専属侍女の継母と妹まで敵のスパイでした。
「ううー……もう食べられないよお……」
テーブルの上で仰向けになるキャスが、満足そうに呟く。
子猫のくせに、中年の大人くらいお腹が出ているよ。
「だけどこのお店は当たりだったね。出てくる料理は全部美味しかった」
「はい」
お腹が空いていたってこともあるけど、それを差し引いても海の幸が新鮮で本当に美味しかったよ。
おかげでキャスほどではないにせよ、僕もお腹が出ているし。
「それにしても……確かにモニカの母君が敵のスパイだったかもしれないけど、それでも、夫婦として連れ添っていたというのに、既に部下と関係を持っていたなんて……最低だね」
「ハル様のおっしゃるとおりです」
僕の言葉に同調し、サンドラが瞳を真紅に変化させて憤る。
ヤンデレのサンドラからすれば、絶対に受け入れられないだろうなあ。僕は絶対にそんなことしないぞ。
「もうマーゴもサラも、どうでもいいではないですか」
珍しくモニカが眉根を寄せ、吐き捨てるように言った。
確かにこんな話、モニカからすれば聞きたくもないか。
「ハル様、そろそろ行きましょう」
「そうだね」
席を立ち、僕達は食堂を出た。
できれば野宿は避けたいので、次の街に着くためには少し急がないと……って。
「……ハロルド殿下、右奥の建物の屋根から何者かがこちらを見ております」
僕を引き寄せ、モニカが耳打ちする。
こんなところで僕達を狙ってくる……? ということは、エイバル王かユリの差し金ってことかな。
「いかがいたしますか?」
「向こうから手を出してくれば相手をしてもいいけど、それまでは放っておこう」
そもそも僕は『エンハザ』の噛ませ犬役なんだ。物語どおり進めようと思ったら、僕に手出しをするわけにはいかない。
もしそうするなら、それは主人公……オーウェンがいる時だ。
そう思っていたんだけど。
「っ!? 来ます!」
「何考えてるの!?」
街の出口に差し掛かったところで、背後から複数のナイフが僕達に向かってくる。
僕は『漆黒盾キャスパリーグ』を展開し、ナイフを全て弾いた。
「ハロルド殿下、敵の数は全部で六人のようです」
「へえ……舐められてるね」
こちらの人数は敵の半分以下かもしれないけど、一騎当千のサンドラとモニカがいるんだ。
それに僕だって、防御に関しては誰にも負けない。高々六人程度じゃ、僕達にかすり傷を負わせることもできないよ。
「じゃあ、さっさと終わらせてしまおう」
「「はい」」
その一言で、サンドラとモニカが飛び出す。
白装束を身に纏い覆面をした連中が姿を現し、二人を迎え撃つ。
だけど。
「ふふ、他愛もない」
「まったくです。これでは話になりません」
「「っ!?」」
瞬く間に四人の敵を倒し、サンドラとモニカが余裕の表情を浮かべる。
一方で、あまりの実力差に慄く敵二人。よく考えれば白装束なんて、自殺行為アピールだろうか。ちょっとシュール。
「それで……これはどういうことか教えていただきましょうか。マーゴ、サラ」
「な……っ!?」
モニカの言葉に、敵の二人はおろか僕まで驚いてしまった。
つまりモニカの実の母と同様、あの二人も敵のスパイだった……ってこと? いやいや、ちゃんと素性は念入りに調べたって話じゃなかったの? チェック体制がザルすぎる。
「うるさいわね。少し腕が立つからって、調子に……っ!?」
「調子に乗っているのはサラ、あなたでしょう? いいから答えなさい」
いつの間にかサラの背後に回っていたモニカが、首筋にダガーナイフを突きつける。
母親が違うとはいえ、血の繋がった二人だ。できれば姉妹で殺し合いなんて……って、僕が言える立場にはないか。
僕はあのウィルフレッドと、そんなやり取りをしてきたんだから。
「こ、こんな真似をして済むと思っているの! 私達には、エイ……ッ!?」
「っ!?」
サラが何かを言おうとした瞬間、その眉間にどこからともなく飛んできたナイフが突き刺さった。
「ハア……暗殺者でありながら依頼主の素性を明かそうとするとは……なんて愚かな」
盛大に溜息を吐き、黒のタキシードを着た一人の初老の男が現れた。
僕は、この男を知っている。
「……ストーン辺境伯家の執事、だったかな?」
「お見知りおきいただき、ありがとうございます。改めまして、私はストーン辺境伯家に仕えておりますカスパーと申します」
胸に手を当て、深々とお辞儀をするカスパー。
なるほど……ユリの実家であるストーン家の執事なら、僕達を襲撃しても不思議じゃない。
だけど。
「どうして僕達……いや、僕を狙った。万が一のことがあったら、物語を続けることができなくなってしまう。それは主を裏切ることになるんじゃないか?」
「ご心配には及びません。既に代わりをご用意しておりますので」
カスパーは顔を上げ、口の端を吊り上げた。
なるほど。僕もウィルフレッドと同じようにするというわけだね。そんなことだろうと思ったよ。
「残念だけど、そう易々と殺されるわけにはいかないね。それに……僕の『大切なもの』にまで手を出そうとしたんだ。オマエは絶対に許さない」
「それは失礼しました。ですが、ハロルド殿下だけではなく、そのお二人も邪魔ですので」
カスパーが両手を広げた瞬間、二本のナイフがサンドラとモニカに襲いかかる。
二人は冷静にそのナイフを躱し……っ!?
「サンドラ! モニカ!」
「「っ!?」」
正面から向かっていたはずのナイフが、なぜか一瞬で背後から迫っていた。
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