第12話 girlsサイド:我慢強い妹
私はお兄ちゃんと初めて入るカラオケに少し緊張していた。
男女二人でカラオケに入るというのは女の子の憧れでもある。
密室で声も外に聞こえにくく、BGMとしてカラオケの曲を大きめの音量で流せば声をかき消すことができる。少し激しく動いても痛くなさそうなソファーも設置されているのに安上がり。
そんな理由から、思春期の女の子があれこれ妄想するときの定番スポットでもあるのだ。
多分、そんな理由からお兄ちゃんのクラスの女子たちも親睦会の場所にカラオケを選んでいたと思う。
大勢で入れば歌を歌うだけだと思わせることができるし、実際にそうやって使われることの方が多い。
でも、男の子とカラオケに行くってなれば、ワンちゃんを狙う女子が必ず一定数いるのだ。
まさか初めてカラオケに入る相手が、お兄ちゃんだと思わなかった。お兄ちゃん、私が妹だからって少し気を許し過ぎな気がするけどーー
「なんかカラオケって久しぶりに入った気がするなぁ」
え?
すると、お兄ちゃんは何でもないようにそう言って、私の隣に腰かけた。それから、お兄ちゃんはカラオケのフードメニューを見てくつろいでいる様子だった。
なんか凄い慣れてるような気がするのは気のせい、だよね?
……まさか私が知らない所で女の子と?
「お、お兄ちゃん、誰かと来たことあるの?」
私が声を裏返しながら言うと、お兄ちゃんは目をぱちぱちとさせて私を見る。
「え? そりゃあーーあ。いや、前の世界の話は禁物か。えっと、なんていうか」
お兄ちゃんはしばらく考えこんだり、独り言漏らしたりしてから頷く。
「一人で来たことがあるんだよ」
「一人で⁉ お、男の子が一人でカラオケに来たの? え、もしかして、事故に遭う前?」
「え、まぁ、そうなるかな」
私は驚きのあまり大きな声を上げてしまった。しかし、お兄ちゃんはなぜ私が驚いているのか分らないといった感じできょとんとしている。
私はお兄ちゃんの両肩に手を置いて、お兄ちゃんをじっと見る。
「お兄ちゃん、そういう危ないことはしちゃダメだって」
「危ない? まぁ、確かに子供が一人で来るのは少し危険か」
「そうじゃなくて、カラオケだよ? 大きくなっても一人で来るのは危険だよ」
私がお兄ちゃんの方を揺らして言い聞かせようとするが、お兄ちゃんはまだきょとんとしている。
「そ、そんなに心配することかな? カラオケって、ただ歌を歌うところだろ?」
「お兄ちゃん。それ本気で言ってるの?」
「本気でって……他に何があるんだよ?」
お兄ちゃんに純粋すぎる真っ直ぐな目で見られてしまい、私は一瞬言葉に詰まる。
そうだった。お兄ちゃんはちょうど思春期の時期に意識不明の重体だったから、性とかに関する知識が抜けてるんだ。
だから、お兄ちゃんはピュアすぎるんだ。
それなら、私が色々と教えてあげないとだよね。私がいない時にお兄ちゃんに悪い女の人が近づいてきても、ちゃんと追い払えるように。
色々、いろいろ……お兄ちゃんと、お兄ちゃんを色々っ!
私はその色々を考えてしまい、息を荒くしてしまっていた。
「鈴鹿?」
私の様子が違うことに気づいたのか、お兄ちゃんは不思議そうに首を傾げていた。その
純情過ぎる表情を前に、私の奥にある何かがぐっと私の背中を押した気がした。
私は曲を入れる機械をパパッといじって、BGM代わりの曲を入れる。
「……もしも、クラスの親睦会で女の子とカラオケに行ったらどうなってたか教えてあげる」
私はそう言ってから、お兄ちゃんのすぐ近くん座り直した。脚と脚が触れ合うほどの距離でぴったりと体をつけると、お兄ちゃんは体をぴくんっとさせた。
「す、鈴鹿、なんか近くないか?」
「お兄ちゃん。カラオケの曲はね、こうやってBGMとして使うの声が外に漏れないようにね」
「音が外に漏れないように? う、歌うためじゃなくてか?」
お兄ちゃんはまだ私がしようとしていることに気づいていないらしく、そんなことを言っていた。
私は荒くなっていく息をそのままに、勢いよくお兄ちゃんを押し倒した。
「すず、か?」
「お兄ちゃん。カラオケって危険な場所なんだよ」
私は体が熱くなっていくのを感じながら、お兄ちゃんの左胸あたりにそっと右の手のひらを置く。
それから、私は厚くなった胸板に触れてお兄ちゃんをじっと見つめる。
「いくらお兄ちゃんが体を鍛えてても、こうやって不意を突いたら女の子に押し倒されちゃうんだよ」
「お、お、押し倒してって」
お兄ちゃんは自分の置かれている状況をようやく理解したらしく、目に見えて慌てだした。
……お兄ちゃん、可愛い。
私はお兄ちゃんが逃げられないように跨って、動けないようにお尻をお兄ちゃんの上に置く。
クラスの親睦会なんかに行ったら、お兄ちゃんはこんな目に遭っていたかもしれない。可能性はゼロじゃないはず。
押し倒されて、めちゃくちゃにされてーーあれ? 押し倒したってことは、めちゃくちゃにしてもいいんだよね?
純粋なお兄ちゃんを私の色に染めていいんだよね?
本当に、めちゃくちゃにーー。
私はそこまで考えてから、ハッとしてお兄ちゃんの制服に伸ばした手を止めた。
クラスメイトとカラオケに行ったらこうなるって言っておきながら、私が手を出したら、私が危険な女の人だと思われてしまう。
そうなったら、せっかく嘘を吐いて掴み取った安全な身内という立ち位置を失っちゃう?
「え、えっと、鈴鹿?」
私がそう考えていると、お兄ちゃんが緊張した様子で私を見つめていた。
私は慌ててお兄ちゃんの上から下りると、大きく咳ばらいを一つした。
「と、とにかく、カラオケはこうやって使われることがあるの。だから、私以外の女の子と来たらダメだから、危険すぎるからね」
「お、おう。わかった。そ、そういうことだったのか、危険を知らせるために迫真の演技をしてくれたのか」
「あ、当たり前でしょ、本気で襲ったりなんかしないよ……私は妹なんだからさ」
私はなんとか誤魔化してお兄ちゃんに笑みを向ける。
とりあえず、今は我慢しないと。
いくら退院してきたお兄ちゃんが無防備で、私相手にドギマギしているのが可愛くて、不意に見せる男らしさがかっこよくて惹かれていても。
お兄ちゃんが我慢できなくなって、私を押し倒してくるその日までは。
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