第14話 girlsサイド:とある少女の策略と恋心
うちの高校には新校舎と呼ばれるものと、旧校舎と呼ばれる二つの校舎が二つある。生徒数の増加によって新しく建てられ、メインで使われているのが新校舎。
旧校舎には図書室や家庭科室などの移動教室で使う教室と、部室などがある。
元々、一年生のクラスは全部旧校舎にあったみたいだが、生徒から不満が殺到して数年前に新校舎の方に全てのクラスが集約されたらしい。
まぁ、エアコンの性能がまるで違うのだから、不満が出ない方がおかしい。
なので、昼休みをわざわざ旧校舎で過ごす生徒は少ない。少なくとも、私が調査を始めてから、お昼休みを旧校舎の非常階段で過ごすという人はいなかったのだ。
……以上、私が中学生の頃にこの高校に入学した先輩から得た情報と、実際に学校の外から双眼鏡を片手に調査をして得た結果である。
「おお、本当に誰もいない。よくこんな所見つけたね」
私が伊勢くんを校舎裏の非常階段へと連れていくと、伊勢くんは驚くようにそう言った。
「うん、偶然見つけたの」
伊勢くんと二人きりになる機会があるかもしれないと思って、入学前から学校を下調べしていたことなんて言えるはずがない。
私はそんな考えを隠すように、ニコッと笑みを浮かべる。
すると、伊勢くんは何でもないように非常階段の踊り場から一段下に足を置いて、座ってしまった。
「い、伊勢くん⁉ 今、ハンカチ敷くってば!」
男の子をこんな場所に座らせて、制服を汚させるわけにはいかない!
私が慌ててハンカチを広げると、伊勢くんはきょとんと首を傾げた。
「え? いやいや、いいよ」
「いいよって、よ、汚れちゃうよ?」
私が食い下がろうとすると、伊勢くんはしばらく考えてから何かに気づいたように声を漏らす。
「あっ、宇都宮さんのスカートが汚れちゃうから、使ってもらった方がいいかも」
「わ、私は別にそんなの気にしないって」
そもそもこの人のために非常階段を何度も掃除して綺麗にしてるし、虫が来ないようにスプレーまでしてるから制服が汚れるってことはない。
それでも、エスコートの一環としてハンカチを敷いてもらおうと思っていた。
それなのに、伊勢くんは自分じゃなくて私の心配を……どうしよう、嬉しすぎるっ。
私は頬の熱が熱くなっていくのを感じながら、それを隠すように両手で頬を覆った。
でも、これだと一つの作戦が空振りに終わってしまう。
伊勢くんがお尻に敷いたハンカチを持って帰って色々したかったけど、それはまたの機会にしようかな。
うん、まだまだチャンスはあるしね。
「伊勢くんが使ってくれないなら、しまっちゃおうかな」
「え? い、いや、宇都宮さんが使った方がいいでしょ」
「ううん。元々伊勢くんのために持ってきたものだし、しまっちゃう」
私はそう言って、伊勢くんに使ってもらおうと思っていたハンカチを一旦しまった。
それから、伊勢くんの隣に腰を下ろしてお弁当を開ける。
私のお弁当には色んなおかずの他に、伊勢くんの好物であるハンバーグが入っている。私のお弁当は少しでも伊勢くんに見てもらえるように、伊勢くんの好物が多く入っているのだ。
ちらっと伊勢くんのお弁当を見ると、伊勢くんのお弁当は栄養バランスの取れたお弁当だった。
冷凍食品を一切使っておらず、毎日飽きさせないようにお弁当のおかずが違う。
……とても中学生の女の子が作ってるお弁当とは思えない。
「伊勢くんのお弁当、今日も豪華だね」
「あー、うん。妹が結構張り切ってくれててね」
伊勢くんはそう言ってから、お弁当を食べ始めた。
どうやら、伊勢くんの好物を集めた私の弁当よりも、鈴鹿ちゃんが作ったお弁当の方が伊勢くんの心を射止めているらしい。
私は鈴鹿ちゃんが作ったおかずを覚えてから、思い出したように声を漏らす。
「そういえば、この前クラスの子が伊勢くんと女の子が二人でカラオケに入るの見たって言ってたけど本当?」
「ぶっ!」
伊勢くんは私の言葉を聞いて、飲もうとしていたペットボトルのお茶を噴き出した。
「伊勢くん、大丈夫?」
私が伊勢くんの背中を擦ると、伊勢くんは少しむせてから首を横にブンブンと振った。
「あ、あれはっ、男女でカラオケに入ることの意味を知らなかっただけというか、それにカラオケに行ったのは妹だからそういうんじゃないって」
「知らなった? え、そんなことあるの?」
「……ただ歌を歌うだけの場所だと思ってた」
伊勢くんは恥ずかしそうに私から目を逸らして、ぽろっとそう言った。
私はそんな伊勢くんを見て、思わず胸をきゅんとさせる。
伊勢くんっ、ピュアすぎるよ!
もちろん、昨日伊勢くんと鈴鹿ちゃんがカラオケに入っていくのはこの目で見ていた。初めは止めようかとも思ったが、家族でカラオケに入ってそう言うことはしないだろうと思って止めなかったのだ。
念のために、跡を追ってカラオケの個室を覗こうとしたのだが、覗いていることを店員さんにバレそうになって、上手く覗けなかったのだ。
だから心配だったけど、伊勢くんがカラオケがそうやって使われることを知らなかったとなると、そんな心配をしなくても大丈夫だろう。
鈴鹿ちゃんから伊勢くんを襲ったりない限りは……
「もしかしたら、妹とそういうことになったり、はしないよね?」
私は鈴鹿ちゃんが伊勢くんにべったりだったことを思い出し、控えめにそんなことを聞いてみた。
すると、伊勢くんは手を横にブンブンと振った。
「いやいや、妹とはないって」
「そ、そうだよね。なに聞いてるんだろ、私ってば!」
私が笑って誤魔化すと、伊勢くんも釣られて私と同じように笑っていた。
あれ、私と同じようにってことは、何かを誤魔化してる?
私がそんなことを考えていると、伊勢くんはパッと視線を私のお弁当に向けた。
「えっと、う、宇都宮さんのお弁当もおいしそうだよね。自分で作ってるんだっけ?」
「うん。今日のお弁当は特にうまくできたんだ。でも、感想を聞かせてくれる人がいなくて困ってるんだよね」
私はお弁当のことを聞かれて、いつか話を振られたときにと用意していたセルフを口にする。
私は何度もシミュレーションしていたはずなのに、やけに緊張して棒読みになってしまった。
それから、私は手を付けていないハンバーグを箸で小さく切って、上目遣いで伊勢くんを見る。
「少しでいいからさ、食べて感想もらえるかな?」
「え? い、いいの?」
「うん。伊勢くんに食べて欲しいなって」
私がそう言うと、伊勢くんは数度頷いてくれた。
「お、俺でよければ喜んで」
私が伊勢くんの弁当に小さく切ったハンバーグを置くと、伊勢くんはハンバーグを箸で持って少し感動しているようだった。
そんなに見た目がいいハンバーグという訳ではないんだけど、期待してくれるのは嬉しい。
「おお、身内以外で女の子が作った弁当だ」
それから、伊勢くんは小さな声で何かを言ってから、私のハンバーグを口に運んだ。
「うまっ……あ、美味しいよ、宇都宮さん」
伊勢くんは小さく言葉を漏らしてから、私にもはっきりと聞こえるようにそう言った。
私は思わず漏れたような伊勢くんの言葉に、小さくガッツポーズをしていた。
「ほ、本当? よかった! 本当によかったぁ」
私は安心と嬉しさで、思わず泣きそうになってしまっていた。
私はもともと料理なんて興味がなかった。
伊勢くんと出会ってから、いつか伊勢くんに自分の作った料理を美味しいと言ってもらいたいと思うようになって、料理の練習を人一倍したのだ。
数年にわたる努力が報われた。そう思と、微かに自分の瞳が潤んでいくのを感じた。
私は伊勢くんに心配されないように、笑って涙を誤魔化す。
それから、伊勢くんをちらっと見ると、口元にハンバーグのソースがついていた。
もしも、伊勢くんの彼女になったら、口についたソースを指の先で取ってあげたりするんだろうか?
そして、その拭き取ったソースを……
「い、伊勢くん。ちょっと動かないで」
「宇都宮さん?」
私は何かに突き動かされるように、ハンカチを片手に伊勢くんにぐっと近づいていた。
「動かないでね」
「え、え?」
伊勢くんは私に近づかれて、驚いて固まってしまっていた。
それから近づくにつれて恥ずかしそうにしているのが可愛らしく、私はハンカチではなく唇でソースを拭ってしまおうかと本気で考えこむ。
いや、だめだって! それだと、伊勢くんを守るはずが私が襲っちゃってることになるし。
私はなんとか自制心を利かせて、ハンカチで優しく伊勢くんの口についたソースを拭う。
ハンカチ越しに触った伊勢くんの唇は柔らかく、ずっとそのまま触れていたいと思ってしまった。
いやいや、だめだって! これ以上は触り過ぎだから!
私はそう考えて、伊勢くんの唇からハンカチ越しに触っていた指を離して元の位置に座り直した。
「うん。もう大丈夫。少しソースがついちゃったみたいだから拭かせてもらったの」
「え? あ、ああ、そういうことか。あ、ありがとう」
すると、伊勢くんは顔を真っ赤にさせて照れてしまっていた。
私はあまりにも初心なその反応にまた胸をキュッとさせられる。
「ううん。こちらこそーーじゃなくて、気にしないで」
私は胸をドキドキさせながら、ハンカチを畳んでしまおうとする。すると、伊勢くんが慌てたように口を開いた。
「あ、待って待って。ちょっと、ハンカチ貸して」
「え、な、なんで?」
私はこのハンカチの使い道がバレてしまったのかと思い、ピシッと固まってしまう。すると、その隙に伊勢くんは私が持っているハンカチを取ってしまった。
「あっ、伊勢くん?」
「さすがに俺の口で汚したハンカチだし、洗って返すよ」
「え゛」
「え?」
「「……」」
それから、少しの沈黙があってから私は首を横にブンブンッと振る。
「う、ううん。なんでもない。そんなこと気にしなくていいってば。だから、ハンカチ返して欲しいな」
私は冷静を装いながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
絶対に洗わないし、それジップロックに入れて保存するし、むしろそのまま返してくれないと悪いくらいだし。
しかし、伊勢くんは折れることなくハンカチをポケットにしまってしまった。
「いや、さすがに悪いって。ちゃんと明日には返すからさ」
「で、でもっ……でもぉ」
私はなんとか食い下がってみたが、結局伊勢くんは私にハンカチを返してくれることはなかった。
こうして、私のお昼休みはハンバーグを褒められて嬉しくなったり、伊勢くんの口を拭いたハンカチを没収されてしまったりして終わってしまった。
それでも、指の先に残る伊勢くんの唇の感触だけは中々忘れられずにいたのだった。
……ハンカチ越しに伊勢くんの唇に触れた指の先で、そっと自分の唇を撫でたのは絶対に秘密だ。
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