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第9話 宇都宮綾姫は優しい女の子


「それじゃあ、伴教くん。また放課後にここで待ってるからね」


「お、おう」


 入学式の翌日。俺は鈴鹿と手を繋ぎながら高校に登校して、校門の前で分かれた。


 ……妹と手を繋いで登校って、小学生低学年でもやらないだろ。


 しかし、ここは男女比1:50の貞操逆転世界。鈴鹿は兄妹で恋人のフリをすることで、俺に危険な女子たちが近づかないようにしてくれているらしい。


 ただこの作戦の欠点は、危なくない普通の女の子も遠ざけてしまう恐れがあるという点だ。


 鈴鹿曰く、女子に慣れるまでは彼女を作る必要はないから、それで問題ないらしい。


 でも、それだといつまで経っても女子に慣れないような気がするのだが……気のせいだろうか?


 ちらっと校門の方に目を向けると、鈴鹿は俺が昇降口に入るまで校門の前で俺を見つめていた。


 それから、俺が見ているのに気づくと嬉しそうに手を振ってきた。


 くっ、こんなに可愛い妹なのに血の繋がりがあるなんて、貞操逆転世界に来た意味ないじゃないかっ。


 俺はそんなことを考えて、鈴鹿に手を振り返してから昇降口に入っていった。


「伊勢くん、おはようっ」


 それから、俺が外履きから上履きに履き替えていると、宇都宮さんが笑顔で手を振ってきた。


 前の世界で女子に挨拶をされたことがなかっただけに、自然と表情が緩んでしまう。


 俺はその表情のまま、片手を上げて挨拶を返す。


「宇都宮さん。お、おはよう」


 すると、宇都宮さんはそんな俺を見つめて、頬を微かに赤らめた。


 俺がどうしたのだろうかと首を傾げると、宇都宮さんは何かを誤魔化すように耳に髪をかける。


「伊勢くん。そんなに嬉しそうに挨拶返されたら、勘違いされちゃうかもしれないから気をつけた方がいいかもよ?」


「か、勘違い?」


 え、この状況でされる勘違いってなんだ?


 ……もしかして、童貞臭いのに、自分から挨拶をしないなんて調子に乗っている! って思われるとか?


 十分にあり得る考えだな、うん。


 でもなぁ、自分から女の子に挨拶をするって結構ハードル高いんだよなぁ。


 ただそれは女の子側からしても同じで、その負担を常に女の子にさせ続けるって言うのも問題なのかもしれない。


 貞操逆転世界だからこそ、気をつけないと他の横柄な男たちと同じになってしまう可能性もある。


「分かった。気をつけようと思う」


「うん、その方がいいと思う。誤解を生んじゃうからね」


 それから、俺は宇都宮さんと他愛のない会話をしながら教室へと向かった。そして、俺が教室のドアを開けた瞬間、クラスの女子達の視線がバッと視線が俺に集まった。


 俺は思わず慣れていない異性からの視線を受けて、目を逸らしてしまった。しかし、すぐに宇都宮さんの言葉を思い出してぎこちない笑みを浮かべる。


「えっと、みんな。お、おはよう」


 俺が挨拶をすると、一瞬ぴたっと教室の中が静かになった。


 俺が緊張のあまり心臓の音をうるさくしていると、その音が聞こえなくなるくらい教室がわっと盛り上がった。


「おはよう! 伊勢くん!」


「伊勢くん、おはよう! おはよう、おはよう!」


「おはようございます、伊勢くん。はぁ、夜を知らなそうな無垢な笑顔がぐっとくるのですぅ」


 静かになったのは一瞬だけで、すぐに俺の挨拶に対する返事が教室中から返ってきた。


 おお、俺の挨拶にこんなに多くの人が反応してくれるとは。


 みんなの声が全部聞き取れるわけではないけど、中々悪くない反応みたいだ。


 これも宇都宮さんのおかげだな。


 俺がそう考えていると、奥羽さんが俺のもとに駆けよってきた。


「おはよう、伊勢くん。あの、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「聞きたいこと?」


 俺が奥羽さんの言葉に首を傾げると、奥羽さんは意を決したように顔を上げた。


「その、昨日偶然伊勢くんと制服を着た女の子が仲良さげに歩いているのを見ちゃって……あの人って、伊勢くんの彼女だったりする?」


「昨日一緒にいた女の子? あっ」


 俺は奥羽さんの言葉を聞いて、その女の子が誰なのかすぐに分かった。奥羽さんが見たという女の子は鈴鹿のことだ。


「いや、あれは、なんていうか」


 やっぱり、鈴鹿と二人でいるところを見たら、そんな印象を抱くよな。


 ここで彼女じゃないと言えたら楽なのだが、そんなことをしたら俺のことを心配して彼女のフリをしてくれている鈴鹿に申し訳ない。


 これ、なんて答えるのが正解なのだろうか?


 俺がそう考えていると、宇都宮さんが奥羽さんの方にポンっと手を置いた。


「奥羽さん。伊勢くん困ってるみたいよ」


「で、でもっ」


 すると、宇都宮さんがちらっと俺を見てから、眉尻を下げて小さく笑った。


「実は、昨日私も校門前でその子に会ったの。伊勢くん、《《彼女》》のことをとても大切な人って言っていたわ」


「《《彼女》》……大切な人」


 奥羽さんは言葉を途切れ途切れ呟いて、目をぱちぱちとさせる。


 それから、宇都宮さんは俺にパッと視線を向けてきた。


「昨日そう言っていたわよね、伊勢くん?」


「え、まぁ、そうは言ったんだけど、そのー」


「ね、それだけ聞けばもう十分じゃない? 伊勢くんの口から言いづらいんだと思うわ」


 宇都宮さんは俺の言葉を途中で遮ると、奥羽さんの背中を優しく撫でた。


 これって、完全に勘違いされてるよな? いや、勘違いをさせるための作戦なのだから、鈴鹿の作戦通りって感じなのかな?


 奥羽さんは危険な女の人って感じもしないし、訂正してもいいんじゃないだろうか?


 でも、それがきっかけで、鈴鹿の頑張りを無駄にするようなことになっても申し訳ない。


 俺がどうした物かと考えていると、奥羽さんが眉尻を下げて頷いた。


「そうだよね。伊勢くん、だもんね。うん、分かった」


 奥羽さんは納得したようにそう言うと、最後に俺に笑みを見せてから自分の席に戻っていった。


 ……結局、誤解されたままになってしまった。


 というか、他のクラスメイトにも誤解をばらまいた結果になったんじゃないか? 


 でも、鈴鹿のことを上手く説明できない以上、それも仕方がないのだろう。


 女の子に慣れて、鈴鹿に恋人のフリをしてもらわなくても大丈夫なようになったら、きちんと誤解を解かないとな。


 俺はそう考えてから、宇都宮さんを見る。


「えっと、ありがとう。宇都宮さん。事態を収拾してくれて」


「ううん。これぐらい何ともないわ。またいつでも頼ってね、伊勢くん」


 宇都宮さんはそう言って、屈託のない笑み絵を浮かべた。


 やっぱり、宇都宮さんは優しいな。


 俺は宇都宮さんの笑みを見て、そんなことを考えるのだった。


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