第36話 匂いに敏感な妹
「お、お兄ちゃん! ちょっと話があるんだけど!」
「鈴鹿?」
俺が学校から帰宅して自室でくつろいでいると、鈴鹿が俺の体操着をもって部屋にやってきた。
鈴鹿は焦った様子で体操着を俺に見せるように掲げる。それから、不機嫌そうに眉根を寄せて口を開いた。
「お兄ちゃんの体操着から知らない女の匂いがすんだけど、どういうこと?」
「知らない女の匂い? え、女の匂い?」
俺は思いもしなかった言葉に困惑する。
いやいや、匂いが付くほど女子と触れ合ったことなんてないぞ。
俺はそんなことを考えながら、女子の匂いがするという体育着にそっと手を伸ばす。
「どれ、ど、どんな匂いなんだ?」
しかし、俺が体育着を掴む前に鈴鹿がひょいっと俺から体育着を遠ざけてしまった。
「鈴鹿?」
「だめだよ。お兄ちゃんにこんな匂い嗅がせるわけにはいかないんだから」
それから、鈴鹿は俺にジトっとした目を向けて続ける。
「それよりも、お兄ちゃん。身に覚えはないの?」
「身に覚えって。いやいや、そんなうらやまけしからんことはーーあっ」
「へー……思い当たる節があるんだ。うわやまけしからんなんだ」
すると、鈴鹿はジトっとした目を強めて俺を見てきた。俺は慌てて手を横にぶんぶんと振る。
「ち、ちがうっ、鈴鹿が考えているようなことじゃないって! 体操着が濡れたからそれを保健室で乾かしてもらったんだよ。そのときに、保健室を訪れた生徒の肩とかが当たって匂いが付いたんじゃないか?」
「保健室にお兄ちゃんの体操着を置きっぱなしにしたの⁉」
鈴鹿は俺の言葉を聞いて体を前のめりにさせて驚く。
俺は鈴鹿の反応を前に、目をぱちぱちとさせた。
「ま、まずかったか? もしかして、教室のベランダにでも干しておいた方がよかったのかな?」
すると、鈴鹿はあきれるような目をして大きくため息を吐いた。
「お兄ちゃん。ベランダなんかに使用済みの体操着なんか干したら、お兄ちゃんはもうその体育着を着れなくなっちゃうよ」
「着れなくなるって、いったい何がどうしたらそうなるんだよ」
俺は鈴鹿の言葉に目を細める。
ただ盗られるだけじゃないような言葉だけに、俺の体操着が何をされてしまうのか気になってしまう。
すると、鈴鹿は腕を組んで考えるようにして口を開く。
「教室に干すくらいなら、まだ保健室のほうが安全は安全だけどさ。ただぶつかっただけで、あんなに匂い付かないと思うんだよね。お兄ちゃんの体育着に顔でも埋めた子がいるんじゃないかな?」
「お、俺の体育着に? 何のために?」
「な、なんのためにって、そ、そういうためにでしょ?」
俺が困惑していると、鈴鹿は俺から視線を逸らして、顔を赤くさせてモゾモゾとしていた。
それから、鈴鹿はふいっと顔ごと俺から逸らす。
「もうっ、私前に『体育終わりの体操着は女子が狙ってる』って忠告したよね?」
「そういえば、そんなこともあったかもな」
「……お兄ちゃん、男の子としての自覚がなさすぎるよ。やっぱり、本当に私がいないとだめだねっ」
鈴鹿は言葉と裏腹になぜか少し嬉しそうに口元を緩めていた。
そういえば、自覚がないって宇都宮さんにも言われた気がするな。
俺がそんなことを考えていると、鈴鹿が思い出したように声を漏らした。
「あっ、お兄ちゃん。明日も体育あるよね」
「え、ああ。あるけど」
「じゃあ、それまでになんとか対策を考えておかないと」
「対策って……今日は偶然濡れちゃっただけだぞ? 明日はなんも起きないって」
「そういうわけにもいかないでしょ」
鈴鹿はそれから可愛らしい唸り声をあげて考えてから、ぱっと顔を上げた。
「良いこと思い付いた。お兄ちゃん、明日使う体操着ちょっと貸して」
「いいけど、何する気だ?」
「それは内緒。また明日の朝お兄ちゃんに返すからね」
鈴鹿はそう言って、俺の部屋を訪れた時とは対照的に嬉しそうに部屋を後にした。
……一体、何をするつもりなのだろうか。
どれだけ考えてみても、鈴鹿が思いついたというアイディアがどんなものなのか、俺にはさっぱり分からなかった。
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