ep6 愛や恋は狂っている
なぜこんな状況に。
素直に、ラウェルの告白は嬉しかった。
……それは、否定しない。
なんだか浮かれた気持ちで帰宅したのも確かだ。
……そこも、否定しない。
でも、だからこそ、全力で問いたい。
なぜ。
なぜ、いま、家にラウェルが居るのか。
「あ、ルシエル先輩。お帰りなさい。」
にこやかな顔でこちらを向くラウェルに頬が引き攣る。
涙ながらに温かい気持ちで別れた数時間前の俺の感情を返せ。
あんなに、感動したのに。
こいつには情緒がないのか。
「お帰りなさい、ルシエルちゃん。もー、良い方がいらっしゃるなら、教えてくれればよかったのに。」
「本当だよ。うっかり、私たちは釣書の束を君に見せようとしていたんだからね。」
「本当に間に合ってよかったです。」
「何でそんなに馴染んでんの。」
あっはっはと、朗らかな声で言う伯父伯母に悪気はない。底抜けに優しい人達だから、仕方がない。
でも一緒に笑うラウェルには納得がいかない。
話す内容でなんとなくラウェルがここに居る理由も分かったが、なぜ俺に黙って先手を打ちに来ているのか。
「おい。お前何を話したんだ……!」
小声で尋ねると、悪びれもなく普通の声量で返される。
「誠実にお付き合いさせていただいてると言っただけですよ。
あ、あと。家からは離れましたが、伯爵の名誉爵位もあって僕が婿入りもできますとお伝えしただけです。」
「名誉爵位……?」
「ええ、わりと僕、功績があるんですよ。」
にっこりと笑うラウェルは、確実に外堀を埋めにきている。
確実に手順を踏んで、合法的に。
なぜ、先ほど廃嫡の話をしていたのか意味が分からなかったが、初めて分かった。この話のためだ。
「頼もしいわあ。」
「いやあ、まさか僕たちに二人も息子ができるなんて。」
ほのぼのと言う伯父伯母は、本当にいい人達で罪はない。
「ラウェル、ちょっと面かせ。」
「喜んで。」
「まあ、喧嘩みたい。」
「いいんだよ、男の子同士だからね。私もねえ、若い頃――」
叔父の若い頃の話はちょっと気になったが、今は後回しだ。
部屋に入ってラウェルに詰め寄る。
「お前、何か計画してるなら、まず俺に言うべきだろ!」
「うん?……という事は、嫌じゃないって事ですよね。
万一にも嫌がられて先延ばしになったら嫌だなあって思っていたのでよかったです。
黙っていたのはすみません。畳み掛けないと先輩が動いてくれる気はしなかったので。」
なんでこいつはこんなに強引なんだ。
咄嗟に返す言葉もなく見つめると、ラウェルは部屋を見渡しながら嬉しそうに笑っている。
「先輩の部屋に初めて入れて光栄です。」
「……お前の、一生に関わることだろ。」
呑気な態度に腹がたって、襟首を掴んだ。
「先輩は。」
意外と冷めた目線がこちらを見て、手元が緩んだ。
「先輩は自分自身のこと、ちゃんと考えてくれないじゃないですか。研究以外興味がない。でも僕が動いたら、許容する。そうでしょう?」
ぶすくれたように横を向くラウェルに目を剥く――まるで、子供みたいだ。
「事前に先輩に言えば、もう少し考えろとか、待てとか、簡単に決めるなとか、色々言って絶対先延ばしにしますよね?」
思い当たりすぎて言葉に詰まった。
ぐいと強引に抱き寄せられて、耳元で囁かれる。
「いいんですよ――わりと、僕はそんな先輩にも慣れましたから。
でも、何度も先輩と一緒に居たいと言っているのに信じてくれないのは、さすがの僕も傷つきます。」
澄んだ瞳が目を逸らすなと訴えてきて、息を呑んだ。
「先輩、僕はいい物件ですよ。」
明るい声でラウェルが言う。
「廃嫡されても、名誉爵位の地位はあって、婿入りもできます。
生活費も不足なく稼ぎますから、不自由はさせません。」
ぴらりと目の前に出されたリスト。
“僕をお勧めする理由”――事細かに書き込まれているそれに、呆気にとられた。
「研究も思う存分続けてくださって結構です。」
「……うん?」
「今のご両親の事も大切にされているでしょう。なので、ここの近所に家を用意しましょう。」
「……ううん?」
「自宅に研究室を作ってもいい。」
「……うーん。」
「資金提供も惜しみません。」
「……う、ん。」
「手に入りにくいスイーツもつきます。」
「……ふうん。」
「僕の権力で手に入れられる禁書も、いくばくか。」
「えっ。」
見上げると、にやりと笑ったラウェルが、付け加えてきた。
「何より、僕は――生涯、あなたのことしか、愛しません。」
今までの揶揄うような表情をやめた熱い眼差しに、心臓が跳ねる。
「以前、先輩が言ったでしょう。唇も、身体も一生を誓った人にしか許さないと。今日、唇を許された僕は、一生の人間でしょう?」
「それ、は……」
確かにいつかの会話で言った気がするし、そう思っていたのも事実だ。
はー、と息を吐いた。
そして、色々と並べ立てられた言葉を考えなおして――爆笑した。
「お前、頭くるってんな。」
笑いが止まらない。
「なんだよ、その紙――なんだ、この、一生髪を整えるって。」
「先輩、あまり触られるの得意じゃないでしょう。今人気の理容師に稽古をつけてもらってます。
練習用の鬘百個くらいはもう消費しましたよ。腕前も結構褒められているのでご安心ください。」
「ぶ、なんだそれ」
髪を切る修行をする貴族なんて、聞いたが事ない――
けらけらと品もなく笑う俺を見て、ラウェルが嬉しそうに微笑んだ。
「あなたが狂っているんですから、僕も狂わないと。」
目の前の男が愛しくみえる。
笑いながら、ラウェルの背に手を伸ばした。
「最高に狂ってるけど――、お前は、安心できる。」
これだけ人を信用できた事はない。
初めて、愛や恋の話で呼吸が楽になった気がした。
胸に顔を預けると、ラウェルの腕の強さが増す。
「では。僕の愛しい婚約者様。……生涯のキスは、許されますか。」
この男は、答えが分かっていて聞いている。
だから、わざとらしく、返してやった。
「仕方がないから、許してやるよ。」
一つ前のキスが一番熱いものだと思っていたのを、同じ日に簡単に塗り替えられた。




