婚約者の裏切りを王妃に相談したら寵姫との確執に巻き込まれたので悪事を全部暴いてやりました
「エミリア。すまないがしばらく君とは会えない。仕事が忙しくてね」
婚約者のオズワルド様にそう言われて一ヶ月。本当に会えていないし、ご連絡もない。
しかも、よからぬ噂まで聞こえてくる。
オズワルド様が、他の女性と二人きりでよく逢われているというのだ。
「ハァ……」
王宮の廊下で、私は思わずため息をついてしまう。
私はウルヴァー伯爵家の娘、エミリア。王宮で王妃様の侍従を務めている。
最近、婚約者の侯爵令息、オズワルド・ロワード様に避けられている気がする。
お仕事が忙しいという割に、他の方と会う時間はあるなんて。
最近はいつもそのことが頭から離れず、王妃様のお側におりながらため息をついてしまったのだ。
「どうしたのです、エミリア。このところずいぶん元気がありませんね」
王妃様が見かねてお声をかけてくださる。恐縮だ。
「お気を使わせてしまい申し訳ございません。いえ、個人的な事情でして……」
「話してみなさい。貴女に元気がないと私も元気がなくなります。もしかしたら私にもできることがあるかもしれぬ故」
あまり気の乗らないお申し出だが、王妃様にここまで言われてはお断りすることも難しい。
王妃様は近年、王様の関心を若い側室に奪われ、政治的な舞台以外では有閑な暮らしを送られている。そのせいか、気まぐれにこのように下々の者に関心を示されることがある。
「では……」
オズワルド様のお話をする。
扇で口元を隠しながら聞かれているので、どう思われているのかよくわからない。
「事情はわかりました。ロワード侯爵令息の行いがはっきりせねば貴女も先に進めぬだろう。……リーゼ、調べなさい」
リーゼ様は王妃様の側近である。王妃様に随行されている日もあるが、いらっしゃらない日も多い。普段何をされている方かはよくわからない。
「はっ、かしこまりました」
一礼し、去る。颯爽としている。
格好の良い女性だ。
「私などのために、恐縮でございます」
「よい。余興のようなものである」
扇を閉じた王妃様は、かすかに笑みを浮かべていらした。
おっしゃる通り暇つぶしのお戯れか、配下思いと呼ばれたくなったのか。私には真意まではわからなかった。しかし、いずれにせよこれで本当のことがわかる。
知りたいような、知りたくないような。私の心の底で、安心と不安が複雑に入り混じった。
*
数日後。
王妃様に呼ばれ、お部屋へ入る。
リーゼ様もいらっしゃる。
「調べがつきました。リーゼ」
先日のお話だろう。もうわかったのか。
結果に触れると思うと緊張する。
リーゼ様が、報告書だろうか、紙を手に話し始める。
「オズワルド・ロワードは、婚約者がいながら他の女性と二人きりでの逢瀬を重ねている。これは事実だ。貴族の令息として、看過できぬ事態である」
やはり……。
信じたくないから、避けてきた部分もある結論。
しかし、リーゼ様が調べた上でそうおっしゃるのであれば、そうなのだろう。
「お調べいただきありがとうございます。私、オズワルド様とお話して参ります!」
私の問題なのだ。私が決着をつけなければ。
「待たれよ。事は単純ではないのだ」
一礼して部屋を出ようとした私に、リーゼ様が声をかける。
「なんと、お相手はあの女の側近なのですよ。ほほほ」
王妃様が、口元を隠しながら、なぜか楽しそうに笑う。
あの女――王妃様がこのような言い方をなさる方はお一人のみ。
シルヴェーヌ様。王の側室。
「意味が、わかるか」
リーゼ様の声が一段低くなる。
「……はい。でもまさか、そんな。私、オズワルド様に王妃様のことは何も……」
王宮に王妃様とシルヴェーヌ様の派閥争いを知らぬ者はいない。
王妃様には留学中の十三になる娘がいる。つまりは王女様だ。しかし先年、シルヴェーヌ様が男児を産んだ。それ以来、お二人の確執は決定的となった。
そして、そんな中で私は王妃様のお側に仕えている。その婚約者がシルヴェーヌ様の側近と懇意にしていれば、間者として疑われてもおかしくない。
「よい。貴女の忠誠はわかっておる。そこで、ですが――」
王妃様が数歩、私に歩み寄り、お顔を近づける。
「気づかぬふりをして、ロワード侯爵令息に私の予定を伝えてくれぬか」
「……ええっ」
本来「かしこまりました」以外を言ってはならない立場だが、驚きが勝ってしまう。
「お前は賢いからわかっているだろうが、他言無用である。王妃直々の命、しっかりと遂行するように」
リーゼ様が言う。
つまり……私に「仕掛けろ」と。そうおっしゃっている。
当たり前だが、王妃様のご予定は機密事項。外出される際でも直前まで関係者以外には伏せられている。
それを私から聞いたオズワルド様が側室陣営に漏らせば……好機とばかりに何かを仕組まれるかもしれない。それを、わざと引き起こせと。
「それは……」
返答に迷う私に、声色を変えるでもなく王妃様が言う。
「貴女の予定として伝えれば良い。来週の陛下との出でましに同行なさい」
私の仕事を知っているオズワルド様には、同じことである。だからこれはそういう意味ではない。ただ、有無は言わせないという命令である。王妃様をわずかに苛立たせてしまったのかもしれない。
所詮、私は王妃様にとって下々の駒のひとつ。もはや覚悟を決めるしかない。
「……かしこまりました」
「良い子ですね。なに、貴女の婚約者があの女に通じておらねば何も起こらぬもの。それだけのことです」
王妃様はいつもと変わらぬ優しい微笑みを浮かべた。
*
「お久しぶりですわね、オズワルド様」
数日後、私はオズワルド様と会っていた。
しばらく留守にするかもしれないからお会いしておきたいと手紙でお願いしたのだ。
「ああ。時間が取れず、申し訳ない」
やわらかい笑みを浮かべるオズワルド様。
いつもと何ら変わらない。優しい婚約者様。
この笑顔の向こうで、裏切るようなことをされているなんて。
問いただしたい。直接その口から聞きたい。……そして、できることならば潔白を証明してほしい。その欲求が沸き起こる。
しかし、王妃様が気づかぬふりとおっしゃった以上、それはできない。
「お仕事で、来週ハイランド公国まで向かいますの。その前にお声が聞けて嬉しいですわ。……あっ、詳しく言ってはいけませんでした。忘れてくださいませ」
笑顔を絶やさず話しかける。笑顔以外ではどういう顔をしてしまうか、自分でもわからない。だから、私は笑顔を絶やせないでいた。
「そうか、寂しくなるな。だが仕事なら仕方がない。帰ってきたらぜひまた食事にでも出よう」
一ヶ月あまりも放っておいて、一週間の不在が寂しいとは。
ああ、いけない。言葉のすべてを疑ってしまいそうになる。
「はい、ありがとうございます」
私はこうやってオズワルド様と「一見楽しげな時間」を過ごした。
「エミリア」
別れ際に、オズワルド様が私を呼び止める。
「今はまだ説明できないことが多い。だが、どうか私を信じてほしい」
どういう意味かわかりかねたが、私がオズワルド様を疑っていることが伝わってしまったのだろうか。
だが、その眼は真剣そのものだった。
「わかりました!」
私は信じるもなにも……という状態であったが、ご事情があるということは承知し、そう答えた。
*
出立の前日。
「ご苦労。あとはリーゼ、良きに計らえ」
私は、オズワルド様に予定を伝えたことを王妃様へご報告した。
王妃様は満足げに頷く。
「はっ。エミリア、王妃様の命を達成した褒美はまた別途下賜される。下がってよい」
一礼してお部屋を出る。
侍従の控えの間へ足を運ぶ。
その廊下の先から、女性の集団が歩いてくる。
「シルヴェーヌ様……!」
私は廊下の端へ寄り、頭を下げる。
これまでも廊下でお見掛けすることは幾度かあった。だから何も緊張するような事ではない。しかし、意識してしまう。いや、意識するなという方がおかしいだろう。この歩いている方の中にオズワルド様の裏切りの相手がいるのかもしれないのだから。
しかし、何を思っていても通り過ぎるまで顔を上げるわけにはいかなかった。それが侍従の位の務めである。
「あら、貴女」
シルヴェーヌ様が声を発する。
はっとして顔を上げる。
そんな、まさか。お声を掛けられるなんて。
「ふうん、可愛い子じゃない」
王の寵愛をいま一身に受けられるその美しいお顔で、ニコっ、と微笑まれる。
御礼も謙遜もできず、呆然と立ち尽くしてしまう。
「じゃあね、エミリアちゃん」
戦慄。
そうとしか言いようのない寒気が私の背中を駆け巡る。全身に鳥肌が立った。
私の名前を、シルヴェーヌ様が? 聞き間違えた? いや、そんなことはない。
去り行く背中を見やる。視線はそこにあるが、私は何も見えてはいなかった。
頭が混乱する。激しい動悸が襲う。
オズワルド様づてに知ったとしか思えない。しかし、それを私に言う意味は? 私がオズワルド様に「仕掛けた」ことが見透かされている? そんな、まさか。
警告、あるいは、脅し――。
冷や汗が流れ、ほほを伝う。
私はもしかしたら、とんでもない過ちを犯してしまったのかもしれない。
「……信じてほしいと言っていたのに」
そして、これはオズワルド様が私を裏切っているという、何よりの証拠でもあった。
*
国王、王妃一行との旅の途上、宿に泊まる。
公国へは一日半の旅程だ。
私は侍従として王妃様、リーゼ様と同じ宿にいる。
人数のせいもあるのだが、王様と王妃様は違う宿にいる。
そういうものなのか、長年の中でそういう風になってしまったのか。とにかく晩餐の場には王妃様のみが席につき、私とリーゼ様が後ろに控えている格好になった。
私は、シルヴェーヌ様のお声がけについては王妃様に伝えていない。
なんとお話ししても、王妃様の不興を買う以外の結果にならないからだ。それくらい、シルヴェーヌ様のお話は王妃様の前では御法度であった。
王妃様が食前酒を嗜んでおられると、給仕がスープを運んできた。王宮の食事にも劣らぬ豪華なコースの予定だ。
スプーンを取り、スープを掬う王妃様。
しかし、それをお口には運ばずにしばし眺める。
「貴女、これ、一口お飲みなさい」
王妃様が、給仕の子に言う。
「私がですか?」
大層驚いた様子の給仕。
「ええ。取り分けたものでよいわ」
「はあ。ご用命でしたら」
毒味……? 毒味役の仕事は調理直後に済んでいるはず。
「失礼いたします。おいしそう!」
給仕が小皿に取り分け、それを飲む。
ガシャン!
「あ、あ……」
給仕の子は震えだし、小皿を落とし割ってしまう。
明らかに異常だ。
「大丈夫? お水を……!」
私がお水を手に取ろうとしたその時。
ドサッ
白目を剥いて倒れる給仕の子。
「ああ……! 誰か! 誰か来てください!」
私は大声で助けを呼ぶ。
意識はなくとも体は小刻みに震えているが、やがてそれが小さくなっていく。
「リーゼ。厨房を」
「はっ」
リーゼ様が駆けて行く。
大勢の兵士がリーゼ様と共に駆けていき、食堂にも参集する。
大変なことになった。
私は、私のしでかしたことの重大さを思い知った。気分が悪くなってきてその場にへたり込む。
「貴女は部屋で休みなさい。誰か、この者を部屋へ」
王妃様が私にお気遣いくださる。
狙われた当事者だというのになんと気丈な。これが王妃というものなのだろうか。
私は兵士の一人に肩を借りながら、部屋へと移った。
「オズワルド様……ああ……」
こんなことになったら、国が徹底的に調査をするだろう。シルヴェーヌ様、その側近、そこに近しいオズワルド様。
そして、私。
*
旅は即日中止となり、王都へ戻ることになった。
料理人、毒味役に限らず厨房関係者は全員捕えられた。厳しい取り調べを受けていると聞いている。
あの給仕は、残念ながら助からなかったそうだ。とても強い毒であったらしい。
後日、また王妃様に呼ばれ、お部屋に入る。
王妃様とリーゼ様が待っている。
リーゼ様が話し始める。
「エミリア。君の働きには王妃様も大変ご満足なさっている。この度の騒動は大変なことであったな」
「……ありがとうございます」
「今度、王の御前で裁判になる。君には証人として出廷してほしい」
私はあの場にいた数少ない人間。それには是非もない。
王妃様が続ける。
「あの女の仕業なのは火を見るよりも明らか。しかしなかなか尻尾を出さぬ。そこで、貴女にはロワード侯爵令息に私の予定をうっかり伝えてしまったことを証言してもらいます」
えっ。
嫌な汗が流れる。
オズワルド様に「うっかり」言ったと証言する。王妃様の指示であることは伏せ。
それは私に王妃毒殺未遂事件の罪の一端を被れと言っているに等しい。
「それは……いくらなんでも……その……」
「あら。私のお願いが聞けませんか」
王妃様の声はいつもの通りである。それが一層の圧力を感じさせる。
「安心なさい。貴女は近しい人にうっかり言ってしまっただけ。貴女は私の可愛い配下です。私が守る故、大したことにはなりませんよ」
王妃様が言う。この方ならそのようなこともできるのかもしれない。
リーゼ様が続ける。
「裁判まで、王宮の別室で過ごしてもらう。重要な証人なので他人に会うことも制限させてもらう。しばらく我慢してくれたまえ」
もはや、私の回答は待たれていなかった。
私は幾人かの者に囲まれ、部屋を移ることになった。
道中、王宮の中庭近くの廊下でシルヴェーヌ様とすれ違う。
私たちは横に避け、礼をする。
しかし、今回はシルヴェーヌ様がお声がけくださることはなかった。
*
王宮の二階の一室で、私は軟禁された。
「このままでは……でも……」
私は爪を噛む。
裁判までは三日ある。
このままにしてはならない。
そうは思うが、しかし、できることはない。
逃げる。どこへ。
抗う。どうやって。
裁判で洗いざらい話すか。証拠もなければ妄言と言われて終わりだ。
いずれにしても今よりも悪くなる未来しか考えられない。
部屋の中には衛兵が一人、交代で常に立っている。
護衛という名目だが、私が滅多なことをしないための見張りなのだろう。
王妃様にとって私はただの駒。わかってはいたが、婚約者への不安を相談しただけで、汚名を背負う定めになるとは思っていなかった。
私は必死に考えた。何か、見落としがないだろうか。
しばらく考え続け――あることに気がつく。
「そもそも、どうやって……」
そこまで独り呟いて、衛兵の存在を思い出し言葉を切る。
王妃様は、スープに毒が入っているとどうしてわかったのか。
あの給仕の子は、何一つ飲むことを躊躇していなかった。あの子が毒のことを知らず、見た目や匂いなどでは違和感がなかった証拠だ。
食前酒はためらいもなくお飲みになっていたのに、なぜスープになって急に?
そして、先日、シルヴェーヌ様は廊下で私の名前を呼んだ。その必要もないのに。
これからこんな事件を起こそうという人が、相手の陣営の者に知っていると伝えるようなことをするだろうか。
おかしい。
この事件が「シルヴェーヌ様が起こしたものではなかった」としたら?
私は、逆の発想で仮説を立ててみる。
私が遠出の日を伝えたのは、オズワルド様。
オズワルド様が私の名前を含めシルヴェーヌ様側にお伝えしたのはほぼ確実だろう。その直後にシルヴェーヌ様から名前を呼ばれたからだ。
しかし、「シルヴェーヌ様が王妃様の予定をご存知である」ことを知っているのは、シルヴェーヌ様だけではない。
王妃様もだ。
王妃様はシルヴェーヌ様を嫌っている。シルヴェーヌ様を犯人に仕立て上げるために、この事件を捏造したのだとしたら。
辻褄が合う。
私などの恋路にわざわざリーゼ様に調査を命じるなど、お戯れにはいささか過剰な話。
だが、「オズワルド様がシルヴェーヌ様陣営の方と懇意にしていると知っていた」なら。
調査がたった数日で終わったが、初めからわかっていたのではないか。
事件のきっかけを、私を使って作り込んだ。
あれは「仕掛けた」のではなく、「仕込んだ」のだとしたら。
シルヴェーヌ様も王妃様と確執はあるが、それは王妃様がシルヴェーヌ様にきつくあたるからだ。男児を設け、王の寵愛を受け、幸せな立場にありながら王妃様を害すような真似をする意味がない。
私が、オズワルド様についてご相談した時の王妃様の笑顔。
あれは、そういうことだったのではないか。
あまりにも状況が揃う。
――私を信じてほしい。
オズワルド様の真剣な眼が思い出される。
私がオズワルド様のよからぬ噂を聞いたのは職場の他の者から。つまりは王妃様の陣営の中。その噂の出どころは?
言えないご事情があるようだったが、真実はどうなのだろう。
「オズワルド様……」
会いたい。
会ってお話を聞きたい。
やはりオズワルド様も容疑をかけられているのだろうか。
考えていても埒があかなくなってきた。
今日はそろそろ寝なければ、と思ったそのとき。
窓の外から、ノックするような音がする。
衛兵は動かない。
「聞き間違いかしら」
窓に寄り、カーテンを開ける。
既にバルコニーは闇に閉ざされている。
しかし、視界の端に誰かが見えた。
「オズワルド様……!」
窓の外で私に小さく手を振るのは、間違いなくオズワルド様であった。
振り返り衛兵を見るが、動かない。
バルコニーに続く扉を開ける。
「ありがとう。この時間の監視は私の仲間を潜り込ませてある。安心してくれ」
計画的なご訪問だったらしい。だから衛兵は動かなかったのか。
どのように二階へ上がってこられたのかわからないが、扉から中に入ってくるオズワルド様。
「オズワルド様、ご無事で……。このようなことをして、見つかったらただでは済みませんわ」
「エミリア、君を巻き込んでしまってすまない」
「いえ……巻き込んで?」
少々予想外の言葉に、聞き返してしまう。
「私は、ある方からの依頼で、王妃様のシルヴェーヌ様に対する振る舞いについて調べていたのだ。その過程でシルヴェーヌ様の側近と情報交換するところを幾度かリーゼ殿に見られていたらしくてな。そのせいで君に不安を与えてしまった」
そういうことだったのか。噂の出どころもリーゼ様とは。
「君が僕に遠出の話をしたときに、君が駒として使われている事を察した。君があんなミスをしたことはこれまでなかったからね。表情もぎこちなかった。だから、これは何かある。そう気づいて方々に報告し、網を張っていたのだ」
なんと、初めからバレていたとは。
私のことをよくご存知のオズワルド様だから、わかっていただけた。そう思うと胸が熱くなる。
「オズワルド様……。説明できないことが多い、信じてほしいとは、そういう意味だったのですね」
「そうだ。裁判の出席予定者に君の名を見た。だからこの裁判の前に何としても君に会っておかなければならなかった。罪を被せられる前に」
「それは……あの事件は王妃様の自作自演、ということですわね?」
私はさっき考えた仮説をぶつけた。
オズワルド様は驚いたように目を大きく開ける。
「驚いた。知っていたのか」
「いいえ、推測よ。でも貴方は知っていたのね」
「ああ。このままだと、次は君が王妃殿下に消されてしまうかもしれない。なんとしても裁判で真実を明かさなければならない」
給仕のあの子は何の罪もないのに帰らぬ人となった。いくら王妃様だからといって、そんなことをして良いはずがない。
許せない。
確かに私は王妃様にしてみれば一介の侍従。捨て駒に過ぎない。だからといって嫉妬に狂って人の恋路をもてあそび、人の命まで奪うとは!
「オズワルド様……申し訳ございません。私は、貴方に迷惑のかかることを……」
涙がこぼれてくる。
どのように謝ればこの過ちを赦していただけるのだろう。すべて、間違いであったのだ。オズワルド様を疑うのも、王妃様に相談するのも、命令に従い予定をお話しするのも。
「いいんだ。王妃殿下の命に背ける侍従などいない。また、こうして会えているだけで僕はとても嬉しいのだ」
オズワルド様は、私を優しく抱きしめてくれた。
「こちらこそ、謝罪しなければならない。立場のせいとはいえ、君に会った時に救えなかった」
私の目を見て、オズワルド様が言う。
「オズワルド様のせいではございませんわ。それよりも、これからです」
私は涙をぬぐい、オズワルド様のお顔を見る。
「私は王妃様を許すことができそうにありません」
もはや、王妃様を主とは認められなかった。
「ああ。僕もだ。あと二日でさらに証拠を固めてみせる」
「私は裁判で、本当の真実を明らかにしますわ」
*
裁判の日。
王様、王妃様、裁判官を務める司教、そしてシルヴェーヌ様が前に居並ぶ。
リーゼ様、私、毒味役の子、当日いた兵士が並ぶ。
王妃様側の証人だ。
逆の側にはオズワルド様、見知らぬ男女が数名。
シルヴェーヌ様側の証人。
この国の裁判は法のもとに開かれるが、王の御前で行われる裁判は王と王妃が裁定を下す。
王妃様を相手に裁判をする。その時点でシルヴェーヌ様は不利なのだ。
普段であれば。
「それでは、王妃殿下毒殺未遂事件の裁判を始める」
司教が朗々とした声で裁判について語る。
「ネフィエラ様。原告としての主張をお願いします」
ネフィエラは、王妃様の名だ。普段は皆呼ばないが、裁判のため特別なのだろう。
「はい。私が飲もうとしたスープに違和感があり、その場にいた者に毒味を頼みました。その者はひと口飲んだだけで倒れました。私にこのような恐ろしいことを企てるのは、私のことが目障りだと感じる立場の者しかおりません」
「証言に偽りはないか。リーゼ・シェリーフィールド」
リーゼ様が証言台に立つ。
「はい、違いありません。私と、そこの従者エミリアの目の前で事は起こりました。その後すぐに私は兵を連れ、厨房の関係者全員を拘束しました。おそらくは一人も逃しておりません。その中に毒を入れたものがいるかと」
「しかし、毒味役は仕事を果たし、その証人もいる。そうだな? ケイト・ターナー」
「……はい」
ケイトは毒味役の子。消え入りそうな声で返事をする。事件のせいか、焦燥しきっている。
「つまりは、運び入れる中でしか毒を混ぜられぬ。しかし給仕はすでに亡くなってしまった。これでどのようにシルヴェーヌ様の手によると訴えるか」
王妃様が口を開く。
「はい。簡単なお話です。亡くなった給仕はシルヴェーヌの手の者だったのです。あの給仕はホテルの使用人でしたが、その母はシルヴェーヌのもと侍従でありました。繋がりは明白」
知らなかった事実。
本当なら印象は悪い。
しかし、私は飲む直前のあの子のことを見ている。なんの躊躇もなかった。あれは毒を入れた者の仕草ではない。
「そして、次に毒物。王宮の学者による鑑定では、あれはシルヴェーヌの故郷の近くに生える毒草のものとか。これも偶然でしょうか」
どれも決定的ではない。しかし印象を左右する。王妃様は用意周到に準備していたのだろう。
「さらに、私の従者エミリアさんからは、うっかりと旅の予定をそこのオズワルド・ロワードへ伝えてしまったと聞いております。この者は婚約者が私の侍従と知りながら、シルヴェーヌの手の者と懇意にしていたとか。シルヴェーヌはそれを知り、まさに好機と捉えて蛮行に及んだのでしょう!」
意気揚々と語る王妃様。
点と点が繋がり、いかにもそのように聞こえる。
「従者エミリア、相違ないか」
きた。
発言を促され、証言台に向かう。
鼓動が跳ね上がる。落ち着いて、少し目をつぶり間を空けてから、口を開く。
「はい。私、従者エミリア・ウルヴァーは、王妃様の外出予定をうっかり婚約者であるオズワルド様へ伝えてしまいました。……王妃様の命に従いまして」
「なっ……!」
リーゼ様が顔色を変える。
「これはうっかりではございません。真実です」
オズワルド様が小さく頷く。
王妃様は表情を変えない。
「ほほほ、我が従者にまで手を回すとは嫌らしいことを。シルヴェーヌ、恥を知りなさい」
「あら、人聞きの悪い」
シルヴェーヌ様は穏やかな微笑みのままだ。
この方も底が知れない。
「侍従エミリアよ、今の発言は重い意味を持つ。お前の家にも関わる重大事だ。わかっておるか」
王様が口を開く。
「はい。この身命に懸けて真実だと誓いましょう」
「エミリア!」
リーゼ様が大きな声を出す。
もう遅い。賽は投げられたのだ。
「駒」の意地、見せてあげましょう。
私の証言だけでは、私がシルヴェーヌ様に抱き込まれて嘘を言っている可能性は否定できないだろう。それを見抜いての王妃様の発言は見事だ。
しかし、この方がいる。
「発言を、宜しいですか」
オズワルド様が手を挙げる。
「良いでしょう。皆さん、一度ご静粛に」
オズワルド様が証言台に来る。私は脇によけた。
「私はオズワルド・ロワード。王の命を受け王妃殿下の計画を調査していた、王属の諜報員であります」
オズワルド様の凛々しい声が響き渡った。
「王属……?」
王妃様の顔色が変わる。
王属、それは王様の直属ということ。
調査をしているとは聞いていたが、王様から直々のご命令だったとは。
シルヴェーヌ様はご様子が変わらない。ご存知だったのだろう。
「エミリアからそのような言があった旨は即日、国王陛下へご報告済みです。シルヴェーヌ様へは陛下から経緯をお話になった。シルヴェーヌ様が何かをするのではなく、このような事態への備えとして。これがその時の報告書です」
王のサインのある報告書を掲げるオズワルド様。
「私は、お二人のお出かけを聞いて、当然何もしないと陛下に誓いましたわ。それでさらに事を起こす愚か者はおりませんでしょう」
シルヴェーヌ様が言う。
「つまり、あの夜にあのようなことを起こす動機があるのは、王妃殿下のみなのです」
「何を言うか! 貴様のような者の言うことなど……」
激昂する王妃様を王様が手を挙げて遮る。
「ネフィエラよ。其方は過ちを犯した。シルヴェーヌ憎しと無闇な策を弄し、いたずらに臣下を殺め、そしてここでもまだ真実をねじ曲げようとする」
「そんな! 私は……!」
まだ、言い訳をしようというのか。
「王妃様、亡くなった給仕の子……あの子は王妃様に言われ、スープを何の疑いもなく口に入れました。毒を入れた者がそのような態度を取るわけがありません! 王女様と同い年くらいの娘に、悪い事をしたとも思わないのですか!」
私は大声を出した。涙が出てきた。
「貴女は! あの時! どうしてスープを飲まずに止められたのですか! 知っていたからでしょう!!」
「この……下女ごときが!」
王妃様の顔が醜く歪む。
「調べはついておるのだ。お前には反省を期待しておった。毒は、お前の指示によりそこの毒味役の娘に入れさせた。そうだろう」
「……! はい……そうです、う、ううう」
毒味役のケイトが王様に直接言われ、認めた。そのまま泣き崩れる。良心の呵責と戦い続けていたのだろう。初めは言い出す勇気が出なかったが、王様に言われきっかけを得たようだ。
これが、オズワルド様の言っていたさらなる証拠か。決定的な証拠。
王様は、さらに何かを言いかける王妃様に向き直る。
「まさか、ここまでのことをしでかすとはな。覚悟を、決めよ」
「ぐ……」
王妃様は何も言えなくなり、肩を落とした。
王妃様の計画は、初めはほぼ完璧だった。
ただ、オズワルド様が私をとてもよく理解してくれていた。それだけが誤算だったのだ。
*
幾日かが経った。
王妃様は西方の辺境にある修道院へ出ることとなった。事実上の幽閉である。
リーゼ様も重い刑に問われているが、あの方も特殊な立場だったらしく、詳しいことは伏せられている。
「せめて、安らかでいてくれると良いが」
オズワルド様が、花を手向ける。
「ええ……本当に」
私とオズワルド様は、事件の起きた宿のある街に来ていた。
あの給仕の子の墓参りのために。
名も知らぬ子を、不幸にも巻き込んでしまった。これは私がずっと背負うべき罪。
「悪いのは王妃殿下だ。そして私にも責任の一端はある。……独りで背負うな」
「ありがとうございます」
あの子の親御さんにも会った。何らかのご支援をと申し出たが、王とシルヴェーヌ様から充分なご支援を賜ったからと丁重に断られた。
それ以上は何も言えなかった。
「これから、どうする」
しばらく宿場町の通りを歩いた後、オズワルド様が問うた。
私は、王妃様がああなってしまったので、事実上仕事がなくなってしまった。
「まだ、何も決めておりませんわ。それどころではありませんでしたから」
「そうか、私もだ」
オズワルド様も、調査のお役目は終わった。ただ、官僚としてのお仕事はあるはずだ。
「よかったら、少し旅に出ないか。一緒に」
オズワルド様の突然のお申し出に、私は思わず顔を眺めてしまう。
お顔を見れば、旅が目的ではなく、二人でいることが目的。それがよくわかった。私もオズワルド様のことはわかるつもりだ。……お仕事はよく知らなかったけれど。
「はい、ぜひに。気ままな旅に参りましょう」
私とオズワルド様は、馬車に乗り、晴れた街道を進み出した。
お読みいただきありがとうございました。
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