アンタ、パピルに話してやってくれよ。あの時の事をさ。この魔具オタクに思い出させてやるためにも」
「オタクじゃありません! 魔具の求道者って言って下さい」
グンパがくってかかる。
「ええ、いいわよ。あの時のお礼代わりにね。いい、魔法使いの坊や、あれは……。あ、ウエイターさん、わたしにシャンパンを持ってきてくれるかしら。話し終わったらきっと喉が渇いているでしょうからね」
女が流し目がちに、ウエイターへ注文をする。
「はい、かしこまりました。じゃあ、他の三人もさっきの注文内容でいいよな。レリオンはそれにプラスして、ツマミに鶏皮のフライってとこで」
気のせいか少し頬を赤らめた金髪のウエイターは、厨房の方へ向かって歩き出す。女は空いている席へとけだるそうに座り、頬杖をついた。
「あれはねぇ……」
女が話し出す。