ep8 舞踏会
「お手をどうぞ。」
舞踏会の会場の前で、胸を手に当てて手を差し出すラウェルは、噂通り王子様にしか見えない。
ラウェルのハニーブロンドの髪がさらりと落ちて、まつ毛の影が頬に落ちる。
スモークグレーのタキシードが随分様になっている。
「お前って、格好良いんだな。」
少し馬鹿みたいな感想とともに手を乗せれば、単純に嬉しそうに笑ってくれた。
「お眼鏡にかなって、光栄です。」
会場に降りる大階段が、少し怖い。
明らかに注目した沢山の目線がこちらを向いて、呼吸が浅くなると同時に、腰をそっと抱かれた。
ラウェルの優しい目線が、何も怯えるなと伝えてくる。
久々のこういった場所で、気持ちは高揚しているし、どう見られるだろうという緊張はある。
けれど、芯が整っていれば、怖いものなどないのだと、初めて知った。
「え、うそ……」
「あれ、誰……?!」
「あんな綺麗な人いた……?!」
ざわざわと聞こえる囁きが聞こえるたび、ラウェルが肩を撫でてくれる。
こんなに周囲のことが気にならないのは初めてだった。
ホールに足を踏み入れて、真っ先にラウェルが手のひらに口付けてきた。
「愛しいルシエル。僕と踊っていただけますか。」
芝居がかったそれに、いつもの空気を感じてふ、と声が出た。
聞こえた嬌声はきっとラウェルのファンのものだろう。
「――もちろん。」
そうして、踊り出したのはいいのだけど――集まる目線に空気が詰まるような心地がする。
「あ、ほら、奏者が先輩に見惚れてミスしました。」
「実況すんなよ。」
ムードも何もない。
呆れていると、肩に額を乗せられた。
「……あーあ。独り占め、出来なくなっちゃいましたね……。」
ぼそっと呟かれる。
「十分に、してると思うけど。」
ぱっとラウェルがこちらに目線を向けた。
おかしくて笑う。
「お前には、何でも許してるだろ。」
正直に言ったのに、不遜な表情を見せると思っていたラウェルは、純粋に驚いた子供のような顔をしていた。
思わず足が止まる。
「そっか……。」
小さく呟くようなラウェルの声は、内容にそぐわずあまりに熱い感情がこもっているようで、胸を締めつけてきた。
「――僕の声は、ちゃんと、あなたに届いていたんですね。」
深く吐いた息が、いつもより熱く首筋に届いた。
「これだけは……僕の人生と違って、僕だけのものじゃなかったって事です。」
泣き笑いのような表情のまま、口付けられて、ここがホールのど真ん中だと、文句も言えなかった。
聞こえた騒めきや悲鳴のような声は、舞い上がった心がかき消した。
ふと、少しだけ目頭が熱くなった。
将来のためでもない、自分を無遠慮に消費されている訳でもない。
ただ、必要とされて、一緒にいるだけだと伝わってくる。
そっと離された唇に、思わず言う。
「なんか、泣きそう。」
「そう――?……実は、僕もです。」
見上げた琥珀色の瞳は、言葉通り潤んでいた。
「いま、僕は本当に幸せです。あなたに会えなかった人生なんて、本当に想像もつかない。」
止めていた身体を、優しい音楽に乗せて動かす。
二人で踊る時間、視線が常に交錯して――なんとも言えない気持ちになった。
そのまま楽曲が終わって、再度口付けが落とされるまで――どこかぼうっとした思考の中にいた。
こめかみに口付けられて「外に行きましょうか」と促されて、従って。
熱に浮かされたような頭は、バルコニーの冷たい空気で若干冷静になった。
明るい満月がラウェルの髪色みたいだと、心の中で思う。
「――月夜は、ルシエル先輩みたいですね。静かで、だけど心を離さない。」
「恥ずかしいこと、言うなよ……」
「思った事を言っただけです。」
静かに言うラウェルに、躊躇いつつ口を開く。
「……さっき。」
「はい。」
「……満月の明るさが、お前みたいだと思った。」
「褒めてますね。」
嬉しそうに笑う男に――だから、嫌なんだ、と思う。
簡単に、こちらの心をかき乱してくる。
「いつまで先輩とかって呼ぶつもりなんだよ。」
「そうですね……先輩って呼ぶのも、特別みたいでわりと気に入ってたんですけど。」
笑いながら、ラウェルが片膝をつく。
「ルシエル――この指輪を受け取っていただけますか。」
雰囲気に飲まれかけて――ふと、気づいて手を止めた。
「指輪……?」
「はい。結婚指輪です。お待たせしてすみません。」
「いや、待っては……。うん……?よく考えたら、婚約から一ヶ月も経ってないな……?」
「そうですね。形式上、挟まなければならなかったので、やむなく。すぐに求婚してもよかったくらいです。許可はいただいています。」
叔父も叔母も何も言っていなかったが、こいつが言うなら許可をもらっているに違いない。
抜かりがなさそうなのは婚約の時に知っている。
「それによくみたらこの魔道具……」
「魔道具ではありません、結婚指輪です。それはちょっと、弄りましたけど。魔道具研究部の性のようなものです。」
それを言われると弱い。純粋に内容に興味が湧く。
「たとえば?」
「……色々、ありますが。まぁそうですね。例えば、先輩に不埒な輩が近付けば撃退してくれます。」
思わず目が丸くなったに違いない。
そんなもの、判定基準が難しすぎる。
「どうやって。」
「第一段階として、不用意に触れようとすれば防御壁が張られます。基準は先輩の感情次第ですね。」
――感情次第?良く分からないながら、続きを促す。
「登録者以外は基本弾かれます。第二段階として、相手が先輩の肌に触れた際の脈拍が一般的なものの正常値以上で、先輩の脈拍が通常より高くなれば電流が流れます。」
原理が良く分かった――良く隠さずに、のうのうと。
そもそも、まずは。
「俺の脈拍の正常値なんて、どこで知ったんだよ。」
思わず頬がひくつく。
俺でさえ知らないのに、なぜこいつが知っているのか。
すっと顔を逸らしたラウェルは、悪びれなく言った。
「僕は先輩のことなら何でも知ってますよ。」
そして開き直ったようにこちらに笑いかけてくる。
「先輩。僕の愛は重いですけど……その分、甘いですよ。――先輩は甘いの、好きでしょう?」
そう押し切ってくるラウェルが嫌いになれないのは、自分でももう分かっている。
「それから、意外と寂しがりやでしょう。僕と相性がいいです。」
悪びれなく笑う顔が可愛いと思う時点で、たぶん終わってて。
「……確かに、そういうお前が、俺は、」
重くとも、ラウェルは俺自身を見ていると全力で伝えてくれている。
正常とは思えない愛情が、心地いい。
それを愛だと、俺ももう認めている。
「ラウェル――」
見上げた途端、ラウェルは少し不機嫌そうな顔をした。
「――その顔。」
額同士をぶつけて、ついで頬に口付けられる。
「その顔は、他人に見せたくはないので、誰かがいるような時はしないでください。」
そんな言葉に嬉しさを覚えるのは、自ら沼地に足を入れるようなものかもしれない。
それでも、目の前の男にのめり込むような衝動が抑えられなかった。
そっと嵌め込まれた指輪に、多分、これは外れないのだろうと思いつつも受け入れた。
生まれてはじめてこんなに感情に飲み込まれて、どこかずっと馬鹿にしていたそれが、幸せを感じると抑制できないものだと、ちゃんと理解できた。




