分類不能者同士の出会い
アカシック・セフィロト軌道上。
宙域監視衛星群が夜のような静けさの中を巡る。
隔離区画〈E-03〉。
そこは、分類不能者──ミズキが三か月前から収容されている場所だった。
観察室の白い壁。
寝台と机、照明と換気以外、何もない。
ミズキは、端末の光をぼんやりと眺めていた。
数字の羅列、脳波のグラフ、思考テストのログ。
彼はそれらを解析しながら、軽くため息をつく。
「……どんなに測定しても、“俺”を理解するつもりはないらしいな。」
この時代の科学は、あまりに徹底していた。
すべての人間は、生まれた瞬間からアカシック登録網に記録され、
個体の存在そのものがデータで定義されている。
だが、自分はその“定義”の外側にいる。
生体信号も、遺伝コードも、既存のどのパターンにも一致しない。
(……科学万能の時代、か。
けど、万能って言うなら、俺を説明してみろよ。)
皮肉を浮かべつつも、ミズキの手は動いていた。
この隔離室で与えられた唯一の娯楽──科学データへの限定アクセス。
彼はそれを使い、連邦の量子理論やP.S.I.研究の論文を読み漁っていた。
「……“超能力”か。」
彼にとって、これらの知識は刺激であり、同時に退屈だった。
科学の限界を見抜いてしまう頭脳と、
そこに干渉できない立場──。
そんなとき、扉の外から通信音が響いた。
【被験体N/A-01、移送準備を開始します】
「移送?」
数秒後、兵士二名に護送され、ミズキは廊下を歩かされる。
移送先は、同施設の別区画。
理由の説明はない。
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白い部屋。
中央にひとりの女性が立っていた。
その姿を見た瞬間──ミズキの心臓が跳ねた。
「……花園……花蓮……?」
彼女はゆっくりと振り向いた。
柔らかな髪、記憶と同じ顔。
だが、その瞳だけが違っていた。
底知れぬ静けさと、何か“神秘的な深み”をたたえていた。
「……あなたが、火雷 水木ね。」
彼女は、懐かしさを感じさせる微笑を浮かべる。
だが、ミズキの心に刺さるのは“違和感”だった。
(花蓮……のはずだ。けど、あの軽い調子も、あの笑い方もない。
まるで別人……いや、別の何かのようだ。)
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天井スピーカーから、AIの無機質な声が流れる。
【実験プロトコルN/A-融合試験開始。】
床に淡い光の輪が浮かび、二人を包み込む。
観測室のガラス越しに、研究員たちが忙しく動き回っている。
「君たちは同じ“分類不能者”として発見された。
お互いの生体場を干渉させ、P.S.I.波との相関を計測する。」
「おいおい、まるで動物実験だな。」
AIの声が淡々と続く。
ミズキが息をついた瞬間、
花蓮が──いや、彼女の中に宿るイシュタルが、
かすかにミズキの方を見た。
「……怖い?」
「いいや。……むしろ、懐かしい。」
彼女の目が一瞬だけ揺れた。
光の輪が収束を始める。
それと同時に、空間が歪み始めた。
ミズキの体内で、青白い光が脈打つ。
花蓮の周囲には、金色の粒子が舞い始める。
「な、なんだ……これは……!」
【警告:未知のエネルギー反応発生!】
【P.S.I.波ではありません!】
【空間安定装置が共鳴中!】
観測AIが悲鳴を上げる。
重力が一瞬反転し、壁が軋んだ。
その瞬間、ミズキは本能的に手を伸ばした。
花蓮の腕を掴む──。
光が爆ぜた。
空間の歪みが止まり、粒子が静まる。
モニターの針が、ぴたりとゼロに戻る。
室内は沈黙した。
二人は、まだ互いの手を握っていた。
イシュタルはゆっくりと視線を上げる。
「……やっぱり、あなたは特別ね。」
「何の話だ。」
「あなたの“理”は、まだこの世界に飲み込まれていない。」
「……どういう意味だ、それ。」
イシュタルは微笑んだが、それ以上は答えなかった。
(――今、正体を明かすわけにはいかない。
この世界の理が、彼を再び呑み込む前に……)
観測室。
研究員たちは騒然としていた。
「どうなった?」
「説明不能。P.S.I.理論外のエネルギー相互安定化現象……」
「分類不能コード、再評価を。両者に“共鳴属性”を追加。」
「名称は?」
「……“N/A-Resonance”。」
査察官は静かに呟いた。
「……未知の共鳴、か。科学の外に、まだ“秩序”があるとはな。」
実験後。
花蓮は隔離室に戻され、無言で座っていた。
ミズキの表情が脳裏に残っている。
(……彼は、あの時のまま。
純粋で、真っ直ぐで……)
彼女は小さく息を吐いた。
(でも、私は“女神”として彼に会うことはできない。
私は今、“花園 花蓮”として在る。)
窓の外、遠い星がまたたく。
イシュタルの瞳に、かすかな光が宿った。
「……ミズキ。
あなたが“理”を取り戻すその時まで、
私はこの名で、あなたの隣にいる。」




