偽りの噂、本当のあなた ※アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエ視点
■アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエ視点
「アレクサンドラ。実際に会ってみて嫌になったのであれば、遠慮なく言うんだぞ? 国王陛下の手前、一応は義理を果たしてやったが、婚約などいつでも解消できるのだからな」
ハロルド殿下との面会を終えて屋敷へと戻る馬車の中、お父様は何度も同じ言葉を繰り返します。
お父様がハロルド殿下との婚約に乗り気ではないことは、最初から分かっておりました。
それもそのはず。
このデハウバルズ王国において、『無能の悪童王子』と揶揄されるハロルド殿下の評判は、貴族であれば誰しもが知っておりますし、お父様は私に甘いところがございますので、そのような御方が婚約相手であることを許せないことなど、考えるまでもありません。
ですが。
「お父様、お忘れですか? ハロルド殿下との婚約は、この私が望んだこと。是非ともお受けしたいです」
「な……っ!? そ、そうか……お前がそう言うのなら、仕方あるまい……」
私の答えに、お父様は何か言いたげな表情を浮かべ身を乗り出したかと思うと、浮いた腰を椅子に乗せ、必死に取り繕われました。
普段は滅多に表情を崩されないお父様にしては、珍しく感情を露わにしています。
ですが……これでようやく、私の念願が叶います。
あの日からずっと想い続けていた、ハロルド殿下と添い遂げることができるのです。
「だが、ハロルド殿下もお前の夫となる以上、今までのような振る舞いでは困る。このことは、私から国王陛下にも特に念を押しておくこととしよう」
「はい」
つまり、今の振る舞いを続けるような御方だった場合は、この婚約を解消するように国王陛下から約束を取り付けるということですね。
ですが、その望みは叶わないと思いますよ?
だって……あの御方は約束してくださいましたから。
『三年……三年、僕に時間をください! その間に、僕は君に相応しい男になってみせます!』
王宮内の中庭で、ハロルド殿下が見せてくださったお姿。
とてもこの国の王子とは思えないような、自分よりも下の者に対して恥ずかしげもなく平伏し、懇願されました。
ふふ……本当に、飾らない性格のあの御方らしいですね。
だからこそ、私は分かりませんでした。
どうしてハロルド殿下が、これまで傍若無人な振る舞いをなさっていたのか……。
シュヴァリエ公爵家の情報網を使ってもその理由を知ることはできず、とにかく分かったのは、三年前のある日突然、お噂のようなお姿になってしまわれたということだけ。
ですが、あの御方が偽りの自分を演じなければいけないほどのことがあったのでしょうけど……私は、その理由をどうしても知りたい。
本当のハロルド殿下は、誰よりも優しく、誰よりも一生懸命に努力をなされる、世界一素敵な御方だということを知っているからこそ。
「アレクサンドラ?」
「あ……い、いえ、なんでもありません」
いけません。あの御方のことを考えていたため、お父様が訝しげな表情で私を見ています。
「コホン……とにかく、お前はシュヴァリエ公爵家の……私の大切な娘であることを忘れるな。向こうの出方によっては、相応の報いを受けさせることも、な」
「はい、存じ上げております」
お父様ったら、この様子では王国を相手取って戦争でも仕掛けそうな勢いですね。
お噂のような御方であればまだしも、あのハロルド殿下に不安になる要素など何一つありませんのに……。
「ハア……やはりあの時、意地を張らずに聡明と言われる“カーディス”殿下か“ラファエル”殿下との縁談を進めるべきだったか……」
「お父様。溜息を吐かれるのはよろしいですが、私の婚約者となられるハロルド殿下を差し置いて、お二人の殿下の名を出すのはおやめください」
「う……す、すまない……」
ハロルド殿下の兄君であらせられる、第一王子のカーディス殿下と第二王子のラファエル殿下。
カーディス殿下は、在学されている王立学院において素晴らしい成績を収めており、生徒会長としても大層ご活躍をされていると伺っております。
同じく在学中のラファエル殿下も、カーディス殿下に負けず劣らず優秀な成績を収めつつ、魔法に至っては普通の者なら一つの属性しか適性がないにもかかわらず、なんと三つもの属性の魔法を使えるとのこと。これは異例中の異例です。
王国内ではどちらの王子が次の王になるのかと、水面下では既に激しい王位継承争いが繰り広げられているとか。
「……ですが、お父様も“ウィルフレッド”殿下のことは、何もおっしゃらないのですね」
「当然だ。もし国王陛下がアレクサンドラを彼の婚約者にと望んでも、それだけは絶対に阻止しただろう。それこそ、反乱を起こしてでもな」
――第四王子、“ウィルフレッド=ウェル=デハウバルズ”。
デハウバルズ王国の歴史において最も卑しく、最も惨めな『穢れた王子』。
出自を考えれば、王国の最大貴族であるシュヴァリエ公爵家が、絶対に認めるわけにはいかない存在。
……そうでなくても、あのような最低の屑となんて、この身が裂けても絶対にお断りですが。
「ご安心ください。私がハロルド殿下以外の御方を婚約者にと望むことなど、たとえ世界が滅んだとしてもあり得ません」
「……それはそれで、気に入らないがね」
お父様ったら、機嫌を悪くされて顔を背けてしまわれました。
そのおかげで、屋敷に到着するまで愛しの御方を想うことができて満足です。
私は少しずつ遠ざかる王宮を車窓から眺め、念願が叶った喜びとハロルド殿下のこれからの努力への期待に、高鳴る胸をそっと押さえた。
――かつてあの御方からいただいた、竜の刺繍入りのハンカチを、そっと握りしめて。
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