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万古闘乱ー新生への手向けー  作者: 骨皮 ガーリック
1/5

1話 脱獄

万古闘乱の前日譚です。

 吸血鬼きゅうけつき

 いつ、どこで、どのようにして生まれたのか、誰も知らない。

 人間社会に溶け込み、昼夜問わず人を襲う。

 だれが言ったか吸血鬼きゅうけつき


 吸血鬼きゅうけつきにとって人間は家畜である。好きな時に血を吸い、中には殺してしまうこともしばしば。

 吸血鬼きゅうけつきには理性があり知性もある。

 その根本にある生物としての本能は何か。なんのために血を吸うのか。


 吸血鬼に血を吸われることで人間も吸血鬼になってしまうことがある。

 吸血鬼になる条件は非童貞が血を吸われることだ。童貞が血を吸われても吸血鬼になることは無い。


 そして吸血鬼になり損ねた者を腐鬼ふきと呼ぶ。腐鬼ふきは主となった吸血鬼の命令に従って動く。そこに理性も心も存在しない。


 そんな吸血鬼達が好き放題やってるのかと言うとそうでも無い。

 吸血鬼に対抗可能な人間が存在する。


 聖童師せいどうし

 童貞の中でも才能のある者だけが聖なる力、吸血鬼を倒すことができる力を持つ。


 聖童師せいどうしが表の世界に名を残すことは無い。そのほとんどが、裏の世界で生き、裏の世界で死ぬ。殉職じゅんしょく率が非常に高い職業と言えるだろう。



 1000年以上前から存在を確認されている吸血鬼きゅうけつき聖童師せいどうし、両者の争いは今もなお、続いている。




 富士の樹海 万寿監獄まんじゅかんごく、管制室。

「ちょっ!どうなってるんですか!!所長!!」

「し、知らん!俺に聞くな!」

 二人の男が言い争っている。

 眼鏡をかけた制服の青年とムキムキマッチョで制服を着たおじさん。

 壁に映し出されたモニターに映る三つの部屋にあるはずの人影が無い。


「どうしてあの三体が居ないんですか!」

「だから知らんと言ってるだろ!」

「知らんで済むかボケェ!」

 所長に対する暴言はこれだけでは終わらない。

「ぼ、ボケとはなんだ!所長に向かって!!」

「知るかボケェ!さっさと緊急システム作動させろや!こんな時でも置物かぁ!いや、こんな時でも置物だなぁ!」

 部下と思われる人物はこれでもかと日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのように怒鳴り散らす。


「ば、バカにするのも大概にしろぉ!

 き、緊急システム作動!ポチッとな」

 部下に言われるとおり、所長は右手を上げてから振り下ろし、大きな赤いボタンを人差し指でそっと押し込む。

「ブーッ!ブーッ!ブーッ!ブーッ!」


 監獄内に響き渡る警報音。監獄内にいる者ならばこの音を聞いただけで非常事態が起きたことを容易に悟るだろう。

 あまりの大きさに顔をしかめる二人。

 所長は監獄内の部下に命令を出す。

『脱獄だあ!全員持ち場に着けぇ!アリ一匹足りとも外に出すなよ!出した者には処罰を与える!死ぬ気で守れ!!所長命令だ!』

 マイクに唾を撒き散らしながら言い放つ。

「あんた仮にも所長だろ!部下を脅してどうすんだよ!ほんと何してんだ。

 もういい!あんたはここから動くな!

 クソったれぇ」

 もう呆れを通り越して何も言う気になれない部下。


「元々そのつもりだ!」

 どっかりと椅子に座り直す所長。

「たくよぉ。オーラだけはいっちょ前だなぁ!オーラだけは。椅子に座る姿が様になりすぎてんだよぉ!お飾りの所長が到底出せるオーラじゃねぇよ。なんだよもぉ!!」

 そう。ガタイも一般人から逸脱いつだつしている。そして顔にも複数の傷跡があり、どんな修羅場を超えてきたのか想像できない。

 制服を筋肉が押し上げて今にもはち切れそうだ。目深に被った帽子から覗く双眸そうぼうは見るものに恐怖を与えんばかりの鋭さを持っている。

 どっかりと椅子に座って脚を組む姿は到底愚図ぐずに出せるオーラじゃない。


「何をしてる!お前も早く行かないか!」

「わかってるよ!

『俺もすぐに出口に向かう!戦闘はなるべく避けて時間を稼ぐように!いいな!』」


 ウィーン。

 その時管制室の扉を開けて入ってきたのは、聖童師せいどうしなら誰もが知る大物だった。

 一人はその人物を見て、安心したのか肩の力が抜けた。

 一人はその人物を見て、緊張で身動きが取れなくなっていた。

「おう、原田はらだ。どうなってんだ?」

「ちょうどいい所に来たな、浄静司じょうせいじ

 大罪たいざいの三体が牢屋から出た。急いで捕まえろ。まだ万寿監獄の中に奴らはいる」

 浄静司じょうせいじ。本名を浄静司じょうせいじ 定俊さだとし五貞ごていに名を連ねる聖童師せいどうしを代表する人物だ。

 そんな人物にも物怖じせずに所長は命令を出す。

 部下は所長の態度に脳の処理が追いつかない。


「相変わらずな態度だな」

「しょ、所長!!頼み方ってものがっ!!」

「ふんっ!万寿監獄内では俺が法律だ。全て俺が正しい。文句あるか!」

「大丈夫だ、落ち着け。こいつは昔からこうだ。諦めた方がいい」

 長い付き合いなのか、浄静司じょうせいじは所長の態度を気にもとめない。

「はい!浄静司さんっ!」

 彼に憧れる者は少なくない。この部下もその一人だ。


「とりあえず三体に会わなきゃどうしようもねぇ。原田」

「なんだ?」

「この件が終わったら次はお前だからな?」

「何を馬鹿なことを。さっさと行けぇ!」

「はいはい。行くぞ」

「イエッサー!!」

 憧れの人と会話をしたことで、感極まった部下はそれは見事な敬礼を見せた。



 廊下を走る二人。

「それにしてもまずいですよね」

「ああ、かなりまずい。前よりもかなり酷くなってるな原田」

「そ、そっちですか!」

「あ?まぁ、三体の方は仕方ねぇだろ。十中八九外からの介入だろうからな。準備してなきゃ無理だろ。

 それに相手も相当準備してきたみたいだからな」

「え、それって」

 そこには建物の通路を無視して壁に開けられた大穴。その先は外まで繋がっていた。


「これは橋本はしもとの能力だ。万寿監獄に張られてる結界内であいつらが能力を使えるとなると既に結界は壊れてるな」

「橋本。傲慢ごうまんの橋本ですね。

 三十年前に浄静司さんが捕まえたんですよね」

「ああ。あん時は骨が折れたなぁ。

 確かあばら24本だったかな」

「全部じゃないですか!」

「おーっと、外に出ちまった。お前はここまでだ。後は俺たちに任せろ」

「はい!よろしくお願いします!

 ん?俺たち?」


「ほいっと、間に合ったか?」

「ピッタリだ」

「む!向ヶ先(むこうがさき)さん!」

 二人が外に出たタイミングで丁度到着した。

 向ヶ先(むこうがさき) 六助ろくすけ。この人物もまた五貞ごていに名を連ねる者だ。

「よう、懐かしいな中村なかむら。それと万寿監獄。

 うはー、なんだこの一直線の道」

 道無き道のはずの森を一直線にくり抜いたような道が出来上がっていた。

 地面はえぐれ、木々も抉られ倒されている。


「橋本だ」

「なるほどねー。誘ってんのか?」

「十中八九」

「ご、五貞が二人も」

「めんどくせぇなぁ。だが」

「そうだなぁ。だが」

「「戦いの匂い」」

満島みつしまぁ!」

「は!ここに」

 颯爽さっそうと現れたスーツ姿のあでやかな黒髪女性。

「ここの守りは任せた」

「御意。

 中村様。中に入りましょう。

 浄静司様、向ヶ先様…ご武運を」

「「おう!」」

「か、かっこいぃ」

 浄静司の付き人。満島みつしま 美咲みさき

 聖童師界ではかなりの人気を誇る美人聖童師だ。


 中村の持つサーモグラフィーメガネ越しに映る二人の背中は真っ赤に燃えていた。



 二人が森の中に入って取り残された満島と中村が二人になる。

「中村ぁ。さっさと豚箱に戻ってみじめたらしく膝抱えて閉じこもってな。あの豚と一緒に」

「は、はひぃぃ!」

 急に態度が一変し纏ってるオーラに圧を感じた。

 サーモグラフィーメガネ越しに映る満島の身体は氷のように冷えきっていた。

「か、カッコイィ!!」

「さっさと行きな」

「アイアイサー!!」

 満島には浄静司に隠してる裏の顔がある。

 脱兎のごとくその場からいなくなる中村は管制室に飛び込み所長の隣に座り込む。


「所長!」

「なんだ、戻ってきたのか」

「はい。満島様から大人しく豚箱で泣いてろとのお言葉を頂きました」

「そ、そうか。あいつに逆らうのは良くないな」

「はい」

「俺たち泣いてればいいんだよね?」

「はい」

 所長の体は徐々に熱を帯びていった。


 非常時につき、万寿監獄の法律は一時的に満島となる。




 抉り開かれた森を歩く二人。

「それにしても長いな、飛ぼうぜ」

「わかった。そんじゃ俺に捕ま━━━

 っバレたな。1kmくらい先か」

 飛ぼうとした矢先、敵の探知に引っかかる。

「ああ」

「飛ぶぞ」

「おう」

 よいしょ。と踏み出したその一歩で1kmもの距離を詰めた。


「やっと来たか!」

「私の探知に引っかかってから数秒でここまで来るとは、中々面白いですね。五貞のお二方」

「……」

 そこには三人の男。否。三体の吸血鬼がいた。

 髭を伸ばした猛進男。スーツで七三眼鏡敬語男。シャツを破りそうなほどの筋肉無口男。

「よお、大罪。覚悟ができたってことでいいんだよな?」

「覚悟?そんなもの必要ありません。準備が整ったので出てきただけですよ」

「つまり死ぬ準備が出来たってことか?」

「いえいえ。あなた達を殺す準備が出来たんです」

「おもしれぇ」

「やろうぜ」

 ヒートアップする両陣営。周囲の鳥たちが何かを感じて空の彼方へ飛び立つ。


「おやおや、お二人とも随分やる気に満ちてますね」

「当然だろ?俺たちの趣味は吸血鬼狩りだからな」

「それも特に強い奴らのな」

「良い!!さっさとやろうぜ浄静司!

 あの時の借りを返すぜ!」

「いいでしょう、傲慢。戦闘を許可します」

「言われなくても!

 こいつを殺したくて三十年、うずうずしてたんだ!」

「そんなのお互い様だぜ!」

 浄静司と傲慢の橋本との戦いが始まる。


「そんじゃ俺は嫉妬と色欲の相手か。

 さすがに疲れそうだ」

「よろしくどうぞ。向ヶ先さん」

「その丁寧な喋り方キッショいなぁ!無口野郎もまとめてぶっ飛ばす!」

「私、下品な喋り方をする人は大嫌いなんです」

「……」

 向ヶ先と嫉妬の棚橋たなはし、色欲の下柳しもやなぎとの戦いが始まる。



 長身で太陽の視線を独り占めする頭を持つ浄静司(じょうせいじ)

 同じく長身で最近の若者の流行を取り入れてツーブロックにしたが誰からもその話題をされなくて心に傷を負った向ヶ先(むこうがさき)


 伸び散らかした髭が逆にかっこいいんじゃないかって思い始めて、最近はもみあげと繋がりだして大人の魅力が出てきたと思ってる傲慢の橋本(はしもと)

 いつからか口調が変わって、丁寧キャラの称号を仲間内で獲得して慢心してるけど、最近オラオラ系にも手を出そうとしてる嫉妬の棚橋(たなはし)

 無口キャラの大変さにやり始めてから気づいて後悔し、饒舌な棚橋を羨んでる色欲の下柳(しもやなぎ)


 この五人の戦いが今始まる。




 平日昼間。東京都内のとある一室。


 男女二人がベッドの上で重なり合う。

「ねえ、もっかいしよ?」

「えー、もうクタクタだよ」

「いいじゃん…」

「もー、しょうがねぁ…「きゃーーー!!」」

「あ、あ、あ…け、けいさっぅ…ぅ」

 二人は死んだ。


「はぁあ、めんどくせぇなあ。

 わざわざこのタイミングを狙うとか、まじ倫理無いわ〜。

 まだまだ、ノルマ達成してないしちゃちゃっとやっちまうか……眷属化けんぞくか

 ベッドの上で重なるように倒れてる裸の二人は既に息をしていない。

 その二人に視線を向けることなく、アロハシャツの男は部屋を出た。


 ムクリ。

 動くはずがない二体の体が力なく起き上がり、何かコミュニケーションをとることも無く、その場に立ち尽くす。

「「うー、うー」」

 二体の口からはさっきまでは無かった二本の鋭い犬歯が顔を覗かせていた。


 夜になり、外が暗くなると二体はその建物から出て路地裏に入っていった。


 その日、東京では計三人の捜索願いが提出された。



 とある建物内。

「よーし、結構集まったんじゃねぇか?

 三日で三十体か。結構大きく動いちまったけど平気なのか?

 ま、命令されたからやっただけだけどな。

 そろそろ下っ端も卒業したいぜ」

 アロハシャツの男は拠点に戻って大部屋に入るとすぐにそこにいる者達に指示を出した。

「お前らはそのひつぎに誰も触れないようにしろ。

 ここに居る俺とお前ら以外のやつは敵だ。

 見つけ次第殺せ」

 アロハシャツの男は物欲しそうにおもむきのある棺を観る。貯金を考えると無駄遣いは出来ないなと落ち込む。


 その場にいる三十体全ての腐鬼ふきが棺を囲むようにして立ち尽くす。



 翌日。

「よう、久しぶりだな」

「おう、おひさー。

 最近めっちゃ忙しいんだよね」

「俺も」

「まじ?」


「やあやあ、お久しぶりです」

 部屋には三体の吸血鬼。アロハシャツの男に、チャラチャラとアクセサリーをつけた男と白髪スーツの老紳士。


「その事ですが、恐らく世代交代がもう時期始まりますよ」

「そうなんですか?」

「はい。私の情報によりますと色欲、強欲、嫉妬の御三方が聖童師の五貞ごてい達と戦うようです」

「さすがっすね」

「いえいえ、それほどでも。

 長生きしてるだけが取り柄ですので」

 老紳士は謙遜するように言う。


「でも勝てんですかね?」

「策があるからやってるんだろ?」

「はい。ただいま童帝どうていがカナダに飛び立ちました」

「「マジか!」」

「このタイミングに合わせて、日本の各地に吸血鬼と腐鬼ふきをばらまいていたので他の聖童師を分散させて五貞の何人かを目的の場所におびき出すと思われます」

「さすが」

「てことは俺たちの出世チャンスか?」

「ありえる!」

「長かったよなぁ。吸血鬼になって三年。上からの指示に従って動き回ってって」

「長ぇよな。俺たちをなんだと思ってんだってな」

「それな。三年は長ぇよ」

 盛り上がる二人の若い男を老紳士がそばで笑う。

「あっ、すみません」

「いや気にしないで結構ですよ。私に出世欲は無いので。三百年も生きてると色々変わりましたから。その間に諦めもつきました」

「でも、すごいっすよね。三百年も生きるなんて、そうそういないっすよね」

「ええまあ。表に出ることが少ないので戦う機会が少ないだけですよ。周りは好戦的な方が多いですからね」

「想像出来ないっすね。三百年は」

「細く長くよりも太く短くを他人にはおすすめします。性に会わないと地獄ですからね」

「やっぱそうっすよね」

「太く短く!」

「太く長くってどうっすか?」

「んー、恐らく厳しいでしょうね。太ければそれ相応に狙われますから。外からも内からも」

「うへー。味方とはやり合いたくないっすね」

 将来を考えた話で盛り上がる。


「あっ」

「どうしたんすか?」

「色欲、傲慢、嫉妬の御三方が動き出しました」

「まじか!いよいよだな」

「おう」


「思ったよりも遅かったですね。ようやくですか」

「ん?何か言ったっすか?」

「いいえ、何も」

「そっすか」

「てか俺たち生き残れっかな。隠れとこ」

「俺も俺も」

 これは脱獄当日の出来事。

 吸血鬼界の波乱は近い。

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