ヒノ・ヒナタ(かわいい)
「……ん」
「あ、目が覚めましたか?」
かわいい。
意識を取り戻し、最初に視界に入った女性の姿を見た感想がそれだ。
小柄で幼さの残る顔立ち、身長なりのよく言えばスレンダーな身体に栗色のセミロング。
二つほど年下に見えるその容姿はまさにオレの理想であり、姉系とは逆をいく妹系美少女。
とはいえ、白のブラウスにグレーのスカートを着用し、首から身分証のようなものをぶら下げて机に向かって何か作業しているところを見ると、年上のお姉さんでここの職員なのだろう。
目が覚めたら詩音が顔をのぞいていた、という現実に戻ることはできなかったが、この人に出会えたことはそんなことはどうでもよくなる。
しかし、自分に都合よく考えるのはよくない。
彼氏がいるかもしれないし、指輪ははめていないようだが結婚しているかもしれないし、詩音以上に性格が悪い可能性だってあるし、男性に興味がないかもしれない。
そんなネガティブな思考が脳裏をよぎるが、それでも生まれて初めて理想の女性に出会えたのだから、まずは冷静に、そしえ嫌悪感を抱かせないよう努めなければならない。
まずは状況確認から。
意識を取り戻した場所はぶっ飛ばされた会議室ではなくソファーの上なので、誰かがここに運んでくれたのだろう。
「あの、ここは?」
「ここは夜間受付です」
この建物に入ってすぐ右手側のブラインドが降りていた部屋か。となると、既に夜なのか?
確認するために窓へ視線を移すと、ブラインドが降りていても外が暗そうなので、少なくとも陽は沈んでいる時間帯だということはわかる。
「お話を聞いてビックリしました。
会議室で派手な姉弟喧嘩になってしまって、お姉さんに気絶させられたそうですね。
さすがのアイリさん。弟さんにも容赦ありませんね」
「……弟……」
こんなわけのわからん世界でも弟扱いなのかよ……異世界ならオレのことを優しく『お兄ちゃん』と呼んでくれる妹(血は繋がっていない)がいてもいいのに……
オレをこんな不遇な状況に置いたの誰だよ? 例のごとく神様が間違ったのか? って、そういえば女神を自称していた悪魔がいたっけ。
……やっぱりあいつの責任か……もう女神とは思っていないけど。
姿が見えないので、もしかするとオレに借金を押し付けた後、どこか遠くへ逃げたのかもしれないが、一応確認はしてみるか。いや、その前に。
「そういえば、オレってどのくらい気絶していましたか?」
行先を聞く前に、この人ととのお話をもうちょっと楽しみたい。
「んー……私は夜勤なので聞いただけなのですが、八時間ほどでしょうか」
「……そんなに……」
驚くべき時間経過、と言いたいところだが、午後九時過ぎからパシられていたと考えると、普通に睡魔が襲ってきて眠っていただけなのかもしれない。
「それと、喧嘩の影響で会議室のドアを壊してしまったようなので、アイリさんはまた支部長に怒られた上に『修理費を上乗せしておく』と言わてへこんでいたそうです」
「え……」
それを聞いて慌てて借金が記載されたカードを見てみると、どういう仕組みかわからないが、確かに先ほど見た三億に加えて、ドアの修理費らしき数字が上乗せされている。
「また、って言ってましたけど、しょっちゅう怒られているんですか?」
オレの中であいつは悪魔確定。あの素行で周囲にだいぶ迷惑をかけた上に、器物破損とこかで借金を背負わされたのだろう。
「あ、いえ……そんなことはありませんよ……はは……」
彼女の困ったよう表情から出される乾いた笑いがアレの所業を物語り、やはりあの悪魔はオレに借金を背負わせる単に召喚したんだ、という疑念が強くなる。
しかし逃げられたとなると、この現状を現実と受け入れて、これからどうやって生活するのか真剣に考えなければならない。
それにはまずこの世界を知ることだが、この女性にストレートで聞くわけにもいかない。
唐突に『ここどこですか?』みたいな質問をすると、怪しまれる以前に記憶障害として病院に運ばれてしまうかもしれない。
それと『実は異世界人でした』などと告白した日には、それはそれで大問題になりそう。
やっぱりあの悪魔を探して、問い詰めるしかないか。
「その人に迷惑ばかりかける悪魔がどこに行ったのか知りませんか?」
おっと、つい本音が。これでは伝わらないな。
「えと……アイリさんのことでしたら居酒屋に行くと言っていたので、近くの『酒呑』というお店にいるかもしれません」
伝わるんかい!! あの悪魔、どれだけ人に迷惑をかければ周知の存在になるんだよ……
「その居酒屋ってどこにありますか?」
「この建物を出て、左手側を道沿いに十分ほど歩いていると赤いお店が見えるので、そこが酒呑です」
「わかりました。ありがとうございます」
さっそくその居酒屋へ向かう……の前に、
「もしかすると悪魔がらみでまたお世話になるかもしれないので、お名前を教えてもらってもいいですか?」
自然な流れて聞くことができていると思うが……さて……
「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。
私はヒノ。ヒノ・ヒナタと言います。
これからよろしくお願いしますね」
今更だが、日本語ではないが日本語っぽい言葉を理解でき、オレは普通にしゃべっているのはずなのに通用している。
それにこの女性、ヒノさんの名前も日本人っぽい。
まぁそれはどうでもよく、ヒノさんのように明るい感じのこの人にはとてもよく似合う名前だ。
「オレはキリサキ・コウキといいます。これからよろしくお願いします。
しれでは、オレは悪魔と話を付けてくるんで」
あの悪魔のことは忘れ、荒んだオレの心を癒すためにヒノさんとずっとお喋りしていたいが、仕事の邪魔になるだろうからまずは悪魔ときっちり話をつけることにする。
名残惜しいが、ヒノさんとのお話は今日はここまで。
「はい。あ、私がその呼び名で気づいたことは秘密にしておいてくださいね」
言いつつヒノさんは微笑み、右手の人差し指を口元に当てて、秘密なポーズをとる。
これはかわいさ限界突破。
「わかりました。絶対に言いませんので。それでは」
好感度を下げないために秘密厳守。
後ろ髪を引かれつつも一礼し、夜間受付から外へ出る。




