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ep7 婚約者の迷い

 美貌の“王子様”に婚約者が出来た話は、思ったより大事になっていた。

 生徒達の声が耳に届く。

 

「たしか、相手は――なんだっけ、えっと……ル……」

「ルカ?」

「違う、もうちょっと長かった。」

 あ、と一人が声をあげる。

 

「ルシエン!」

 

 ――惜しい。ちょっと違う。ルシエルだ。


「ルシエン!ああ、それだあ!」 


 だから、違うって。誰でもいいからつっこんでほしい。なんで難問みたいになってるんだ。


 得体の知れない婚約者に、廃嫡の噂まで混ざって、美貌の王子のご乱心だと囁かれているようだった。


 せっかくの久々の食堂は、思ったより居心地が悪く――同時に、ラウェルに少し申し訳なくもなった。

 きっと本人の周りはもっと煩いのだろう。


 人付き合いもなく、認識阻害をかけた眼鏡は思ったより効果が大きく、誰も俺に接触しには来なかった。

 普段教室にも行かず研究室にこもっていれば、尚更というもの。


 ううん、と悩んで――意図せず、研究室に顔を出したラウェルの顔を睨んでしまった。


「え、何か不機嫌そうですけど、僕悪い事しました?

 先輩が食べたフォークを持ち帰った事ですか?でも、あれは補充して――」


「それは今、初めて知った。」


 ラウェルの顔がそっと横を向く。

 問いただしたい気持ちはあるが、今日はそこではない。


「なんか、お前残念な人と婚約したみたいになってるな。」

「どこから聞いたんですか。」

 

 真剣な顔にため息をついて、デスク横のボックスに向かおうとして――手を掴まれた。


「いや、あれはもういいです。先輩の口から憧れてるみたいな事を言われると、ちょっと破壊力がすごくて。」

 照れる要素が、どこにあるのか――多分ラウェルにはあるのだろうから、深くはつっこまない。


「……今日、久しぶりに学食に行って。」

「やっぱりまたそこか……!」

 悔しがるラウェルに少し身を引く。本当にこいつは変わっている。


「だから、僕と一緒に行きましょうって、言ったでしょ。」

「いや、それ余計に目立つから。」


 ため息を落として、話を続ける。


「つまりさ、お前がせっかく頑張ってんのに、俺のせいで評判が落ちてるように見えるのは、なんか、ちょっと……」

「先輩。」

 抱きしめられて、ほわっと暖かくなる心地がする。


「そんなの、何も関係ないです。言ったでしょう。ルシエル先輩の事は、僕だけが知っていればいいって。あれは本音ですよ。」

 にこにこと笑うラウェルに嘘はなさそうだ。


「でも、あまりにも馬鹿にされると、ちょっと苛つきはしますけどね。この間、元兄が変な事を言ってきたので、顔面を鷲掴んでやりましたけど。」


 蛙が潰れたみたいな声ってあんな感じの事を言うんですかね、とこともな気に言うラウェルに頬がひくつく。

 

 ――だめだ。このままでは怪我人が出る気がする。

 もはや確信に近い。早くなんとかしないと。


「今度、定期の学内舞踏会があるよな。パートナーとして出席するか……?」

「え……!」

 ぱあっと明るくなった顔が可愛い。


「きっと先輩が嫌がると思って、誘わなかったんですよ。欠席するつもりでしたが、先輩が来てくださるなら、行きます。」

 嬉しそうに頬や髪にキスを降らせてくるラウェルがくすぐったい。

 

「ただ。絶対に、“今の姿”で来てくださいよ。僕も監視対象を増やしたくはないので。」

「監視対象ってなんだよ……」

 

 絶対ですよ、と言うラウェルの背中を「分かったから」と叩いて宥めて――もちろん、分かってなどいない。

 

 一応、社交界の花として持て囃された過去があるのだ。

 婚約者が自分のせいで舐められるなど、俺も納得がいかない。



「ラウェルと舞踏会に行きたいんだけど。」



 初めてのお願いに、侍女達と叔母は歓喜して、恐らく、力を入れ過ぎた。

 

 「この世に舞い降りた天使のようです。」

 

 パーティーの当日、力尽きて死屍累々といった体の侍女達の中、きりっと立って褒める侍女長は、さすがだ。

 

 マッドなシャンパンゴールドのタキシードに、後ろへ緩やかになでつけた髪。我ながらよく似合っている。

 指先まで整えられたのは久しぶりのことだった。

 

「いや、人間でよかったんだけど。さらっと整えるだけで。」

「いいえ!今日は、大事な日ですから。――ぼっちゃま。」

 

 ――ぼっちゃま? 初めて言われた気がする言葉に目を白黒する。


「いいですか。心を預けたい殿方のもとに行く時は、全力でなければなりません。それは、男女違わず、愛する方へのマナーでございます。」

 

「……なるほど。」

 少しばかり照れて、一拍、間が空いた。

 

「きっと、そうだろうな。ありがとう、ハイネ。」

 笑って、背中をポンと叩いて、お礼を伝える。


「うう、このハイネ、この瞬間を一生の宝物に……」

「いや、もっといい宝物つくってよ。」

 思わず返すと、叔母が小さな笑い声をあげた。叔父と共に、こちらを嬉しそうに見ている。


「本当に綺麗よ、ルシエルちゃん。一度着飾ってみたいって、思ってたのよぉ。」

「うんうん、本当に似合っているよ。」


 叔母の手がこちらに伸びてきて、反射でのけ反りそうになる身体をとめた。

 その仕草に気づいただろうに、叔母の手のひらは躊躇いなく頬に伸びてきた。優しい温もりが触れる。


「……私はね。ルシエルちゃんが、顔を出してもいいっていう気持ちになったのが嬉しいの。

 こんなに、素敵な子なのに――隠して生きるなんて、寂しいじゃない。」

 

「その通りだ。日が短くても、君は、もう十分に僕たちの子だからね。」

「ラウェルさんに感謝ね。」

 

 ほのぼのとした夫婦の会話にほっとする。

 こちらに来て一番に安心できる居場所を作ってくれたのは、叔父と叔母だ。


「ありがとう……。」

 お礼をいっても、二人はいつもなんてない事のように笑うだけだ。

 

「さ、そろそろラウェル君がくる頃だよ――ほら、噂をすれば。」

 

 門扉の来客を告げる鐘の音が鳴って、少し緊張しながら階下に降りる。

 吹き抜けのエントランスの階段を降りて行く途中――ラウェルと視線が合った。


 素顔でまともに着飾ったのを見せるのは初めてで、少し緊張する。


 どんな反応をするだろうか、と。

 多分、かつてないくらいに心がざわついていた。

 

 今までの人間のように、呆けたように見惚れるのか。

 それとも言う事を聞かなかった事を残念に思うのか。

 

 結果――そのどちらでも、なかった。

 

 状況を把握したラウェルは、なんだか、過去最高に変な顔をしていた。

 目を細めて、眉を寄せて、口は下目に歪んでいる。でも少し喜んでいるようにも見える。


「お前、それはどんな表情だ。」

 

 素直に褒めて欲しいとは思わないが、流石に、着飾ってそんな表情をされたのは初めてだ。

 ラウェルは両手で顔を覆った。


「ラウェル?もしかして、泣いて……」

「泣いてません。」

 手のひら越しにくぐもった声が聞こえる。

 

「いいですか、僕はいま。」

「なんだよ。」

 

「やっぱりその姿で来たかっていう諦めの僕と、その姿を見れて嬉しいって僕と、その姿を他の奴らに見せたくないなあと思う嫉妬の僕と、明日からの心配の僕が混在しています。」

 

「――忙しいな。」

 

 何とも言えない表情はそれが原因か。

 ラウェルは深く息を吐いたあと、きりっと表情を整えた――切り替えが早い。


「大丈夫です。そんな気がしていたので、明日から護衛を手配しています。学園長にも許可はいただいておりますので。」

 

「……は?」

 

「あらあ。やっぱり、ラウェルさんは頼もしくていいわねえ。」

「うんうん。ラウェル君になら安心して任せられるよ。」

 

 何でも受け入れる伯父伯母は、もはや当てにならない。

 ラウェルは深く頷いて、自信をつけたような顔をする――なにか、間違っている気がする。


「ご安心ください。護衛には、宗教上性的な事を禁じられていている堅物の腕のいい男性を見つけましたので、何の心配もありません。」

「そんなの、いつから……」

 

「もともと、護衛をつけるつもりでしたから。今後、僕がすぐに傍に行けない事もありますからね。死ぬまで何があっても心配ない程度に稼ぐまでは我慢してください。」

「我慢するもなにも。」


 こいつの突飛な行動には驚かされるばかりで、思考が追いつかない。婚約してからは尚更勢いがすごい。

 

「では、参りましょう。……僕の婚約者様。」


 それでも、こうして押し切られると、なぜか心地のいい波に乗っている気分にさせられる。

 完全に流されているはずなのに、胸が温かくて、笑いが零れる。


「今日は、僕から離れないでくださいね。」

「はいはい。」

 

 必死な様子に笑いが漏れるのは、単純に幸せを感じていて。


「本当にちゃんと聞いてます?」


 むくれるような顔に愛らしさを感じるのも。


「ちゃんと、聞いてるよ。」


 結局のところ、全て、俺が嬉しさで受け止めているからだ。


 だから。


「僕とした事が、言うのが遅れて申し訳ないのですが――今日のルシエル先輩も、とても素敵ですよ。」


 馬車の中でそう言われて、散々言われ慣れたはずの言葉に、頬が赤くなるのは止められなかった。

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