「風邪を引いたあの子」の元へ向かった婚約者様へ、置き手紙と婚約指輪を残しておきました
テンポ感早めです。
「リリィ、君は本当に世界一美しい。僕の可愛いお姫様だ」
「ふふ、大袈裟ですわ、カエサル様」
王都で一番人気の仕立て屋。そのVIPルームで、私は純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
私の名前はリリアーナ。伯爵家の長女だ。
そして目の前で私を甘く見つめているのは、私の婚約者であり、若くして王国の宰相補佐を務める公爵令息のカエサル様だ。
キラキラと輝く金髪に、宝石のような青い瞳。優しくて頭も良くて、誰もが羨む婚約者。私たちは政略結婚ではなく、お互いに惹かれ合って婚約した。
「大袈裟なものか。このドレス姿の君を独り占めできるなんて、僕は世界一の幸せ者だよ。結婚式が待ち遠しいね」
「私もですわ、カエサル様」
見つめ合う私たち。このまま甘い口づけが……という、まさにその時だった。
バンッ!
勢いよく部屋のドアが開き、カエサル様の部下の方が血相を変えて飛び込んできた。
「カエサル様!申し上げます!『クロエ』様が、また高熱で倒れられました!!」
その言葉を聞いた瞬間、カエサル様の顔からスッと血の気が引いた。
「なんだって!?また熱が上がったのか!」
「はい!大変危険な状態です、すぐに向かってください!」
「わかった!……すまない、リリィ!」
カエサル様は私の肩をガシッと掴み、ひどく焦った顔で言った。
「すぐにクロエのところへ行かないと!一生に一度の君のドレス姿を最後まで見られないのは死ぬほど辛いが、クロエの命に関わるんだ!本当にごめん、後で必ずフォローするから!!」
「えっ?ちょっと、カエサル様……!」
私が引き留める間もなく、彼は風のような速さで部屋から飛び出していってしまった。
バタン!と扉が閉まる音が、静かな部屋に空しく響き渡る。
取り残された私と、気まずそうに目を伏せる仕立て屋の店員さんたち。
「…………また、ですか」
私は鏡に映る、一人ぼっちの純白のドレス姿を見つめながら、ポツリと呟いた。
クロエ。
それは、カエサル様の幼馴染の令嬢の名前だ。
彼女はひどく体が弱く、月に何度も「風邪」を引いては倒れているらしい。
そしてカエサル様は、彼女が風邪を引くたびに、どんなに私との大事な約束があっても、彼女の元へと飛んでいってしまうのだ。
『すまないリリィ!クロエが熱を出したらしい。今日はデートに行けなくなった!』
『ごめんリリィ!君の誕生日のお祝い中だけど、クロエが倒れたと連絡が来て……!』
最初は私も、笑顔で彼を送り出していたのだ。
「愛する人の幼馴染だもの。家族みたいなものよね。看病なら仕方がないわ」と、物分かりのいい、理解ある婚約者を演じていた。どうして彼女の家族ではなくカエサル様が看病しに行くのかはいつも疑問に思ってはいたけれど。
でも、デートの約束の日に「風邪」。
私の誕生日のディナーの最中に「高熱」。
そして極めつけは、今日。一ヶ月後に控えた結婚式のための、最も重要なウェディングドレスの最終フィッティングの日にまで「高熱で倒れた」って……。
(……限界だわ)
私の中で、ピンッと張り詰めていた糸が切れる音がした。
どんなに甘い言葉を囁いてくれても、肝心な時に私より「あの子」を優先する男なんて、こっちから願い下げだ。
もしこのまま結婚したとして、私が妊娠して苦しんでいる時にも「クロエが風邪を引いたから」と置き去りにされる未来が、ハッキリと見えてしまった。
「……着替えます。ドレスの仕立てはキャンセルでお願いいたしますわ」
「お、お嬢様?よろしいのですか?」
「ええ。もう必要ありませんから」
私は店員さんに告げ、手早く平服に着替えた。
そして、部屋のテーブルにあった店で用意されていた便箋とペンを借りて、さらさらと手紙を書き始めた。
『「風邪を引いたあの子」の元へ向かった婚約者様へ。
この手紙の横に、頂いた婚約指輪を残しておきました。もう限界です。
どうぞ、ご心配な「あの子」の看病に専念なさってください。
今までありがとうございました。さようなら』
手紙を書き終えた私は、左手の薬指から大きなダイヤモンドが輝く指輪を引き抜いた。
コトリ、と手紙の上に指輪を置く。
「よし。これでスッキリしたわ」
私は迷うことなく仕立て屋を出て、実家である伯爵邸へと帰る馬車に乗り込んだ。
―・―・―
「お嬢様!?お帰りなさいませ!えっ、カエサル様はご一緒ではないのですか?」
実家の玄関に入るなり、私を出迎えたメイドのエマが目を丸くした。
「ええ、一人よ。エマ、とりあえず一番高い紅茶と、厨房にある甘いお菓子をありったけ私の部屋に持ってきてちょうだい!」
「は、はいっ!かしこまりました!」
自室に引きこもった私は、ドレスを着るためにずっと我慢していた甘いお菓子を、次から次へと口に運んだ。
高級なクッキー、フルーツたっぷりのタルト、チョコレートのパウンドケーキ。
「美味しい……っ。でも、悲しいっ!」
涙をごまかすように、紅茶を一気飲みする。
ヤケ食いでもしないとやっていられない。
婚約した当初の、あの甘い日々の思い出が蘇る。私の髪を愛おしそうに撫でてくれた彼の手。どんな仕事よりも私を優先してくれたあの頃。
それがいつから、あんな風になってしまったのだろう。
「バカ、カエサル様のバカ!もう知らない!一生、幼馴染の看病でもしてればいいのよ……!」
クッキーを力いっぱい齧った、まさにその時だった。
――ドァァァァンッ!!!
実家の頑丈な扉が、爆発したかのような轟音とともに蹴り破られた。
「きゃあっ!? 」
「リリィィィィィィィィィッ!!!」
土煙の中から現れたのは、息を絶え絶えに切らし、美しい金髪を鳥の巣のようにボサボサに乱したカエサル様だった。
彼の右手には、私が仕立て屋に残してきた置き手紙と婚約指輪が、これ以上ないほど強く握りしめられている。
「な、なぜここに……っ!? 」
「馬車を飛ばして追いかけてきた!!リリィ、お願いだ、僕を見捨てないでくれ!!」
いつも完璧な貴公子だったはずの彼は、ズサァァァッと床に勢いよく滑るように土下座を決め込み、私の足首にガシッとすがりついて、子供のように大号泣し始めたのだった。
「……離してくださいませ。私のドレスの裾が涙と鼻水で汚れますわ」
「嫌だ!!君が指輪をはめ直してくれるまで絶対に離さない!僕が悪かった!だからさよならだけは撤回してくれ!!」
大の大人が、しかも王国の宰相補佐が、私の足に縋り付いてワンワン泣いている。
私は冷ややかな視線で彼を見下ろした。
「そんなに泣くほどのことですか?愛する幼馴染のクロエ様の看病に専念できるのですから、喜ばしいことでしょう」
「違うんだ!!浮気じゃない!そもそも『クロエ』なんて女は、この世に存在しないんだよ!!」
「……はい? 」
思わぬ言葉が飛び出し、私の怒りは一瞬で疑問符へと変わった。
「ど、どういうことですの?存在しないって……じゃあ、あなたが毎回すっ飛んで行っていたのは、一体誰のところですの?」
「……王太子、殿下だ」
「はい? 」
「『クロエが風邪を引いた』というのは、王宮のごく一部の人間しか知らない秘密の隠語なんだ。本当の意味は……『王太子殿下が、魔力熱を発症して暴走しかけている』という緊急事態の合図なんだよ!」
あまりのスケールの大きさに、私は持っていたクッキーをポロリと落とした。
「ま、魔力熱……? 」
「殿下は強大すぎる魔力を持っているせいで、月に何度か魔力が暴走して高熱を出すんだ。それを鎮められるのは、特殊な氷結魔法を持つ僕ただ一人。もし他国に知られれば国の危機になる『国家機密』だから、愛する君にも『病弱な幼馴染』だと嘘をついて誤魔化すしかなかったんだ!」
カエサル様は涙目で必死に訴えかけた。
「君との約束をすっぽかしたのは本当に僕が悪い!でも、君にやきもちを焼かせていた相手は、か弱くて可愛い令嬢なんかじゃない!むさ苦しくて魔力で暴れ回る王太子殿下なんだ!!」
「む、むさ苦しいって……」
つまり、私が「あの子ばかりズルい」とハンカチを噛んで嫉妬していた相手は、屈強な王太子殿下(男)だったということ!?
想像の斜め上をいく事実に、私が目をパチクリさせていると――。
「すまない、リリアーナ嬢。カエサルの言う通りだ」
突然、開け放たれたドアから、黒いマントで顔を隠した大柄な男性が入ってきた。
バサッとマントのフードを外したその顔を見て、私はヒッ!と悲鳴を上げそうになった。
「お、王太子殿下!?」
「こんなお忍びの姿ですまない。いてもたってもいられなくて、カエサルの後を追ってきたのだ」
国で一番偉い人である王太子殿下は、申し訳なさそうに眉を下げ、なんと私に向かって深く頭を下げた。
「すべては私の不徳の致すところだ!カエサルは悪くない。彼は私の暴走を氷漬けにして鎮めながら、『リリィ、リリィィィッ!僕のドレス姿のリリィがぁぁ!』と、ずっと君の名前を呼んで泣き叫んでいたのだ」
「殿下!?それは言わない約束でしょう!? 」
顔を真っ赤にして抗議するカエサル様と、真剣に謝罪する王太子殿下。
最高にシリアスなはずの国家機密なのに、氷漬けの部屋で私の名前を叫ぶカエサル様を想像したら……。
「ふっ……あははははっ!」
怒りの風船は、見事にパンッと弾けて消え去ってしまった。
私はお腹を抱えて笑い出した。
「ああもう、バカみたい!私が今まで我慢して悩んでいたのが、本当に馬鹿らしくなってきましたわ!」
「リリィ……? 」
「でも、誤解が解けたのは良かったですけれど……これからも殿下が熱を出すたびに、カエサル様が飛んでいく生活は変わらないのではありませんか? 」
私が核心を突くと、王太子殿下がポンッと手を叩いた。
「おお、それなら案ずるな!実は先ほどの治療の果てに、私の魔力熱を完全に抑え込む王家秘伝の魔導具がついに完成したのだ!今日がその最後の峠だったゆえ、もう二度と『クロエ』がカエサルを呼び出すことはない!」
「本当ですか!? 」
「ああ!さらにこれまでの迷惑をかけた謝罪として、君たち二人に『一ヶ月間の完全な新婚旅行休暇』を与えよう!領地の管理が心配だろうが、王家直属の超優秀な内政官たちを派遣して完璧に代行させるから安心しろ。そしてカエサルの宰相補佐の仕事は、すべてこの私が徹夜で肩代わりする!」
領地の憂いを完全に絶った上で、王国のトップ自らが激務を被るという、とんでもない体を張った謝罪宣言。
これにはカエサル様もバッと顔を上げて目を輝かせた。
「殿下!本当ですね!?言質は取りましたよ!」
「ああ……(自分で言っておいて激務確定で泣きそうだが)王族に二言はない」
何も気にせず、一ヶ月間彼を独り占めできる。
それは確かに、私たちにとって最高のプレゼントかもしれない。
私はため息をつき、カエサル様の手から自分の婚約指輪をヒョイッと取り上げた。
「……カエサル様」
「はいっ!」
「今度私に隠し事をして放置したら、この指輪、王宮のお堀に投げ捨てますからね。……絶対にそうならないように、一生かけて私を愛し抜いてくださいませ」
「絶対にしない!命に代えても君を最優先にする!だから……」
カエサル様は私の手から指輪を取ると、大切に祈るように、再び私の左手薬指にはめ直した。
「愛しているよ、リリィ。僕の可愛いお姫様」
そのまま私の腰をグイッと引き寄せ、彼の唇が優しく重なる。
さっきまで大泣きしていたのに、キスはとても熱くて、情熱的で。
甘いお菓子の香りがする唇に、私はすっかり絆されて、彼の首にそっと腕を回した。
「……んっ……私も、愛していますわ」
「……あー、コホン。私はもう帰っていいかな?すごく気まずいのだが」
すぐ横で王太子殿下がわざとらしく咳払いをしているけれど、私たちは全く気にする気になれなかった。
「ちょっとカエサル、聞いてるか?おい、私の目の前でイチャつくのはやめ……ああっ、もう勝手にしろ! 私は王宮に帰って仕事の山に埋もれてくる!!」
半泣きで叫びながら実家を飛び出していく王太子殿下の背中に、(一ヶ月間、徹夜のお仕事頑張ってくださいね)と心の中でエールを送りつつ。
私は愛する婚約者との、最高に甘くて長ーいキスに溺れていくのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
2年近く前にある程度作っていた物語を修正して投稿してみました!ラブコメディ系のお話は書いてて楽しいのですが、最近書いてなかったので難しかったです(^^;;
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よろしくお願いいたします。




