霧崎家長女『詩音』という姉
時刻は午後九時を少し過ぎたところ。
「ん」
風呂から上がって二回の自室に戻ってくると、姉、霧崎詩音がベッドに腰かけ、多分オレのスマートフォンを眺めていた。
この詩音という姉、友人曰く『女神が現世に降りてきたかのような美しさ。寝るときはきっとスケスケのネグリジェを着用し、その色香は弟を惑わせるレベル』らしい。
しかし残念なことに、この詩音という姉はその妄想から酷くかけ離れた存在であり、寝る時の服装はネグリジェどころか、Tシャツ(オレのものを勝手に使用)に短パン。
さらにはスタイル維持には関心を持っていないようで、就寝時用、いわゆるナイトブラも着用していない……という会話を詩音とその友人がしていたのをたまたま聞いたことがある。
それに、全ての姉弟がそうだとは思わないが、少なくともオレは詩音という姉に惑わされたことは一度もない。それが例え詩音の風呂上りや着替え中に出くわしてもだ。
そんなことが起きるのは漫画の世界だけ。フィクションだフィクション。
ただ、女神のような美しさ、という点は認めざるを得ない。
弟のオレから見ても……失礼な言い方になるかもしれないが……美人と呼ばれる女性と比べても一線を画していると思う。
とはいえ、ウチはただの一般家庭で詩音はその長女でしかなく『いいとこのお嬢様』を想像されても的外れなだけだ。
本人も芸能界や玉の輿には全く興味がないようで『いいとこのお嬢様』になるつもりはないらしい。
まぁその性格は面倒くさがりで全てにおいて雑。なのでお嬢様とは程遠い。
そのため容姿以外の女神要素は一切ないが、それでも友人の夢は壊さないように、友人の戯言には乾いた笑いを返しておいた。
それはさておき、普段用事がある時は必ず隣の自室から壁ドン、あるいはスマホのメッセージで呼び寄せる、オレだけに適用される『詩音システム』という迷惑行為を行うはずなのだが、今回は自分からオレの部屋に来ている。
そんな信じ難い光景を目の当たりにして、部屋を間違えたか? と、一般家庭の家ではありえないことが起きたと思い部屋を見渡すも、やはり間違いなくオレの部屋。
そしてあり得ない光景の中でも、弟のものとはいえ、いや、弟のものだからこそ勝手にオレのスマートフォンを操作するという、常日頃から暴虐行為を目の当たりにして、目の前の現実を受け入れる。
それが霧崎家長女『詩音』という女性。オレがこの世で最も苦手とする女性でもある。