第10話 girlsサイド:とある少女の策略
4月9日 7時53分。
伊勢くんは鈴鹿ちゃんと一緒に家を出る。昨日よりも1分40秒遅いみたい。
それから電車に乗って、高校の最寄り駅で降りる。二人は手を繋いで仲良く通学路を歩いていた。
同じクラスの女子二人が伊勢くんと鈴鹿ちゃんを確認。驚きとショックで数秒間動かなくなる。
「わかる。私も事情を知らなかったら、そんな反応しちゃうもの」
私は数度頷いてから、二人を見失わないように追いかけ直す。
二人が校門前で分かれたのを確認後、私は何食わぬ顔で昇降口に急いで伊勢くんに声を掛けるのだった。
「伊勢くん、おはようっ」
私が伊勢くんに手を振って挨拶をすると、伊勢くんは大袈裟なくらい嬉しそうな笑みを浮かべてきた。
「宇都宮さん。お、おはよう」
女子から挨拶なんて無視する一定数いる。軽く返事をするだけでも優しいと言われるくらいだ。
それなのに、ちゃんと私の顔を見て挨拶を返してくれるなんてっ。
私は不意にカウンターをうたれて、顔を赤くしてしまった。
ダメだって、元々伊勢くんはみんなに対して優しい子なんだから、勘違いしちゃっ。私は心の中で自分にそう言ってから、伊勢くんに視線を戻す。
「伊勢くん。そんなに嬉しそうに挨拶返されたら、勘違いされちゃうかもしれないから気をつけた方がいいかもよ?」
「か、勘違い?」
きっと、伊勢くんのことを知らないクラスメイトがさっきの挨拶をされたら、もしかしたら自分に気があるのかもと思われてしまう。
そうならないためにも、ここで釘を刺しておかないと。
伊勢くんは少し考えてから、真剣な顔で頷いた。
「分かった。気をつけようと思う」
「うん、その方がいいと思う。誤解を生んじゃうからね」
どうやら、伊勢くんは私の言いたいとに気づいたみたいだ。
伊勢くんは入学して二日目で、女子たちから清楚系美男子とか言われる人気者だ。だから、少しでも勘違いされるようなことを減らして、変な女子が近づいてこないようにしないと。
……これ以上、伊勢くんにトラウマを植え付けるような女の子を近づけさせないためにも、私が伊勢くんを守らないと。
私が強く心の中でそう誓っていると、伊勢くんが教室の扉を開けた。
「えっと、みんな。お、おはよう」
そして、なぜか女子慣れしていない初心な笑みをクラスメイトに向けたのだ。クラスメイトたちのときめく音が聞こえてきそうなくらい、みんな一瞬女の子の顔をしてしまっていた。
それから、すぐに教室がわっと盛り上がった。
「おはよう! 伊勢くん!」
「伊勢くん、おはよう! おはよう、おはよう!」
「おはようございます、伊勢くん。はぁ、夜を知らなそうな無垢な笑顔がぐっとくるのですぅ」
ず、ずるい、私もそっち側でさっきの笑みを向けて欲しい!
じゃなくて、なんで気をつけるって言った側からこんなことになるの!?
私が隣で頭を抱えていると、奥羽さんが伊勢くんのもとに駆けよってきた。
「おはよう、伊勢くん。あの、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「聞きたいこと?」
私は何を聞こうとしているのだろうかと首を傾げる。すると、奥羽さんは意を決したように顔を上げた。
「その、昨日偶然伊勢くんと制服を着た女の子が仲良さげに歩いているのを見ちゃって……あの人って、伊勢くんの彼女だったりする?」
「昨日一緒にいた女の子? あっ」
「いや、あれは、なんていうか」
伊勢くんは奥羽さんの言葉に答えづらそうにしていた。
そうだよね。せっかく鈴鹿ちゃんが頑張って恋人に見えるように色々してくれているのに、簡単に否定することはできないよね。
伊勢くんが退院してから、二人はどこかに出かけるときは必ず手を繋いでいた。二人の生活をこっそり覗いたりしない限り、二人が兄妹だってことは分からないと思う。
私は困っている伊勢くんを助けるために、奥羽さんの方にぽんっと手を置く。
「奥羽さん。伊勢くん困ってるみたいよ」
「で、でもっ」
奥羽さんは伊勢くんに気があるようで、食い下がろうとしていた。
まぁ、奥羽さん以外も伊勢くんを狙っている子たちは多いと思う。むしろ、狙わない理由がないしね。
……そうなってくると、私がしっかりしないとだよね。
私は私たちの会話に聞き入っているクラスメイトたちをちらっと見てから、残念そうに眉尻を下げる。
「実は、昨日私も校門前でその子に会ったの。伊勢くん、彼女のことをとても大切な人って言っていたわ」
「彼女……大切な人」
私がそう言うと、奥羽さんは言葉の意味に気づいたのか少しだけ黙ってしまった。
他のクラスメイトに目を向けると、奥羽さんと同じようにショックを受けているみたいだ。
それから、私は伊勢くんをにパッと見る。
「昨日そう言っていたわよね、伊勢くん?」
「え、まぁ、そうは言ったんだけど、そのー」
「ね、それだけ聞けばもう十分じゃない? 伊勢くんの口から言いづらいんだと思うわ」
私は何か言いかけた伊勢くんの言葉を遮って、奥羽さんの背中を優しく撫でた。
すると、奥羽さんは眉尻を下げて頷く。
「そうだよね。伊勢くん、だもんね。うん、分かった」
奥羽さんは納得したようにそう言うと、伊勢くんに笑みを見せて自分の席に戻っていった。
私は悲しそうな背中に少しの罪悪感を覚えつつ、クラスメイトたちをちらっと見る。すると、他のクラスメイトたちも心なしかシュンっとしていた。
……とりあえず、クラスでの安全は確保されたかな?
私がそう考えていると、伊勢くんが私を見てほっとした顔をする。
「えっと、ありがとう。宇都宮さん。事態を収拾してくれて」
「ううん。これぐらい何ともないわ。またいつでも頼ってね、伊勢くん」
私は伊勢くんに感謝をされたことが嬉しくて、屈託のない笑み絵を浮かべた。
こんなことでもお礼を言ってくれるなんて、伊勢くんってやっぱり優しい。
これからも、伊勢くんが女の子に傷つけられないように守っていくからね。
私は心にそう強く誓うのだった。
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