ep3 向き合えない心
ラウェルと会う事が多くなった。
人気のない特別棟に響く足音の癖で彼と分かる位には毎日顔を出すものだから、すっかり慣れてしまった。
ラウェルの靴音は性格に伴っているのか、やけに規律よく響く。
今までのように研究の邪魔をして構って欲しがると思えば、そうでもない。
研究の内容を真剣に聞いてくれて、同じ目線で話をしてくれるのが嬉しかった。
あーでもない、こうでもないと話し合いながら魔道具の研究も進んで。
たまに甘いものをくれたりして。
傍にいるのが当たり前になるほどに懐かれて正直楽しい。
初めて、常に誰かがいる生活を覚えて、今までが孤独だと感じていたのだと知った。
相手をしてくれる人間がいれば温かい気持ちになれる。
それが日常になれば、気持ちが浮上するものだと恥ずかしさとともに覚えた。
もちろん、そんな事をラウェルには言えない。
「お前生徒会もあるんだろ。大丈夫なのか。」
ふと聞いてみると、生意気な表情がこちらを向いた。
「僕は優秀なので。」
なんだか気に食わない心地になる。
「そーだろーな。何かこの間も食堂で噂されてた。」
美貌の王子の噂は事欠かない。
これだけ懐かれていると、つい噂も耳で拾ってしまう。
「だから、何で僕が行けない時に限って行くんですか。」
「お前と一緒に行くとうるさそうで嫌なんだよ。」
「次は必ず僕を連れていってください。」
「やだよ。」
掛け合いのような会話が好きだ。
ぎゃあぎゃあといつもうるさいラウェルに笑って、好意的に受け止めていたから。
あまりにも、楽しかったから、
だから、きっと油断した。
「先輩。」
間近に聞こえる声で意識が浮上する。
「うーん……」
正直、寝ていたい。ごろんと寝返りをうつと、温かいものに包まれてなおさら意識が遠のいた。
「先輩、起きないなら悪戯しちゃいますよ。」
耳元で囁かれた言葉にはっと目が醒める。
そうだ、最近寝不足で、つい仮眠室で寝てしまったのだったと思い出した。
部屋は薄暗い。もう下校時刻になっているようだった。
「なんだ、起きちゃった。……ざんねん。」
「妙な起こし方するなよ……」
言葉を繋げようとして、視界がぼやけている事に気づいて顔を触る――眼鏡が、ない。
「お前、俺の顔を見たのか。」
咄嗟に、呆然と問いかける。どんな言葉が返ってこようが、無意味な気がした。
「先輩の顔なんて、とっくに知ってますよ。……でも。」
何でもないように笑われて、胸が軋んだ。
そうか。だから、俺に執着していたのか。
唯一、顔も関係なく自分を見てくれていると思っていたのに。
「先輩……?」
頭に血が昇ったような感覚で、戸惑う声に反応する余裕がなかった。
「……お前も、顔か。気づかなかった。」
「先輩!違います、」
「何が違う。お前も俺の顔が気に入っただけだろう。やめておけ、碌なもんじゃない――もう、俺の前に顔を出すな。」
発した言葉の冷たさは、どこか冷静な頭の端で理解していた。
心にもないことを言ってるとも。
そもそも、本当はそんな事を言いたいわけじゃない。
――お前は、俺と対等でいてくれているんじゃなかったのか。
開きかけた唇は声を発さなかった。
はく、とただ空気だけが漏れて、枕元に常備されている果物ナイフが目に入った。光が、やけに白い。いっそのこと。
いっそのこと、顔なんかどうにかなれば。
誰か、本当の自分を見てくれるのだろうか。
無意識に手を伸ばしかけて――
「――ルシエル!」
鋭い声とともに、熱い手のひらがぐっとが頬を掴んだ。
目線を合わせて――心底驚いた。
あの、いつも飄々としたラウェルが、泣いている。
「違う。僕はそうじゃない。そうじゃなくて――違う、違うんです。」
頭の整理がつかずに呆然として見つめた。
「……なんで、泣いてんだ。」
「先輩が、自分を傷つけようとした気がして」
窓から漏れる木漏れ日以外、部屋には色も音もなかった。
ノイズが走ったようにラウェルの姿が灰色になっていく気がして、それでも、それを止めたい気持ちが湧いた。
ぱた、と赤い血がシーツに落ちる。
はっとしてその元を辿ると、ラウェルのもう片方の手が果物ナイフを握っていた。
「おまえ、手、が……」
「大丈夫です、これくらい。
……いまは、多分何を言っても聞いてくれないでしょうから……また、会いに行きますね。」
ラウェルの手がぱたぱたと赤い血を流しながら、いまだ力がこもって白くなっているのを見て、何も言えなくなった。
「先輩、お願いですから、自分を大切にしてください。」
それは、お前のことだろうと、そう言いたかったのに。
今の俺では何も言えずに、閉じる扉の音だけが響いて、残された空気が重くまとわりついた。
ナイフがこの部屋から無くなった。
それが、何よりラウェルの気持ちを表している気がして、感情を整理できずに膝に顔を埋めた。
俺は、何かを間違えたのだろうか。
居場所がなくなるのは良い。ただ、ラウェルだけは奪わないで欲しかった。
初めて、何の垣根もなく愛情に触れた気がしたのに。
もしそれを奪うものが顔であるなら、自分を呪うしかない。
それでも、ラウェルの手から伝った赤い血を思えば、何をする気も起きなかった。
きっとラウェルは優しく言ってくれただけだ。
顔を除けば、俺には何もないのに。
きっと完全に嫌われた。
巡る思考に何の答えも出ないまま、それでも喪失感だけを抱えて静かに息を吸った。




