ヒロインの母親に物申してやりました。
「オルソン閣下。せっかく調整いただいたというのに、申し訳ありません」
次の日の朝、僕は部屋を訪れたオルソン大臣に、深々と頭を下げた。
もちろん、使節団のデハウバルズ王国への早期帰還を取りやめ、当初の予定どおり滞在することについて。
「ふむ……確かに犯人である給仕はあの場で死に、おそらく背後にいるであろう首謀者については、カペティエン王国も国を挙げて捜索するでしょう」
オルソン大臣は顎に手を当て、頷く。
ただし、『まあ、既に捕らえたも同然でしょうがね』との言葉を付け加えて。
「それって……」
「ひょっとして、殿下もお気づきでしたか?」
間違いない。オルソン大臣も、首謀者がジャンだと気づいている。
まあ……優秀でなければ、外務大臣を務めることなんてできないか。
「そういうことでしたら話が早い。ここは、あえて滞在することで、カペティエン王国との友好を本気で望んでいることをアピールし、サロモン陛下に恩を売ることにいたしましょう」
「あはは……」
というか、その口振りだと最初からそのつもりだったよね? とんだ狸おやじだよ。
でも、こんな優秀な人が『無能の悪童王子』である僕を担ごうと考えてくれたんだから、素直に喜ばないとね。もちろん、王位継承争いをする気はさらさらないんだけど。
ウィルフレッドを、次期国王の座に就かせない限りは。
「では私は、カペティエン側にその旨を伝えてまいります」
「はい。よろしくお願いします」
オルソン大臣が、笑顔で退室すると。
「モニカ、お願いできるかな?」
「お任せください」
モニカは恭しく一礼すると、同じく部屋から出て行った。
昨夜のうちにこのまま滞在することを決めた僕は、これからのことについてサンドラ、モニカ、キャスに説明した。
ジャンのクーデターを阻止するために、僕達がすべきことを。
幸いなことに、オルソン大臣は昨夜の一件の黒幕がジャンであることを見抜いているので、これから色々とお願いさせてもらうとしよう。
すると。
「ハル様、おはようございます」
オルソン大臣やモニカと入れ替わるように部屋にやって来たのは、もちろんサンドラだ。
おそらく、僕が大臣と話をしていることを知って、邪魔をしないように気遣ってタイミングを見計らってくれたんだろう。
「おはようございます。お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「あ……ふふ。いえ、私は少しも待ってはおりませんよ?」
僕が頭を下げて謝罪すると、サンドラは嬉しそうに僕の手を取った。
いやあ、僕の婚約者って最高じゃない? 最高だよ。
◇
「それで、今日はどうなさいますか?」
遅めの朝食を終え、サンドラがおもむろに尋ねる。
親善大使としての予定は、昨夜のこともあって全てキャンセルとなっているので、ありがたいことに何もすることがない。
なので。
「せっかくですから、リゼット殿下にお相手をしていただくことにしましょう。あの御方なら、僕達のために色々と楽しませようとしてくれるでしょうから」
「ふふ、そうですね」
そういうことで、僕とサンドラは食堂を出てリゼット殿下の部屋を訪ねることにした……んだけど。
「ハア……早く正直に言いなさい。昨夜のことは、お前の仕業なんでしょう?」
「わ、私は……」
部屋の前で豪奢な格好をした婦人……王妃の“ポーラ=ベアトリス=ド=カペティエン”に問い詰められ、いつもの悪女の姿は鳴りを潜め、うつむいて肩を震わせるリゼットがいた。
王妃の後ろには、心配そうに様子を窺っている、妹で第二王女のエリーヌの姿も。
どうやら、昨夜の事件の黒幕だと疑われているみたいだ。
『エンハザ』のリゼットのシナリオで、罪をなすりつけられたように。
「お前が名乗り出れば、ジャンの謹慎も解けるの。お前だって苦しむ兄の姿など、見たくないでしょう?」
「…………………………」
あーあ、王妃も無茶苦茶言ってるなあ。
どうしてリゼットが犯人だと名乗り出たら、ジャンの謹慎が解けるんだよ。ホストとしての不手際とは別の話だろうに。
とはいえ、他国の親善大使でしかない僕が家族間のいざこざに首を突っ込むのは、さすがに出しゃばりすぎだよね。
だから、さ。
「ポーラ妃殿下、さすがにそれはおかしいのではないでしょうか」
なんで僕は、こうやって後先考えずに首を突っ込んでいるんだよ。
本当に、呆れてしまうよね。
「……ハロルド殿下。これはカペティエン王国の……いえ、家族の問題です。口出しは無用ですよ?」
「そういうわけにはまいりません。リゼット殿下とお会いしてまだ一日ではありますが、僕達と彼女は、既に友人です。なら、友人が理不尽な目に遭っているのを、黙って見ているわけにはいきません」
ポーラ王妃が、しゃしゃり出てくるなとばかりに鋭い視線を向けるが、僕も一応はデハウバルズ王国の親善大使。なのに、その態度は失礼なんじゃないかな。
「ふう……ハロルド殿下はご存知ないでしょうが、恥ずかしながら私の娘は、『悪女』などと呼ばれているのです。この王宮でそのような真似をする者など、リゼットをおいて他にはおりません」
「それはどうでしょうか。少なくともリゼット殿下は、昨日は僕達のために大変な心配りをいただき、晩餐会でも常に気遣ってくださいました。もし殿下が犯人であれば、あの毒を見破った僕の侍女が、気づかないはずがありません」
息を吐き、なおもリゼットを首謀者に仕立て上げようとするポーラ王妃に、僕は反論する。
「そもそも、どうしてリゼット殿下が『悪女』なのでしょうか? 僕には、殿下がそのような御方だとは到底思えませんし、何より……大切な友人が、そのような誹謗中傷を受けるなど、我慢なりません」
「っ!?」
僕が鋭い視線を向けてそう告げると、ポーラ王妃が息を呑んだ。
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