前哨戦
「帰るわよ。無駄に汗かいちゃったから、もう一回シャワー浴びて、とっとと寝るわ」
言いつつ、元女神は踵を返す。
よかった。この女性を『暴行犯として突き出す』とか言い出して、ポイント稼ぎ変更とかにならなくて。
元女神が負けるとは思えないが、余計なトラブルはごめんだ。ここで恨みを買って、一人の時に闇討ちとかされたら詰む。
とりあえず誘拐犯は自業自得だからいいとして、誘拐されたはずの女性(だと思う)に危害が加えられた様子はないようなので、オレの罪悪感も払拭されて安堵する。
「まて」
と、安心したのも束の間。女性がこちらを呼び止める。
……いいよぉ……口封じとか言わなくてもさぁ……
「これを見てただで帰れると思っているのか?」
嫌な予感的中。
女性は手にした財布をハンドバッグへ入れつつ、大股でこちらへ向かって歩み寄ってくる。
見た目に反して粗暴で言葉遣いも少々荒いが、声質はおっとりお姉さん柔らか系で、道を踏み外していなければ声だけで人を癒せて、それだけでお金を稼げそうなものだが。
そして詩音からは策略的な威圧感を覚えたが、こちらの女性からは口より先に手が出るタイプ、直線的、暴力的威圧感をが伝わってくる。
オレにはそんな気配を感じ取ることができる能力がある、というわけではないのだが、なんとなくそう感じる。
詩音の場合は長年の勘というのも働くが、目の前の女性は完全に拳を固く握っているので、もう見た目で丸わかり状態だ。
「ははーん。気前がいいわね。
ただで帰すつもりはない、ってことは、私が帰るための交通費をもらえるわけね」
元女神はそんな威圧感に怯むことはなく、むしろ余裕の表情で女性を煽る。
オレの攻撃を無防備状態で受けときながら、よくそんな余裕を見せられるな。もしかすると女性の拳はフェイントで、別の搦め手があるとか考えてほしい。
万が一にも元女神がやられたら今度はオレの番で、間違いなく周囲の男たちと同様に、地面とキスする羽目になる。
取られれるものは二百円しかなく、元女神が言うにはこの世界では価値がないものらしいがので、被害は殴られるだけ。
まぁ殴られたくなんかないわな……がんばれ元女神。今だけ応援する。
「そうだ。
ただし、お前が帰るための交通費は救助隊の負担になるがな」
女性は元女神の煽りに不敵な笑みを浮かべつつ答え、その歩みを止めない。
「そんなことになったら私の寝床まで遠回りになっちゃうでしょ。病院はここからちょっと離れてるんだし。
それよりも、あなたは今夜の宿代を心配する必要はないわ。あなたはこれから豚箱にぶち込まれるもの。
あ、宿代はここにいる全員から支払ってもらうから問題ないわ。幸いなことに、あんたのバッグに全部入っているようだから、回収の手間も省けるしね」
売り言葉に買い言葉。
元女神もニタリと笑いつつ、暴力的な発言で返す。
……まさかそのお金を自分の懐にいれるわけないよなぁ? 元、とはいえ女神だもんなぁ。返済のあてにはしないよなぁ?
……こいつなら絶対やりそう……




