結果は最推しの婚約者の圧勝でした。
「っ!? キャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」
瞬時に背後に回り込んでいたサンドラがすさまじい連撃を繰り出して、マリオンは吹き飛ばされ、訓練場の壁に叩きつけられた。
ちなみに、僕が目視で確認できたサンドラの攻撃の数は十六。あれ、メッチャ痛いんだよね。
「ふふ……そんな大層な武器まで持ち出して威勢のいいことを言っていたのに、他愛ないですね。これでは、練習にすらなりません」
それはもう見ているこっちが凍死しそうなほど恐ろしい笑みを浮かべ、サンドラはダメージで動けないマリオンのもとへ、一歩、また一歩と近づいていく。
「さあ、これは試合であり、あなたが武器を持ち出したことで真剣勝負でもあります。その結果、不慮の事故が起こって命を落としたとしても、仕方のないこと。そうでしょう?」
「っ!? ヒッ!?」
ようやく意識を取り戻したマリオンが、サンドラを見て軽く悲鳴を上げた。
あの笑顔であの台詞なのだから、恐怖でしかないよね。
でも、マリオンだってそのつもりで『戦斧スカイドライヴ』まで持ち出したんだから、抗議することもできない。
いや、むしろ木剣相手に無様な姿を晒してしまったんだ。仮に助かったとしても、今後、騎士としてはやっていけなくなるだろう。
何より、彼女は多くの騎士団長を輩出した、誇りあるシアラー家の末裔なのだから。
「せめて最後くらい、苦しまずに一撃で屠って差し上げます。そうですね……一応、『善戦した』と言っておいてあげますよ」
「あ……ああ……っ」
サンドラが腰を落とし、木剣の切っ先を怯えるマリオンへと向ける。
そして。
――ドオオオオオオオオオオオンッッッ!
「っ!?」
激しい衝突音ととともに、目を見開いて息を呑んだのは、サンドラ。
まあ、驚くのも無理はないよね。
だって。
「ふう……」
「ハル様……」
僕が、彼女のとどめの一撃を防いだから。
「……その者はあなた様を愚弄し、試合と称してこの私をも亡き者にしようとしました。なのに、どうして庇うのですか?」
サンドラが、鋭い視線を向ける。
「そんなの決まっていますよ。こんな女のために、君の手が汚れるのは見たくなかったから」
「あ……」
僕の言葉を理解した彼女は、衝撃で木っ端微塵になり柄だけとなった木剣を、ポイ、と投げ捨てると。
「わっ!?」
「ふふ……ありがとうございます。サンドラは、あなた様にこんなにも大切に想われて幸せです」
僕の胸に飛び込み、蕩けるような笑みで頬ずりをした。
なお、キャスはすぐに変身を解き、呆れ顔で僕の頭の上にいますとも。
「ですが、さすがはハル様ですね。私の一撃を、あっさりと受け止めてしまわれるのですから」
「い、いえいえ、剣の軌道が一直線でしたから、僕でも防ぐことができただけです」
「ご謙遜を。そこにいる凡百のような者には、到底不可能ですよ。やはり、あなた様はとても素晴らしい御方です」
「あ、あははー……」
サファイアの瞳をキラキラさせてそんなことを言われてしまい、僕は照れてしまうよ。
いや、メッチャ嬉しいんだけどね。
「ハロルド殿下、お嬢様。この者はいかがいたしますか?」
「あー……」
モニカに声をかけられて振り返ると、マリオンは放心状態になっていた。
ちょっと地面に黄色い水たまりができているような気がするけど、見なかったことにしよう。
僕は名残惜しくも、サンドラと離れてしゃがみ、マリオンを見据える。
「マリオン」
「ひ……っ」
「念のため聞くけど、どうしてサンドラとの立ち合いを望んだ。しかも、わざわざそんな武器まで用意して」
もちろん、これがウィルフレッドの差し金によるものであることは分かっている。
ただし、アイツが指示したわけじゃなく、おそらくはマリオンが忖度して勝手にやったんだろうけど。
でも、僕はあえて追求する。
コイツが二度と、こんな真似をしないようにするために。
「早く答えろ」
「ヒッ!? はは、はい! ……その……も、申し上げましたように、アレクサンドラ様の実力を、知るため……」
「誰が知りたがっているんだ? オマエか? それとも、ウィルフレッドか?」
「っ!? わ、私です! 私が知りたかったんです!」
ウィルフレッドの名前を出した途端、マリオンは慌てて平伏して自分だと主張する。
アイツを売ったらシアラー家の再興が完全に絶たれるから、さすがにそんなことはしないか。
サンドラの実力が知りたい……というのも事実かもしれないけど、本当の目的は、サンドラを消すことだろうし。
ただ、どうして彼女が狙われたのか、そこが気になる。
……といっても、コイツはその理由までは知らないか。
「ハア……今回は、オマエの真剣勝負の申し出をサンドラが受け入れ、こういう結果になったということで、これで終わりだ。ただし、武器を使用したオマエが木剣のサンドラに負けたという事実については、全て明らかにさせてもらうけどね」
「あ…………………………っ」
マリオンは目を見開くと、すぐに顔を伏せて肩を震わせる。
サンドラに圧倒的実力差で敗れたという事実によって、仮に今後、恥を忍んで騎士になれたとしても、この不名誉がずっとつきまとうことになるだろう。
シアラー家の再興と騎士を夢見たマリオンにとって、これ以上ない屈辱だ。
「……行きましょう」
「ハル様、少々お待ちください」
サンドラの手を取り、訓練場を出ようとした僕を、彼女が引き留めた。
「どうです? 手も足も出なかったあなたとは違い、ハル様は私の渾身の一撃を見切り、防がれました。これで、はっきりと理解したでしょう? 所詮あなたは、これまで蔑んできたハル様の足元にも及ばないことが」
「…………………………」
「では、ごきげんよう」
最後に強烈な言葉を残し、サンドラは僕の手を取って、ご機嫌でこの場を後にした。
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