第15話 知らないハンカチと危機感
「お兄ちゃん、怒らないから正直に答えてね」
宇都宮さんと二人きりでお昼を食べた夜。
室内に洗濯物を干そうとしていた鈴鹿に呼ばれて、俺はリビングに正座をしていた。
我が家では家事全般を鈴鹿が担当している。何度も手伝おうとしたのだが、料理を手伝えば包丁が危なく、洗い物は手が荒れるからと言われ、洗濯ものは俺にされるのが恥ずかしいという理由で手伝わせてもらえずにいる。たしか、掃除も似たような理由で手伝うことを禁じられていた。
だから、洗濯物を干そうというときに鈴鹿に怒られることはないはずなのだ。
しかし、正座をさせられている状況から、俺が何かしらしでかしたのは明確だ。一体、俺が何をしたって言うんだろうか?
俺がそう考えていると、鈴鹿は俺の目の前で薄ピンク色をしたハンカチを広げた。
「あっ」
俺はそのハンカチを見て思わず声を漏らした。
あれ、宇都宮さんのハンカチだ。
鈴鹿は俺の反応を見て、目の笑っていない笑みを浮かべる。
「これはどこの女の子のハンカチなのかな?」
「えっと、クラスメイトの子のです、けど」
「なんでお兄ちゃんがクラスの女子のハンカチを持ってるのかな?」
鈴鹿はこてんと首を傾げて俺を見る。
……多分、鈴鹿怒ってるんだよな?
俺はあまり見ない鈴鹿の表情を前に、頬を掻いてそんなことを考える。
確かに、あれだけのことをしてくれているのに、忠告を無視されたと思ったら怒るのも当然か。
「えっと、お昼を一緒に食べたときにおかずを少し貰ったんだけど、そのときにソースが口についちゃったみたいで拭いてもらったんだよ。それで汚れたから、洗濯してから返そうと思って」
俺は鈴鹿にそう言いながら、ハンカチ越しに触れた宇都宮さんの指先の感触を思い出してしまった。
宇都宮さんの指先、柔らかかったなぁ。まさか女の子に唇に触れられる日が来るとは思わなかった。
「く、口を拭かれた⁉ お兄ちゃん、それどういうこと⁉」
すると、鈴鹿は俺の言葉を聞くなり、俺の両腕をガシッと掴んで真剣な顔を向けてきた。
「す、鈴鹿?」
「一から説明して、お兄ちゃん」
「あ、ああ」
それから、俺は鈴鹿にお昼休みの一件を事細かに説明した。
俺の話を聞き終えた鈴鹿は腕を組んで難しい顔をしていた。
「その子、絶対にお兄ちゃんのこと狙ってるよ」
「狙ってる? いやいや、凄い可愛い子だからそんなことないと思うけど」
「ふぅん……そんなに可愛い子なんだ」
すると、鈴鹿はつまらなそうな顔でそう言ってから、眉根を寄せる。
「しかも、ハンカチ越しとはいえ、お兄ちゃんの唇に触れるなんてっ。お兄ちゃん、少し危機感が足りな過ぎるよ」
「危機感って、そんな大袈裟な」
確かに二人きりでお弁当を食べてたり、口元を拭くために近づかれたときはドキドキした。
でも、相手はあの宇都宮さんだ。
誰に対しても優しい彼女に危機感を覚える必要はないだろう。
「大袈裟?」
俺がそう考えていると、鈴鹿がぴくんっと眉を動かした。それから、鈴鹿は少し俯いて小さく笑った。
「女の子の気持ちが分からないお兄ちゃんには、少し女の子の気持ちを教えてあげないとみたいだね」
「鈴鹿?」
すると、鈴鹿はポケットからハンカチを取り出して、ぱっと広げた。
「はい。ここに一枚のハンカチがあります」
「お、おう。え、マジックでも始めるのか?」
俺が唐突な鈴鹿の行動に目をぱちぱちとさせていると、鈴鹿は一瞬ムッとしてしてから挑発的な笑みを浮かべた。
「これで私の口を拭いてみてよ。大袈裟だって言ったお兄ちゃんなら、簡単にできることだよね?」
「……へ?」
俺は鈴鹿の言葉を聞いて、思わず間の抜けた声を漏らした。
今からハンカチ越しに鈴鹿の唇に触れる?
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