第8話 girlsサイド:とある妹の嘘
時はお兄ちゃんが意識を取り戻して、お医者さんとの検診が終わった後に戻る。
「お兄ちゃん。記憶が、ないの?」
私はお医者さんからお兄ちゃんの状態を聞かされた。
それでも、どうしてもその事実が信じられず、私はお兄ちゃんにそんなことを聞いていた。
「え、えっと、そうだね。一部記憶がない、みたいで」
お兄ちゃんはベッドの近くにあった椅子に座る私をちらっと見てから、すぐに私から視線を逸らした。
どこか他人行儀で、私と目を合わせようとしない。
私はそんなお兄ちゃんを見て、一瞬言葉を失ってしまった。
それから、私は喉の乾きを感じながら口を開く。
「わ、私のことは?」
「ご、ごめんな。覚えていない、みたいで」
「ううん、謝らないでお兄ちゃん。お兄ちゃんが悪いわけじゃないんだから」
私は涙を堪えて、首を横に振る。それから、極力お兄ちゃんに心配をかけないように小さく笑みを浮かべた。
それから、私はお兄ちゃんを安心させようと、細くなったお兄ちゃんの右手にそっと触れた。
すると、お兄ちゃんの体が驚いたようにぴくんと動いた。
「お兄ちゃん?」
「やっ、あのっ、なんていうか、そのー」
私はお兄ちゃんが驚いた理由が分からず首を傾げる。それから、軽く指の先で手の甲を撫でると、またお兄ちゃんは体をぴくんっとさせた。
私はそんなお兄ちゃんの反応を見て、そっとお兄ちゃんの手から手を離した。
「……もしかして、私に触れられるの嫌だったかな?」
「いや、そんなことはない! それだけはない! 女子に慣れていないから、驚いただけでっ」
「慣れてない?」
私はまたお兄ちゃんの言葉の意味が分からず首を傾げる。
お兄ちゃんは誰に対しても分け隔てなく接する性格をしていたから、女子慣れしていないということはない気がする。
だから、妹の私に手を触れられたくらいで驚くなんてことはないはずだ。
でも、とても嘘を吐いているようには見えないし、嘘を吐けるような状態でもない。
「えっと、どういうことかな?」
「そのままの意味、なんだけど。えっと、女子と接した記憶もなくなってるみたいで、その、女子に対する接し方が分からないみたいな感じかな」
「そんな限定的に記憶がなくなるなんてことあるんだ」
「ああ。お医者さんもそのことを驚いていたよ」
お兄ちゃんは自嘲気味に笑って、どこか遠くを見つめていた。
それから、お兄ちゃんはちらっと私を見て控えめに聞いてくる。
「えっと、記憶の整理をさせて欲しい。母さんと父さんが再婚だって言う認識はあってるか?」
「え? うん。そうだよ」
私はあまりにも当然すぎる質問に一瞬を面くらう。
勝手に私のことだけ忘れているのかと思ったけど、私以外の家族に関する記憶も少し怪しいみたいだ。
私がそう考えていると、お兄ちゃんは眉根を寄せる。
「そうなると、君は母さんの連れ子ってこと?」
私はお兄ちゃんの言葉に頷こうとしたところで、ピタッと動きを止めた。
さっきお兄ちゃんは女の人との接し方が分からないと言っていた。
そうなると、ここで頷いてしまったら、私は接し方が分からない女の人ということになってしまうんじゃないだろうか?
私はそう考えて、ふるふると首を横に振った。
「う、ううん。私はお父さんとお母さんが再婚してからできた子どもだよ」
「そ、そうなのか。つまり、血の繋がった兄妹ってことか」
「うん、そうだよ。血の繋がった妹なら、普通の女の人よりも接しやすいよね?」
私が確認するように聞くと、お兄ちゃんはハッとしてから作ったような笑みを浮かべた。
「も、もちろんだ。血の繋がった妹なら意識する方がおかしいもんな。きっと接しやすいはずだ」
お兄ちゃんが無理して言っているということは、その表情からすぐに分かった。
でも、こうでもしないとお兄ちゃんに避けられてしまうと思った。だから、私はお兄ちゃんが無理をしているということに気づかないフリをすることにした。
「それならよかった。それじゃあ、お兄ちゃん。改めてこれからよろしくね」
「あ、ああ。こちらこそよろしくお願いします」
こうして、私はお兄ちゃんに血縁関係があるという嘘を吐いたのだった。
それから、お兄ちゃんのすぐ側にいられるようになった私は、お兄ちゃんを色んなことから守ることをそっと誓った。
日常生活のちょっとした危険や、命にかかわるような危険……そして、お兄ちゃんを傷つけそうな女の人から。
そして、私は今日もお兄ちゃんを守る。
妹の私と手を繋ぐだけで顔を赤らめる、そんな純情を独り占めするために。不意に真っ白なそのキャンバスを私の色に染めたくなる感情を抑えながら。
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