第六話 楽園の胎動
冬が来て、春が来た。
エドガーの開拓地は、もはや「村」と呼ぶには手狭な規模になっていた。百人が二百人になり、二百人が四百人になった。隣国の商人が「魔力小麦」を買い求めて列を作り、王都の職人が「ここで働きたい」と門を叩いた。
「エドガー様、このままでは住居が足りません」
元・王宮建築士の男が図面を広げた。几帳面な文字で区画が書き込まれている。
「ありがとう。見せてくれ」
エドガーは図面を眺めながら、この場所に来た最初の日を思い出した。一軒の廃屋と、死んだ土と、冷たい風だけがあった。
「頑丈に作ろう。でも、窮屈にならないように。人が長く住める場所は、余白が必要だから」
「……余白、ですか」
「隙間があると、後から色々なものが入ってくる。それが街になるんだと思う」
建築士は少し考えてから、頷いた。
「なるほど。そういう設計は、したことがありませんでした」
「一緒に考えましょう」
その頃、王都の安宿では。
「……なあ、レオン」
ゼクスが天井を見上げながら言った。
「なんだ」
「エドガーは、俺たちのことを恨んでいると思うか」
レオンはしばらく黙っていた。
「恨んでいたら、あそこで俺たちを潰していた」
「じゃあ、なんで」
「さあ。でも、あいつは昔から、そういうやつだった。俺たちが気づいていなかっただけで」
クラリスが壁に背を預けたまま言った。
「……私、あいつが修復している音、聞いたことがあった。夜中に、ずっと」
「聞いたことがあったのか」
「ただの習慣だと思ってた。ルーティンかなにかだと」
三人は、しばらく黙っていた。
安宿の窓から、王都の夜の灯りが見えた。かつて自分たちが闊歩した街が、今は遠く見える。
「……借金、いくら残ってる」
「数えたくない」
「そうか」
ゼクスは目を閉じた。
どこかで、エドガーが今も夜中に作業しているのだろうか、と思った。今度は誰かのためでなく、自分のために。
それは、思っていたよりずっと、重たい想像だった。
春の終わり。
エドガーの開拓地に、小さな市が立った。
亜人の焼いたパン、職人の作った陶器、農民の育てた野菜。色とりどりの布が風に揺れ、子どもたちが走り回り、老人が縁台で話をしている。
エドガーはその端に立って、しばらく眺めていた。
誰かが声をかけてきた。誰かが笑いかけてきた。エドガーは答えながら、ふと思った。
修復師の眼は、壊れたものの「本来の姿」を見る。
では、この場所の本来の姿は何だったのだろう。
呪いに汚染される前、人が捨てていく前、この土地はどんな姿をしていたのか。
答えは分からない。でも今、目の前にあるこれが、少なくとも間違っていないとは思える。
エドガーは市の賑わいの中に戻っていった。
修復すべきものは、まだたくさんある。
それが、悪くなかった。




