ep1 先輩と後輩
俺はすこぶる顔がいい。
どれくらい良いかというと。
容姿で生じた面倒事に、ほとほと嫌気の差した両親が、俺を隣国の親戚に押し付けた。――そのくらいだ、と言えば分かるだろうか。
家族に捨てられて可哀想かと言えば、別にそんなこともない。
希少なエルフの血が混じった両親は、家族というものにあまり重きを置かない。そして俺を含めた子供達もまた、習ったように家族に執着がなかった。
流石に夫婦間となると別物らしいが、それなりに希薄な家族関係も気に入っていたから現状に文句はない。
エルフの血が混ざっているだけあって、家系は美形揃いだ。
そんな中で、なぜ俺だけが変異種のように更に化け物じみた美形に生まれたかというと、単なる先祖返りだった。
よほど顔の整った先祖がいたらしい。
隣国の養子となれば、幸いにして姓も変わる。
作り物めいたこの顔で起こったトラブルも全てなかったことになる。
これ幸いと心機一転、見た目を改めた。
腰くらいまでにあった髪を肩口くらいまで切って、目元を覆う長い前髪を作った。
使用人が泣いて嫌がって髪を切ってくれなかったのには笑った。結局自分でナイフで切り落としたら、観念したように整えてくれたが。
念を入れて、分厚い眼鏡もかけた。
眼鏡には認識阻害と遮光、視力矯正を組み込んである。
目元が分かりづらいどころか見えない上に、鼻先まで髪がかかってるような野暮ったい男など、誰も気にしないだろう。
そう、思っていたのだが。
「ルシエル先輩!」
雑然とした研究室の、埃っぽい雰囲気にそぐわない明るい声が耳に届く。
「おー。」
目元の資料から目を離さずに、おざなりに返答する。
来たのが誰かは分かっている。いつの間にか懐かれたラウェルと言う後輩だ。
床に雑然と散らばった資料や書籍、魔石や素材なども気にせず部屋へ入って来るのはこいつくらいだ。
見た目と薬品や素材の混じった臭いで普通の人間は忌避する。
だが、ラウェルはそんなことも意に介さない。
そもそもいつも何のために来ているのかは分からないが、気づけば傍に居る。
どこに場所を移動しても現れるから、嗅覚は魔物並みと言えた。
「新しい魔道具の容量増加の研究ですか?」
「んー…それはもう終わった。今は可変式の魔力変性を……」
説明しかけて面倒になって途中で切った。
きっとラウェルも本気で興味があって聞いている訳ではない。
証拠に、俺の手元なんか興味がないように腰に手を回してただひっついてくるだけだ。
「お前、邪魔。動きにくい。」
不満を伝えても、いつも大した効果はない。
聞かないのに言葉を重ねても仕方がないので、早々に諦めるのも読まれている。
「構われなくて悲しいです。先輩は研究にしか興味がないんですね……」
「まあ、そうだな。」
何を今更、という思いでそっけなく返した。
こちらに追いやられてから遅れて学院入学するまで、約一年。
舞踏会も茶会もパーティーもない日々に暇を持て余して学問に手をつけた。
やってみると、意外と性にあっていたらしい。
人のいい子爵夫妻が手配してくれた家庭教師が絶賛してくれた事で、どうやら俺は頭も良かったと知った。
才能に恵まれすぎた俺を産み落とすとは、たいがい神も罪深い。
なぜそれに今まで気づかなかったかといえば、向こうにいる時は碌に勉強もしていなかったからだ。
頭が悪かろうが、『そこに居るだけでいいから』と言われるほど顔が良かったから何の問題もなかった。
俺の顔は、他人にとって自分を飾る宝飾品のようなものだった。
それだけに、いずれ金持ちの女か男に婿入りするか愛人になるかして悠々自適に過ごそうと思っていた。
まさか、誰にでもいい顔をしただけで血みどろの争いが起きるとは、流石に思っていなかった。
かろうじて人死がなくて本当に良かったと思うのは結果論に過ぎない。
類稀なる美貌で社交界を荒らした結果、付いた二つ名は“魔性の災厄”。
――いわく。
ねだられればどんな要望でも拒否できない。
愛している恋人さえ忘れさせる。
争う様さえ快楽として消費する性悪。
そのほか、色々と。
別に誰かに何を望んだでもない。
そりゃあ、勝手に送られてきた貢物は有り難く頂いたが、まさかそれが借金までして用意したものだなんて、誰が思うだろう。
ましてや、次の夜会で誰のものを身につけるかどうかで争われていたなんて。
ただ敵を作らないように誰にでもへらへらしていただけなのに、物語の悪役魔女でも、ここまで言われないと思うほどの醜聞だ。
それでも結果的に貴族達は荒れ、金も権力も使い、最悪領地問題にまで発展しかけて――もう、祖国に戻る事は許されそうになかった。
良すぎる顔のせいで祖国を追われるなど、なんてくだらない。
そのくだらないものが俺の人生かと思うと、残念に――は、あまり思わない。
実際のところ愛想を振り撒く以外、俺は何もしていない。
誰にでもへらへらしたのは悪いと思うが、そんなの人間ならば誰でもすることだろう。
何を勝手に騒いで、と反骨精神を抱えたままこの国に来た訳だ。
不意に、首筋に唇が触れた。ぞくりと背骨の奥が鳴る。
「うぜえ。邪魔すんな。」
「ねえ、僕にも構ってくださいよ。」
「うるさい。」
容赦なく言えば、はあ、とため息が聞こえた。そんなものでこちらが動くとでも――
「……“Le Coffre”のケーキがあるんだけどなぁ。」
――それは、動く。
「休憩って、必要だよな。」
ラウェルを引き剥がし、ソファに腰を下ろして隣を叩く。
「はやく。」
ラウェルは嬉しそうに笑って「お茶の準備を先にしますね。」と備え付けのミニキッチンに姿を消した。
なぜ懐かれているのか良く分からないが、いくら偉そうにしても嫌な顔ひとつ見せず、甲斐甲斐しく世話を焼くのが面白い。
確か、公爵家の三男だと言っていたが、偉ぶった態度もない好青年なので好きにさせている。
「はい、ミルクたっぷりの紅茶ですよ。」
手元に綺麗なカップの乗ったソーサーを出されて、一口含む――いつもながら、好みの比率だ。
「美味しい。」
「ケーキも、一番人気のタルトが手に入ったんです。」
サクサクと器用に割って、口元に運ばれたタルトを口に入れる――たまらない。自然と顔が綻ぶ。
「あー美味しすぎて死にそう。」
「ふふ、先輩が幸せそうで僕も嬉しいです。でも、死なないでくださいね。後追いしちゃいますから。」
うっとりと言うラウェルは、多分どこかおかしい。
何ヶ月待ちの希少なケーキはくれても、ソファの隣に座ってラウェルの手からしか食べさせてはくれない。
それでも、まあ、よくある事だ。血みどろの争いよりは何倍もましな日常だった。
運ばれるフォークをみて、自然とラウェルの大きめの手が目に入る。
剣を扱う無骨さと、貴族出の美しさが同居した綺麗な手。
ラウェルは魅力的な男だ。
顎まで伸ばされたさらりとしたハニーブロンドの髪と、甘い琥珀色の瞳はいかにも貴族然としている。
甘い顔に似合わずがっしりとした肩幅と厚い胸板は、剣によって鍛えられたものだろう――さぞ、モテるに違いない。
ふと、思い出す。
「そういえば、王子でもないけど“王子様”とか呼ばれてるんだっけ?」
「……どこでそれを?」
珍しく不機嫌顔をしたラウェルに首を傾げる。
「この間、久々に食堂行ったら話しているのが聞こえた。」
思い当たってデスク横のボックスを漁る――あった。
チューニングを合わせて、あー、あー、とテストをしてからソファのラウェルへ向き直った。
怪訝な顔をしているのに笑って声を出した。
『ねえ、ラウェル先輩って素敵よね……』
『ほんとうに!まるで物語の王子様よ。あの冷たい瞳がいいのよ。』
『あんな方に愛されてみたいわ……。やっぱり、愛されている方の前では変わるのかしら。』
『なによ、あなた殿下をお慕いしてるのではなかったの?』
『あんなに素敵なら――』
手を掴まれて中断した。若干、耳が赤い。
へえ、と思う。こいつでも照れる事があるなんて。
「……もういいです。」
「なんだよ。まだ少女Dの声が言い終わってないんだけど。」
「なんですか、その魔道具は。」
「声を変えられる魔道具だ。何の実用性もないけどな。息抜きに作った。」
ラウェルが少し息を吐いた。
「それ、誰にも言わないでくださいね。軍事利用されますよ。」
「へ?」
「戦況が変わりそうな混乱している場面で、“自分の上司の声”が聞こえたら、どうなります?」
ぞっとして思わず手の中の魔道具を壊しそうになった。静かに箱の中に戻す。
「……秘密にする。」
「そうしてください。」
「そうする……助かった。」
そんな事にまで考えが及ばなかった。
魔道具研究部の顧問であるキースにそのうち見せようと思っていたから、素直に感謝する。
キースは魔道具の研究費が賄えれば何でもいいと情報を売りそうなタイプだ。
俺は平和主義であって、功績も必要なければ、戦争に加担するなんてもってのほかだった。
ラウェルがふっと優しく笑って髪を撫ぜてきた。
「いいえ。一番に、全て、僕に見せてくださいね。誰よりも有効なアドバイスを差し上げますよ。」
確かに、ラウェルのアドバイスによって好転した事は多い。
勝手に喜んでやっているから特にお礼もしていなかったが、感謝はすべきだろう。
「僕に関する噂を聞くほど、誰かと仲良くなったのかもと思ったんですが、良かったです。耳に入っただけで。
僕が生徒会の仕事でお昼をご一緒できなかった時ですか。
……食堂なんて目立つ場所に行く時は、必ず僕と一緒に行きましょうね。」
「やだよ。お前目立ちそうだし。」
普段は研究室でパンとチーズといったものを口にしながら作業をしているが、たまにまともに食事を摂りたい時もある。
そんな時間まで邪魔されるなんてごめんだ。
「今の言葉は受け流してあげます。先輩に友人がいなくて良かったですよ。」
「お前、馬鹿にしてる?」
友人がいないのではない、作らないのだ。作ろうと思えば――あれ、今まで“友人”っていたっけ?
真剣に考えたらちょっと悲しくなりそうなので蓋をした。
「してませんよ。先輩の事は僕だけが知っていればいいのにと思ってるだけです。」
悪びれない顔に少しばかりイラっとして腕を組んだ。
「……ストーカー。」
「はい。」
にこやかな顔に悪意はない。心底呆れる。
「先輩のストーカーの持ってきた美味しいタルトの残り、食べます?」
「……食べる。」
希少なケーキに罪はない。
大人しく差し出されたフォークに口をつけた。




