第25話 girlsサイド:とある少女は一つになりたい
それから、鈴鹿ちゃんに許しをもらった私たちは、最寄り駅から少し離れた本屋さんに来ていた。
「なんか鈴鹿が変なことを言っていた気がするんだけど」
伊勢くんは鈴鹿ちゃんが別れ際に言った言葉が気になっているのか、眉根をひそめていた。
私はごまかすように笑ってから、新刊コーナーを指さす。
「多分、深い意味はないんじゃないかな? あっ、新刊出てる」
私が小走りで男向けのラノベの新刊コーナーに向かうと、伊勢くんは意外そうな顔で私を見た。
「え、宇都宮さん、ラノベとかも読むの? それも、男向けの」
「うん。ラノベも漫画も読むよ。可愛い女の子が出てくる作品って好きなんだ。あんまり学校の人にはあまり言ってないんだけどね」
「おおっ、そうだったのか」
伊勢くんは私の言葉を聞いて、嬉しそうに体を前のめりにした。
まぁ、伊勢くんが好きなものを全部好きになっていった結果なんだけどね。
毎日の日課をこなしていく中で、伊勢くんが興味を持ったものをリストアップしていた。
その中で、伊勢くんが鈴鹿ちゃんが見ていないところでさっと購入したものや、買いたそうに眺めていたものはすべて履修済みなのだ。
……伊勢くんのすべてを知りたいと思ってしまっているのだから、それくらいは当然だよね。
そんなおかげで、今や私は立派なオタクになってしまっていた。
それにしても、まさか本気で漫画やラノベにハマってしまうとは思わなかったけど。
伊勢くんは書店の五分の一もない売り場を見ながら口を開く。
「そういえば、男が少ない世界なのに、男向けのラブコメ作品って結構あるよな」
「まぁ、そこらへんは補助金が出るからじゃない?」
「補助金?」
「うん。男の子向けのラブコメは、女の子にトラウマを持った男の子にもいいって言われてるからね。国としても推進してるんだよ」
男の子の中には、女子にされたことが原因で女子嫌いになってしまう人たちが一定数いる。
国としては男の子が少ないわけだから、少しでも早く女子に対する苦手意識をなくして欲しい。
そんな考えがあって、理想的な女の子が出てくる男の子向けの漫画やラノベ、アニメなどには国が補助金を出すようになっているのだ。
そしてその結果、男の子が少ない世界なのに女性向けの漫画やラノベよりも面白い作品がたくさん排出されたのだった。
男の子はトラウマの克服に使えて。女の子は男の子が考える理想の女の子を学べる。結果として、男女ともに嬉しい制度なのだ。
「国が男物のラブコメを推進……本当にあべこべなんだな」
伊勢くんは不思議そうな顔でそんな言葉をつぶやく。
あべこべ? どういうことだろ?
私は伊勢くんの言葉に首をかしげてから、伊勢くんが数日前購入した女の子の絵が描かれた漫画を手に取る。
「伊勢くんはどんなのが好きなの? 伊勢くんが好きなの教えて欲しいな」
私が屈託のない笑みを向けると、伊勢くんはすぐに私が手に持った漫画の話をし始めた。
……これで、鈴鹿ちゃんに言ったことの辻褄合わせにもなるはずだ。
私はそう考えながら、伊勢くんの話を聞いて何度も頷くのだった。
「まさか、こんなに好きなものが被るなんて、驚きだね!」
「そ、そうだね。うん、本当に驚きだ」
それから、私たちは書店を出てファミレスでドリンクバーを片手に漫画やラノベの話をしていた。
学校外で伊勢くんの声と視線を独り占めしている気分になって、夢のような時間だった。
ちらっと伊勢くんのコップを見ると、一杯目がもうすぐ終わろうとしていた。
私は話が切れたタイミングで、おどけるような笑みを向ける。
「なんか伊勢くんとグッと距離が近づいた気がする。どう? 朝よりも女の子に慣れてくれたかな?」
「あっ、どうなんだろ。女の子に慣れたというか、宇都宮さんだから話せるようになってきたって感じかも」
伊勢くんはぽろっと本音を漏らすようにそう言った。
私は完全に不意を突かれてしまい、胸をきゅっとさせられる。
「私だから……嬉しい」
私は心の底から漏れ出たような声で、そんな言葉を漏らしていた。
ずっと伊勢くんに憧れて、伊勢くんの全部を知ろうとして、最近ようやく話せるようになった。
そして、初めて二人きりでお出かけをして、こんなことを言ってもらえた。
私は感動のあまり瞳が潤んでしまっていた。
「あっ、ちょっと、飲み物とってくる」
「まって伊勢くん。私が飲み物とってくるよ。伊勢くんは何がいい?」
私が慌てて立ち上がると、伊勢くんは手を横にブンブンと振って立ち上がる。
「いやいや、いいって。自分で取りに行くよ」
伊勢くんは当たり前のようにそんなことを言ってきた。私は一瞬、言葉の意味が分からずぽかんとしてしまう。
普通、女の子に気を遣われてそれを断る男の子なんていない。気を遣われて当然だと思っているのだから、それが当り前なのだ。
それなのに、伊勢くんは違う。
女の子にも気を使える清楚系美男子。当然、モテないはずがない。 だからこそ、女の子の人気も爆上がりしてしまうのだ。
私は慌てて伊勢くんを座らせる。
「伊勢くん。女の子に遠慮しすぎだよ。伊勢くんの美点ではあるけど、たまには甘えて欲しいな」
私が注意するように言うと、伊勢くんは申し訳なさそうに座りなおした。
「そ、そういうなら、お願いします」
「うん。任せてね」
さすがに、放課後に付き合ってもらって何もしないわけにはいかない。
せめて、飲み物とってくるくらいのことはしないと。
私はそう考えて、自分のコップと伊勢くんのコップを持ってドリンクバーへと向かった。
それから、私はドリンクバーの前まで行ってから『あっ』と小さく声を漏らす。
「そういえば、なにがいいか聞かなかったな」
私はそんな独り言を漏らしてから、ちらっと伊勢くんが使っているコップを見る。
「……伊勢くんのストロー」
ごくっ。
私はさっきまで伊勢くんが使用していたストローをみて、思わず唾を飲み込む。
ちらっと後ろを振り返って確認すると、私たちの席からはドリンクバーの位置が見えない造りになっていた。
……楊枝を回収損ねてしまったわけだし、これを回収しても何も問題はないよね?
私は心臓をどきどきさせながら、そっと伊勢くんのストローをコップから引き抜く。そして、ジップロックの中にーー
「じ、ジップロックカバンの中だっ」
私がポケットに入れているのは楊枝が入るサイズのもので、ストローが入るほどのサイズのジップロックはカバンの中にしかない。
私はその事実に気づいて、急いでジップロックを取りに行くとしてピタッと止まる。
「このまま空のコップを持って席に戻ると不自然だよね? でも、ドリンクバーにコップを置いていったら、他の女の子に伊勢くんのストローを取られちゃうかもしれないし……」
私があたりを見渡すと、数人の女の子と目が合った。すぐにちらっと視線を逸らした子もいれば、私が持ってるコップをじっと見ている子もいる。
やっぱり、コップをここにおいてジップロックを取りに行くの危険か。
じゃあ、このストローは諦めるしかないの? いやいや、そんなこともったいなさ過ぎる。
それなら、このストローを……いや、さすがにそれは変態過ぎない?
いやいや、でも、こんな機会にめったにないしーー
「あ、両方ともオレンジジュースにしたんだ」
「う、うん。こっちが伊勢くんのコップね」
私は葛藤の末、ストローの回収を諦めた。ストローの回収は次にドリンクバーに行ったときにすればいいわけだしね。
私は冷静を装いながら、伊勢くんにオレンジジュースを手渡した。
ドリンクバーでオレンジジュースを入れた時から心臓がバクバクしていて、手が震えそうになるのを必死に抑えながら。
すると、伊勢くんは何も気づいていない様子で、私がさっきまで使っていたストローに口をつけ、オレンジジュースを一口飲んだ。
私は見てはいけないものを見ているような、そんなドキドキを感じていた。
「ね、ねぇ、伊勢くんおいしい?」
「え、うん。まぁ、おいしいかな」
「そ、そっか。それなら、よかった」
私は伊勢くんの顔も見れなくなるほど照れてしまっていた。
それから、私は心臓の音をうるさくさせながら、伊勢くんがさっきまで使っていたストローに口をつけて、オレンジジュースを一口飲む。
「ふふっ……おいしい」
伊勢くんが使ったストローを回収することはしなかった。その代わり、使っていたコップをストローごと交換したのだ。
少しだけ抵抗はあったけど、同じジュースを入れてしまったのだから、コップを間違えて渡しちゃっても問題ないよね。
私はそう考えながら、優しくストローに口をつけて一口オレンジジュースを飲む。
伊勢くんと私が混じり合って、一つになっていく。そんな心地よさと胸のどきどきを感じながら。
少しでも面白かった、続きが読みたいと感じてもらえたら、
ブックマーク、☆☆☆☆☆のボタンより応援をしてもらえると嬉しいです!
何卒宜しくお願い致しますm(__)m