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想像以上に重い、専属侍女の過去でした。

 ご存知のとおり、私はアシュトン家の長女として生を受けた時から、シュヴァリエ家に仕える者として、暗殺者としての道を歩むことが決められておりました。


 物心つく頃から父と母に暗殺術を叩きこまれ、毎日死に物狂いで必死に訓練を重ねてきました。

 その日々は想像を絶するもので、今から思えばよく耐えられたものだと自分でも感心するほどです。


 でも。


『フン……そうでなくては困る。所詮アシュトン家はシュヴァリエ家の駒。であれば、少しでも役に立たねば』

『っ!? あなた!』


 父は私のことを道具(・・)としか見ておらず、母はそのことにいつも(いきどお)りを感じていました。

 でも、母の言葉なんて一つも受け入れられることもなく、私と母は日々つらい思いをしました。


 だからです。私はとにかく、強くなるためにこれまで以上に励みました。

 早く強くなって、母と一緒にこんな家から出ていくために。


 八歳を迎えたある日のこと、私は父に連れられてある任務に就きました。これが私の初任務です。

 私は緊張と不安でいっぱいでしたが、この任務を果たせばひょっとしたら一人前の諜報員として認められ、実家を出ることができるかもしれない。


 そして……私は初めて、人を殺しました。


『よくやった』


 この時初めて、父は私のことを褒めてくれたんです。

 でも、それからしばらくの間、私は自分の手についた血が取れなくて、皮が擦り剥けるまで手を洗い続けていたことを覚えています。


 血なんて、とっくに取れているのに。


 それからも与えられた任務を着実にこなし、一年もすれば敵の死に対して何も思わなくなりました。

 そう……私は諜報員として、より理想に近づいたと言えると思います。


 だけど。


『ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?』


 ダガーナイフのたった一突きによって、私の全てが壊れてしまった。

 生温かい、母の返り血を浴びて。


 後で知りましたが、母は敵性勢力のスパイだったんです。

 父と結婚してから、シュヴァリエ家に永遠の忠誠を誓っていたはずなのに。


 私は敵を倒したつもりが、実の母を殺していたんですよ。


 そんな私に、父は再び『よくやった』と褒めてくださいましたが、意味が分かりませんでした。

 母を殺したのに、どうして褒めるのか、と。


 この時から、私は夜になると屋敷の中で独り(ひざ)を抱えて震えていました。

 母を殺した罪に押し潰されそうになり、何度も死のうと考えたこともあります。


 でも、今まで以上に任務を受け、敵を殺し続けました。

 母の血で汚れた手を、敵の血で塗り潰して消してしまうために


 もう、この時には壊れていたのだと、今ならはっきりと分かります。


 父はそんな私の神経を逆撫でするかのように、新たに妻を迎えました。

 そうです。マーゴは元々父の部下で、既にこの時には七歳のサラがいたんです。


 ええ。つまり、父とマーゴは母が健在だった頃から男女の仲だったということですよ。


 そんな折、父から新たな任務が与えられました。

 それは、シュヴァリエ公爵家長女、アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエの専属侍女として仕えること。


 元々アシュトン家はシュヴァリエ家の()なのですから、主君に仕えるのは当然です。

 父もまた、お館様……シュヴァリエ公爵閣下の侍従長としてお(そば)でお仕えしておりますので。


 そして……私はお嬢様と出逢いました。


 最初はただ専属侍女としての任務をこなすだけで、まるでただの人形(・・)に過ぎなかったと思います。

 でも、お嬢様に触れるにつれ……いいえ、違いますね。お嬢様が(つがい)をお見つけになられ、それまでの引っ込み思案だった性格が、ヤンデレ……ゲフンゲフン。とにかく前向きになられ、私もこのままではいけないと思うようになりました。


 お嬢様がハロルド殿下と(つがい)になるために血の滲むような努力をされ、【竜の寵愛】を制御できるようになられて、ようやく婚約までこぎつけられたのです。


 ずっとお嬢様のお傍で努力されるその姿を見てきた私も、感無量でした。

 このままハロルド殿下と結ばれ、幸せになってほしい。その時までは、お嬢様にお仕えしよう……そう考えておりました。


 なのに。


「……お嬢様からハロルド殿下の専属侍女になるようにとの命を受け、今に至るというわけです」

「「「…………………………」」」


 モニカの過去、想像の斜め上で重かったよ。

 これはどう答えていいか、分からないな……というか、下手なこと答えられない。


「幻滅、なさいましたか?」

「え? どうして?」


 しまった。いつもの調子で返事してしまったよ。


「これまで私は、多くの人を殺めてきました。実の母でさえも。そのような者をお(そば)に置くことに、抵抗などはないのですか?」

「おかしなことを聞くね。僕がモニカに専属侍女としてずっといてほしいんだから、そういうことだよ」


 いけない。また僕は考えなしに答えているし。

 でも、そうやって自分から遠ざかろうとしたって無駄だよ。僕は主として、絶対に君を解雇してやらない。


「ふふ……残念でしたね。というより、ハル様がこういう御方だということは、あなたも分かっているでしょうに」

「はい。分かっていながら、尋ねてしまいました」


 クスリ、と笑うサンドラに、モニカがいつもの調子で答えた。

 なんだ。最初からその気はなかったんじゃないか。


「じゃ、モニカの話も聞いたことだし、そろそろ気合いを入れてお店を探そう。もうお腹がペコペコだよ」

「そうですね」

「わあい! 待ってました!」


 僕達は街の通りに馬車を停め、食堂を探す。


 すると。


「……私はあなた様にお仕えできて、本当によかった」

「あはは、ありがとう」


 そっとささやくモニカの言葉に、僕は笑顔で応えた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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【余命一年の公爵子息は、旅をしたい】
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