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第16話 girlsサイド:妹は一歩リードする

「まてまてまて、待ってくれ。何がどうしたらそうなるんだよ」


 お兄ちゃんは私の言葉を聞いて、慌てるように首を横にブンブンと振る。お兄ちゃんの焦ったような反応を前に、心の奥にある感情がぶわっと増幅したような気がした。


 私は小さく咳ばらいをして、自分の感情を落ち着かせる。


「お兄ちゃんの唇に触れた女の子が、どういう気持ちだったのか知っておいた方がいいと思うの。そうしないと、お兄ちゃんまたその子に唇を触らせちゃいそうだし」


 起きている状態のお兄ちゃんの唇に触れるなんて、私でもまだできていないことだ。


 それなのに、昨日今日会ったばかりの女の子に先を越されてしまった。それに対する嫉妬と、女の子に唇を触らせてしまうという危機感のなさはどうにかしないといけないと思う。


 私がそう言うと、お兄ちゃんは眉尻を下げて頬を掻いた。


「いや、唇を触らせたというか、口を拭いてもらっただけなんだけど」


「だから、それは口実なんだってば。そうじゃないとしても、異性の唇に触れることがどういうことなのかは知っておいた方がいいの」


「異性の、唇を……」


 すると、お兄ちゃんは一瞬ちらっと私の唇を見てから、パッと視線を逸らした。


 私は頬を赤らめているお兄ちゃんを見て、胸をきゅんとさせる。


 私は荒くなりそうな息をぐっと抑えて、挑発するように口元を緩めた。


「それとも、お兄ちゃんは妹相手に意識しちゃったりするのかな?」


「い、妹相手だぞ。口を拭くぐらいなんてこともない」


「それじゃあ、やってみてよ」


 私はそう言って、お兄ちゃんの正面に向かい合うように座る。膝と膝が触れ合う距離でお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは分かりやすくドギマギしていた。


「え、ち、近くないか?」


「だって、遠いと手が届かないでしょ?」


 私はもっともらしいことを言ってから、お兄ちゃんに私のハンカチを握らせる。お兄ちゃんの手をぎゅっと握ると、お兄ちゃんは小さく体をぴくんっとさせた。


 ……お兄ちゃん、ただ手を握られただけで意識しちゃうのに、これから私の唇を触るんだ。


 顔を上げてお兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。


「お兄ちゃん、いいよ」


 私がお兄ちゃんの手を離すと、お兄ちゃんは私をろくに見ないでハンカチを持った手を近づけてきた。


 私は初心過ぎるお兄ちゃんが可愛すぎて、くすっと小さく笑う。


「お兄ちゃんどこ見てるの? ちゃんと私を見ないと口拭けないでしょ?」


「わ、分かってるって。ただ口を拭くだけ、拭くだけだっ」


 お兄ちゃんは私に笑われたのが悔しかったのか、今度はじっと私を見てハンカチを近づけてきた。


 私は近づいてきたお兄ちゃんの手を受け入れるように、そっと目を閉じる。すると、ハンカチの生地が優しく私の唇に触れた。


「んっ」


 お兄ちゃんの指の感触がハンカチ越しに伝わってくる。私はもっとお兄ちゃんを感じたくて、少しだけハンカチに唇を押し当ててみた。


 ……お兄ちゃんの指、柔らかい。


 もっと、もっと感じたい。そうあ。触れるだけじゃなくて、舐めちゃえばいいんじゃない?


「す、鈴鹿?」


「ふえ? あっ!」


 私はお兄ちゃんの声を聞いてハッとして、お兄ちゃんの指から口を離す。


私はお兄ちゃんの顔が真っ赤になっているのを見て、ここ数秒間自分が何かに憑りつかれるように動いていたことを思い出す。


 あ、あれ? もしかして、舐めちゃってた? いや、さすがにそんなことはしてないはず。してない、よね?


 私はお兄ちゃんの顔をも見れなくなって、誤魔化すように乱れてない髪を直す。


「ど、どうだった?」


「……すんごい柔らかかった」


「そうじゃなくて、そっちの感想じゃなくて。私の言ったこと、大袈裟だったかって話でしょ? 実際にする側になってみて、どうだった?」


「あ、ああ。そっちか。大袈裟って訳ではなさそう、かな」


 お兄ちゃんはどこかしどろもどろした感じでそんなことを言っていた。


 どうやら、お兄ちゃんに危機感を持たせるという本来の目標は達成したようだった。




 私がハンカチ越しにお兄ちゃんの指を舐めてしまったかどうか。


それは、返してもらったハンカチが少し湿っていたことから考えるまでもなかった。


 ……どうやら、私はお兄ちゃんのクラスメイトの女子よりも、一歩リードしてしまったみたいだ。


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