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第35話 girlsサイド:とある少女の過去と決意


 伊勢くんに出会った私は、毎日伊勢くんが何をしているのかをノートにメモするようになった。


 当時の伊勢くんは男女隔たりなく優しく明るく接してくれる男の子だった。誰に対しても優しい伊勢くんに憧れて、伊勢くんみたいになりたくて必死にノートに伊勢くんの行動を書き留めていった。


 どんどん『伊勢くんの観察日記』に書かれていく伊勢くんの情報が増えていくのが楽しくて、私だけが知っている伊勢くんがそこにいるみたいで嬉しかった。


 しかし、そんな幸せは長くは続かなかった。


 クラスメイトに『伊勢くんの観察日記』を書いていることがばれて、それを奪われるだけでなく、伊勢くんに見せられてしまった。


「これ、俺のことが書いてあるの?」


「そうだよ! この子、ずっと伊勢くんの跡をつけてこんなの書いたの!」


 私のノートを奪った女の子は、私を指さして眉を吊り上げていた。


 伊勢くんは『伊勢くんの観察日記』をパラパラとめくって目をぱちぱちとさせていた。


 ど、どうしよう、変な子だと思われちゃう。


 私は顔を俯かせて、言い訳を口にする。


「変な意味じゃなくて、伊勢くんみたいな人気者になりたいなって。じ、自分を変えたいなって思ってて、それで……」


 私がそういってちらっと伊勢くんを見ると、伊勢くんは意外そうな顔をしていた。

「俺みたいに? 人気者って……なんかそう言われると照れるなぁ」


「無理に決まってんじゃん! あんたずっと暗いんだから!」


 すると、私のノートを奪った女の子は大きな声を上げた。そして、私を睨みながらその女の子は言葉を続ける。


「伊勢くんも気持ち悪いよね、こんなことされて!」


「いや、別に気持ち悪くなんてないよ」


「「え?」」


 私とノートを奪った女の子は伊勢くんの言葉に対して、間の抜けた声を漏らした。すると、伊勢くんはノートをパラパラとめくって頬を掻く。


「毎日大したことしてなくて、恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけどね」


 それから、伊勢くんはノートを私に手渡してから、優しい笑みを浮かべてくれた。


「うん。ここまで本気で変わろうってして、頑張ってる宇都宮さんならきっと変われるよ。根拠はないけど俺が保証する」


 伊勢くんはおどけるように言って、その場を去っていったのだった。


「ちょ、ちょっと、伊勢くん待ってよ! 本当にいいの?」


 ノートを奪った女の子はそう言って、慌てて伊勢くんを追いかけていった。


 私は緊張感から解放されて、一人廊下でノートを抱きしめながらぺたんと座り込む。


 もしも、伊勢くんが私のことを『気持ち悪い』と言ったら、私はいじめの対象になっていたと思う。


 当時の伊勢くんの真意は分からないけど、私は伊勢くんに助けてもらったのだ。


「……伊勢くん、優しすぎるよ」


 こうして、私はますます伊勢くんのことを好きなってしまうのだった。




 それから一年後、私は親の都合で転校をすることになってしまった。


 伊勢くんに会えなくなること、『伊勢くんの観察日記』を書けなくなることが悲しくて毎日のように泣いていた。


 そんな私を見かねて、両親は前に住んでいた町に遊びに行くといいと言い、町までの交通費を出してくれた。


 私は『伊勢くんの観察日記』を片手に電車に飛び乗って、少し前までに住んでいた町へと向かった。


 そして、その街で私は伊勢くんが交通事故に遭って、意識不明の重体になっていることを知ったのだった。


私は前の学校に連絡して伊勢くんが入院している病院を教えてもらい、一人で伊勢くんの病室にお見舞いに向かった。


 綺麗な顔をしていて今にも目を覚ましそうなのに、全く起きる気配がない。


 私はそんな伊勢くんを見てひとしきり泣いてから、『伊勢くんの観察日記』を手に取った。


 それから、少し前みたいに伊勢くんのことを書いていった。呼吸をして動く布団の様子とか、何を考えているのかとか。どんな夢を見ているのかとか。


 そして、私はそれらの内容を書き記したノートを新たに『伊勢くんの妄想日記』と名付けることにした。


「毎日は無理だけど、たくさんお見舞いに来るからね、伊勢くん」


 私は涙を拭いてノートを閉じる。


 しかし、当然伊勢くんからの返答はなかった。


 ……そういえば、まともに会話をしたのって眼鏡を拾ってくれたあの時だけだっけ?


 なんでもっと伊勢くんと話しておかなかったのだろう。勇気をもって話しかけることができなかったのだろう。自分を変えたいといったくせに、何も変えられなかったのだろう。


 そんな後悔が今になって押し寄せてきて、気づけばまた私は涙をこぼしていた。


 だめだ。こんなに弱い私のままじゃ何も変わらない。


 私はそう考えて、涙をぬぐって勢い良く立ち上がった。


 それから、潤んだままの伊勢くんを伊勢くんに向ける。


「私変わるからね。今度会ったときは、伊勢くんの隣を並んで歩けるくらいの人気者になるから!」


 私はいつも伊勢くんが向けてくれていたような笑みを伊勢くんに向けて、そんな決意の言葉を口にした。


 それから、私は常人の数倍の時間をかけて、苦手だった運動や勉強を克服した。


暗い性格を直すために自己啓発本を読んだり、『伊勢くんの観察日記』を読み返したりして、昔の伊勢くんみたいになろうと努力をした。


伊勢くんに可愛いって言ってもらえるようにファッション誌を読んだり、モデルさんが投稿している動画を見たりして、化粧も覚えて自分を変えていった。


 全てはあの日にした約束のために。




「伊勢くん、私のことなんてもう忘れてるよね」


 伊勢くんと再会した高校の入学式、伊勢くんは私に自己紹介をしてきた。


 本当はずっと前から知ってるよって言おうとしたけど、私はその言葉をぐっと飲みこんだ。


「地味だった過去なんて知られたくないよ」


 私はそんな独り言を漏らして、ベッドの上で寝返りをする。


 今の私は数年の努力の結果、クラスでも明るくて優しい女の子という立ち位置を手に入れた。


 そして何よりが、学校内では伊勢くんの隣というポジションを確立しつつある。


 できれば、このまま伊勢くんに知られずにいたい。昔の私のことなんて思いださないで、今の変わった私だけを見ていて欲しい。


 きっとそんなふうに考えてしまう私は、表面上はいくら変わっても、根は変わってはいないのだろう。


 もしかしたら、これからも変わることはないのかもしれない。


 そんなことを考えて、私はまた寝返りを一つするのだった。



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