専属侍女の妹がハニトラを仕掛けてきました。
「ハロルド殿下……」
……どうして僕は、シースルーのナイトウェア姿のサラに迫られているんだろうか。
というか、勝手に僕の部屋に忍び込んでくるなんて、何を考えているのかなあ。
「と、とりあえず、離れてもらっていいかな?」
「あ……私はお気に召しませんか……?」
僕が軽く押し退けようとすると、サラは瞳に涙を湛え、上目遣いで覗き込む。うわあ、あざとい。
あれかな? 諜報員だからハニートラップの訓練も受けていたりするのかな?
「お気に召すとか召さないとか、そういうことじゃなんだよ」
「ですが、お姉様は殿下のお相手も満足に務めてはいませんよね? それでは殿下をお慰めすることもできず、苦しい思いをなされているのでは……」
いや、余計なお世話だよ。
僕はモニカにそんな役目を求めていないし、身体を売るような真似はしてほしくない。
「お姉様は確かに暗殺術にかけては優秀ですが、それだけです。ハロルド殿下にお仕えするまではずっとアレクサンドラ様の専属侍女でしたし、そのような訓練も拒否し続けていましたから……それでは、殿下が可哀想……っ」
目を伏せ、モニカを貶しつつ必死に訴えるサラ。
暗闇の中で光る黄金の瞳に向け、僕は必死に目配せした。いや、ちょっと落ち着いてよ。
「ハア……僕が可哀想?」
「はい! だって……私の目には、ハロルド殿下が孤独に見えます。私なら、そんな思いをさせたりはしないのに……」
ああ、もう駄目だ。
さっき落ち着けって目配せしたばかりなのに、僕のほうがキレそうだよ。
「キャス」
「うん!」
暗闇の中の黄金の瞳が、勢いよく僕の右肩に乗った。
まさかキャスが人の言葉を話すとは思わなかったんだろう。それを見たサラが目を見開く。
「何が目的か知らないけど、僕の『大切なもの』を侮辱するのはやめてくれないかな。不愉快だよ」
「な……っ」
「いいか? オマエがモニカの妹だから、勝手に忍び込んでも誰も呼ばずに我慢した。それは、サンドラの夫である僕にこんな真似をしたオマエのせいで、アシュトン家が主君を裏切ったとみなされることになるかもしれないからだ」
そう告げた瞬間、サラが息を呑んだ。
というか、そんなことも理解していないのか、この女は。
「今すぐここから去り、二度と僕の前に現れないと約束するなら不問にしてやる。……ああ、それと、僕の『大切なもの』であるモニカを侮辱してみろ。その時はただで済むとは思うな」
「……っ」
サラは唇を噛み、来た時と同じように窓から外へと出て行った。
「なんだよアイツ! 最低だよ!」
「本当だよ! 妹のくせに、モニカのこと何にも分かってないな!」
僕とキャスは、お互いに大声で憤る。
母親のマーゴ夫人も酷かったけど、妹のほうは輪をかけて最悪だ。
大体、シュヴァリエ家に仕えるアシュトン家なら、僕とサンドラが夫婦だってことは知っているだろうに。
もちろん、僕達が心から愛し合っていることも。
なのに、まさかのハニトラを仕掛けてくるなんて……。
「それでハル、どうするの? サンドラやモニカにアイツのことを話す?」
「いや、それはやめておこう。そんなことになれば、きっとアシュトン家自体が罰せられることになるだろうし、下手をすればモニカまで連帯責任を負うことになりかねない」
シュヴァリエ公爵達がそんな処分を下すとは思えないけど、貴族っていうのは誰か一人でも過ちを犯せば、家族全員が責任を追う。
そうすることで主君を裏切らないようにするとともに、後顧の憂いを取り除くためでもあるんだ。
「結局は未遂に終わったし、もし次に同じようなことをすれば、その時こそ自分達が終わってしまうことはさすがに理解しただろうから、今日のことは僕とキャスだけの秘密だよ」
僕は口を人差し指で塞ぎ、おどけてみせた。
何より、このことを二人が知ったら、絶対に血の雨が降る。モニカに悲しい思いをさせたくはない。
「えへへ、しょうがないなあ……ボクに感謝してよね」
「何言ってるんだよ。僕はいつだって、キャスに感謝してるよ」
嬉しそうにはにかむキャスに、思いっきり頬ずりをした。毛並みがすべすべで気持ちいい。
あんなことがあった後だけに、メッチャ癒される。
「さて……明日はちょっと早起きしないといけないから、そろそろ寝よう」
「うん!」
ということで、僕とキャスは仲良くベッドで眠ったよ。
「…………………………」
扉の向こうで、気配を消して佇む彼女に気づきもしないで。
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