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ep5 好きだの愛だの、人間であれば

 ラウェルが、顔を見せない。

 しんとした研究室は、あいつが来なければ静かなままだ。


 もう一ヶ月も経つだろうか。

 なにか、身体の具合でも悪くして――立ち上がりかけた腰を下ろす。

 この顔に関わらせても碌なことがないと、二度と顔を見せるなと言ったのは自分の方だ。


 そう言ったのは確かなのに、それでも来ることを期待している。

 

 温かさが、忘れられない。

 まるで、“普通の人間になれた”みたいだった。

 でも、あんな怪我までさせてしまって、顔など見せてくれる筈もない。


 意図せず涙が溢れた。

 一粒落ちれば、あとはとめどなかった。


 俺は、あいつ相手に、人間でありたかった。

 馬鹿らしいけど、普通にやりとりして、それでも懐いて欲しかった。

 顔など関係なく、傍にいて欲しかった。


「ふっ……、うぁ……」


 涙が止まらなくて、止める理由もなくてただ手のひらで受け止めた。

 手首に伝わる液体が、論文の用紙に垂れようが、今は関係なかった。


 

「先輩……!」


 

 唐突に、馴染んだ声が響いて、驚いて涙が止まった。


「なんで、」


「なんで泣いて……!誰かに意地悪されましたか?それとも、また誰かに言い寄られました?」


 ペタペタと顔を触ってくるラウェルに、首を振って鼻を啜った。

 気持ちが追いつかない。


「それとも――僕に、会えなくて?」


 静かに付け加えられた意地の悪い言葉に睨みつけた。

 前髪のせいで伝わらないのは分かっている。

 それでも、完全に分かっていて言っているのだと思って、目の前の存在が恨めしかった。


「どれでもない?ああ、よかった。誰も殺さずに済みそうですね。

 ……廃嫡されるのに、ちょっと色々と手間と時間がかかりまして。顔が出せませんでした。」


「え?」


「すみません。気持ちが先走りました。」

 

 先走るなんてものじゃない。

 早口の言葉の意味が理解できないほど驚いている。

 そもそも。


「なんで、ここに?」


 一番にそれを聞きたかった。

 なんで、まだ俺に構ってくるのか、それが分からなかった。

 要因を知りたいのは、期待しているからだと、自分でも分かる。


「なんでって。」


 笑いながら、ラウェルがなんでもない事のように言う。


 

「先輩と一緒に居たいからに決まってるでしょう。」


 

 ラウェルの綺麗な琥珀色の瞳から、ぽろりと涙が溢れるのを呆然と見つめた。

 

「……僕があなたの事を好きになったのは、顔を見るよりも前ですよ。

 先輩は覚えてないかもしれませんが、僕の人生は、先輩の言葉で救われました。」


 顔を熱い両手で包み込まれて、息をするのも忘れるほど鼓動が速くなった。

 

「勝手に顔を見てしまったのは謝ります……あの時より前に、寝ている先輩に興味が湧いてしまって。

 色々考えて、諦めようとしました――でも、できませんでした。

 だから、僕と一緒にいてください。」


 必死に言い募る目の前の存在に、言葉が出ずに口を開けて、閉じてを繰り返した。

 ラウェルは何も言わずに、ただじっとこちらを見てくる。

 

 ――きっと。こんなに純粋な瞳の輝きに心を動かされないなど、悪魔くらいだろう。

 

「なんだよ……」


 勝手に救われて、勝手に追いかけて。わがままな拒絶も許して思いを伝えてくるなんて。

 

 そんなの、まさか。物語みたいで――


 

「普通の、愛みたいじゃないか……」


 

「はい。そうですよ。ずっと前から。」

 


 精悍な顔つきなのに、泣き笑いの顔が可愛く見える。

 そっと眼鏡を外された。

 少し躊躇うように前髪を掬って持ち上げられて、じっと琥珀色の目に見つめられる。


「俺の、顔が、」


「違います。」


 誤魔化すなと言うばかりに、頬を包み込まれて間近で瞳を見つめらて、言葉を重ねられなくなった。


「ほら。今日はブルーグレイのガラス玉みたいな、綺麗な瞳が見れて嬉しい……ただ、それだけです。」


 ラウェルが何かを堪えるような顔をして、ぎゅっと痛いほど抱きしめてきたあと、ぱっと手を離した。

 

 

「僕は――あなたそのものに、惚れたんです。」

 

 

「まさか、」

 

 思わず声を上げた。

 

 そんな、普通の、恋や愛など。

 まさか、手に入るなど思って今まで生きていない。

 だって、それは最初から諦めるべきものだと思っていた。

 

 それでも、ラウェルの真剣な瞳は誤魔化す事を許してくれなかった。

 急かされるように、喉が詰まりながら声を出した。


「俺、多分面倒くさいよ……」


「知ってます。」


「色々、無頓着だし。」


「知ってます。」


「顔のせいで、なんか争い起きるし。」


「知ってます。」


「……なんでだよ。」


「気になってしまいまして。……すみません、調べました。

 あなたのために、出来る限り剣も鍛えましたよ。足りない分は、護衛で賄います。」


 知られたくないと思っていたのに。

 知っているのだと分かれば、不思議と焦りより安堵を覚えた。

 一番大きな事を知っていると言われたら、後がない。

 

「あと、あとは、」


 思わず俯いてしまった。

 こんなに真剣に向き合ってもらった事などない。

 なぜ涙がこぼれ続けるのか自分でも分からない。

 

 所詮、俺など宝飾品だ、と思っていた心ごと包み込まれた気分だった。

 何を言い募っても、目の前の男が全て受け入れてくれる心地になってしまって、言葉が思いつかない。


「もう、終わりですか?」


 顎を掬い上げられて、真剣なラウェルの顔にどきりとした。



「なんだ。案外――簡単ですね。有能な僕なら、問題なさそうです。」

 


 そう言って、笑う顔がきらめいて見えた。


「あ、あのさ」

 

 衝動的にラウェルの胸を押して俯いた。


「――そう言えば、手、大丈夫?」

 

 何も思いつかず、最後に見た怪我が気になって問いかけた。

 僅かに震える声が自分の耳にも届いて、緊張を伝えてくる。


「今、聞きます?……もちろん、治療したのでもう大丈夫ですよ。」


 くすくすと笑う顔が近づいて、


「照れてる先輩も可愛いですけど。」

 

 今まで見たどの顔よりも甘くラウェルが囁いてくる。

 

「キスなんて、これから何度でもするんですよ——慣れて、僕だけを覚えてください。」


 抗えずゆっくり落とされた唇は、お互いの涙の味がした。

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