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唇を奪われてしまいました。

「うん。エイバル王を打倒し、もし周囲が僕を推そうとしてきたら、その時は……一緒に逃げてくれる?」


 『エンゲージ・ハザード』のバッドエンドさえ回避してしまえば、僕が望むのはこの最推しのモブヒロインであり、最愛の妻との穏やかな生活。

 なら、別にこんなところに留まる必要もない。誰も知らないような辺境の地で、一生を過ごすのも悪くない。


「その場合、僕はただの平民になっちゃうだろうし、生活だって贅沢な暮らしは全然できないから、君に苦労をかけること……むぐっ!?」

「ふ……ん……んふ……っ」


 なんと、飛び込んできたサンドラに、思いきり唇を奪われてしまった。

 これ、前世を含めて初めてのキスなんだけど。


 というか、いい匂いがするし、唇がメッチャ柔らかいし、心臓はバクバクとうるさいし、頭は絶賛混乱中だし。


「ぶあ……っ。ハル様とご一緒するのに、苦労なんて言葉はありません。あるのは最上の幸福と安らぎだけです」


 唇を離し、サンドラがささやく。

 いつの間にか真紅に変わった瞳から、大粒の涙を(こぼ)して。


「私の幸せは、ハル様の隣にだけあるんです。身分や場所、貧しさなど何の障害になりましょうか」

「そ、そっか……」


 サンドラならそう言ってくれることは分かっていたけど、それでも、僕は彼女にそういったことを強いることになるんだ。

 なら、はっきりと伝えておかないといけないし、彼女の意思だって確認しておかないと……って!?


「はむ……ん……ちゅ……っ」


 僕はまた、サンドラに強引に唇を奪われる。

 でも、さすがにやられっぱなしというわけにはいかないよね。


 だから。


「っ!? ん……ふ……」


 お返しとばかりに、僕もサンドラの唇を求めた。

 初めてだしこれで正解なのか分からないけど、前世の漫画だったりエロゲだったり、そういうので学んだ知識をフル活用させてもらったから大丈夫……なはず。


「ふ……ハル様からこんなにも求められて、私は天にも昇る心地です」

「そ、それならよかったよ」


 唇を離したサンドラが、頬に手を当て恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。

 そんな彼女が美しくて、妖艶で、蠱惑(こわく)的で、僕は目が離せなくなっていた。


 だというのに。


「「「じー……」」」


 ……草むらの陰に、ヘーゼルと黄金の双眸、それに黒と赤が輝いているんですけど。

 つまり、そういうことだよね?


「ハル様……ハル様…………………………え?」


 なおも唇を求めようとするサンドラを僕は手で制止し、草むらへと指差した。


「……構いません。むしろ三人には見せつけるべきかと」

「い、いやいや。お願いだからやめようね?」


 僕は見せつけプレイなんて求めてないんだよ。

 こういうことは、二人っきりの時だけにしたい。


 すると。


「ハア……ハロルド殿下はヘタレですね。私達の視線ごときで、おやめになられるとは……」

「ア、アハハー……ボクはやめようって止めたんだけどね」

「お二人の行為は、映像として記録いたしました。いつでも視聴が可能です」


 溜息を吐くモニカと苦笑いを浮かべながらも顔が真っ赤のキャス、それにライラがとんでもないことを言いやがったよ。恥ずかしくてもうお婿に行けない。


「と、ところで、三人はいつから……?」

「ハロルド殿下が『ひょっとして、眠れないの?』と、お嬢様にお声がけをされた時からですね」

「最初からじゃないか」


 ええー……少なくともキャスには気づかれてなかったはずなのに……。


「あ、キャスさんは私が起こしました」

「余計な事をしないでくれる!?」


 チクショウ、僕の専属侍女は無駄に気が利きすぎる。

 それにキャスはまだ子供なんだから、ゆっくり寝させてあげないと。


「それよりも」


 急にモニカが姿勢を正し、真剣な表情で僕を見つめた。

 そんな彼女に、僕は思わずたじろいでしまう。


「な、何かな……?」

「先程お嬢様におっしゃられた言葉……『エイバル王を打倒し、もし周囲が僕を推そうとしてきたら、その時は……一緒に逃げてくれる?』。そこには、私達は含まれておりますでしょうか?」

「え……?」


 胸に手を当て、身を乗り出すモニカ。

 で、でも、僕は無一文になっちゃうし、とてもモニカを雇うことなんてできない……んだけど。


「その……君は、来てくれるの……?」

「もちろんです。私はハロルド殿下のたった一人の専属侍女。あなた様から離れるという選択肢はございません。それに、世間知らずのお嬢様の面倒が見れるのも、このモニカしかおりませんので」


 僕がおずおずと尋ねると、モニカはヘーゼルの瞳を輝かせ、最後はいたずらっぽく答えた。

 そ、そっか……君は、落ちぶれた僕だとしても一緒にいてくれるんだね……。


「あ、もちろん、給金は出世払いで結構ですよ。ハロルド殿下のことですから、すぐに大金持ちになっていそうですし」

「あ、あははー……」


 そんなことを言われたら、頑張るしかないじゃないか。

 それに前世の知識を活かしてチートするのもラノベあるあるだし、ちょっと真剣に考えよう。サンドラとの新婚生活だってあるからね。


「もちろんボクは、ずっとハルと一緒だからね!」

「あはは、当然だよ。キャスは、僕のたった一人だけの相棒(・・)なんだから」


 本当は、全て終わったらキャスの故郷であるモーン島に送り届けようと思っていたんだけどなあ……。

 でも、相棒がそう言ってくれるなら、僕は絶対に手放さないよ。


「私はきっとマスターのお役に立ちます。なので廃品回収だけはどうかお許しください」

「いやいや、そんなことするつもりはないから」


 綺麗な土下座を見せるライラ。

 というか、僕がいなかったら何をしでかすか分からない不安で一杯だよ。これは一緒に連れて行く以外の選択肢はないね。


 本当に。


「……みんな、ありがとう……っ」


 僕はみんなの優しさが、一緒にいたいと言ってくれたことが嬉しくて、涙を(こら)えることができなかった。

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