もう一人の分類不能者
──青い光が、二つ、交差した。
ひとつはミズキを包み、
もうひとつは、女神イシュタルを飲み込んだ。
時空の裂け目の中で、イシュタルは“誰か”の魂と衝突する。
それは、砕けかけた意識の断片。
かすかに名前だけが、残響のように響いた。
> 『……はなぞの……かれん……』
その声が消えるより早く、イシュタルは本能的にその魂を抱きとめる。
そして、二つの存在は一つの肉体に落ちた──。
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ワープ事故から三日後。
救助艦〈ノーザン・クロス〉医療区画。
収容された生存者の中に、一人の意識不明の女性がいた。
外傷は軽い。
しかし脳波パターンが通常の人類とは異なり、医療AIは診断不能を返した。
【患者識別コード:未登録】
【仮登録名:UNKNOWN-FEM-03】
【脳波構造:既知データと不一致】
「遺伝子照合も失敗です。」
「つまり、どこのコロニー出身かも不明……か。」
そう記録されたまま、彼女は“無名の生存者”として三か月間眠り続けた。
三か月後。
アカシック・セフィロト軌道上の医療ステーション「ヘリオス」。
静まり返った病室の中、モニターの光が微かに跳ねた。
【心拍再始動】
【脳波活動:再開】
「……っ、再反応! 医師を呼んで!」
看護師が駆け寄る。
白いシーツの上で、女性がゆっくりとまぶたを開いた。
「……ここは……」
焦点の合わない視線。
だが、その瞳に宿るのは花園花蓮のものではなかった。
それは、女神イシュタルの意識が宿った瞳だった。
(……ここは……あの“裂け目”の先。未来層……)
周囲を見回しながら、イシュタルは状況を把握していく。
“花蓮”の記憶は散逸し、断片すら残っていない。
この肉体はただの器となり、自分だけが意識を持って存在している。
(この世界は、神の名も、霊も、奇跡も失って久しい……)
だからこそ、今の自分は──ただの“人間”として在るしかない。
(……この身体の名は、花園 花蓮。
ならば私は、この名を名乗ろう。)
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翌日、アカシック連邦宇宙軍の査察官が病室を訪れた。
黒い制服、金色の徽章、そして冷たい視線。
「意識が戻ったそうだな、UNKNOWN-FEM-03。」
「……その呼び方は、好きじゃないわ。」
彼女は静かに微笑んだ。
「では、名前を教えてくれ。」
わずかな沈黙のあと、彼女は答えた。
「……花園 花蓮。」
査察官が端末を操作する。
すぐに冷たい電子音が返った。
【該当データなし】
【遺伝情報:登録外個体】
「……また、登録外か。」
「“また”?」
「三か月前にも同じようなケースがあった。
火雷 水木──男だ。君と同じく、遺伝情報がどのデータにも該当しない。」
イシュタルの瞳が、かすかに揺れた。
しかし表情は変えない。
査察官は続けた。
「あなたの脳波にも異常がある。P.S.I.波とは異質の、未知の変動だ。
連邦ではこうした個体を“分類不能者(N/A)”として扱う。」
「……分類不能者。」
イシュタルはゆっくりとその言葉を繰り返した。
(科学がすべてを定義できると思っている……それが、この時代の傲慢。)
「この世界では、“測れない存在”は、存在しないものとされるのね。」
「皮肉だが、その通りだ。」
査察官は立ち上がり、淡々と告げた。
「君にはしばらくの観察と隔離措置が取られる。
君が何者であれ、連邦にとっては未知のリスクだからな。」
「理解しました。」
イシュタル──“花園 花蓮”は穏やかに頷いた。
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監視室。
ホログラムに二人のデータが並ぶ。
【登録名:火雷 水木】
【登録名:花園 花蓮】
【遺伝情報:なし】
【存在記録:なし】
【脳波構造:分類不能】
若い技官が呟いた。
「奇妙ですね、査察官。全人類データベースに存在しない人間が二人も出るなんて。」
査察官は端末を閉じる。
「……偶然だろう。
事故によるデータ損失、あるいは外宇宙由来の遺伝異常体かもしれん。」
「ですが、同時期に現れたとなると……」
「“偶然”という言葉の範囲で説明できるうちは、それでいい。
我々は神話を信じる時代にはいない。」
冷たく言い捨て、査察官は部屋を出て行った。
病室の窓辺で、イシュタルは遠い星々を見つめていた。
「……火雷 水木。あなたも、この世界にいるのね。」
その声はかすかに震えていた。
彼女は、もはや女神ではない。
ただ、花園花蓮という名を持つ、一人の“分類不能な存在”にすぎなかった。
しかしその瞳の奥には、消えぬ光が宿っていた。
それは、神がまだ世界を見捨てていない証。




