夏休みは海に行くことになりました。
「ふあああああああああああああ!」
「っ!? な、なんだ!?」
今日の授業終了を告げる合図とともに、ロイドが突然叫び出した。
とうとうアイツ、女の子に相手にされなさすぎて壊れたのか?
「ど、どうしたロイド!?」
「どうしたもこうしたもあるか! ハル! お前は今日がどういう日なのか、分かってんのか?」
「どういう日って……」
意味が分からず、僕はサンドラ、モニカ、リリアナを見やるけど、彼女達も一様に首を傾げる。
「バッカ野郎ッッッ! 今日で前期授業が終わったんだろうがッッッ!」
「あー」
ものすごい勢いで詰め寄るロイドに対し、僕は気の抜けた返事を返した。
そういえば、去年の前期終了日も同じように叫んでいたなあ。すっかり忘れていたよ。
「つまりアレだよね? 『夏は女性が開放的になるから、新しい恋を始めるチャンス』とかなんとか」
「よく分かってるじゃねーか!」
我が意を得たりとばかりに、満面の笑みで僕と肩を組むロイド。
ただ……悪いな。僕は君の力にはなれない。
いや、僕と君では、住む世界が違うんだ。
「……ロイド様、それはどういう意味でしょうか?」
「ヒッ!?」
青の瞳を血塗られた赤に変え、サンドラはニタア、と口の端を持ち上げた。だよね。
だけど、『エンハザ』の本編が開始されてから、本当にサンドラは所構わず【竜の寵愛】を発動させているなあ。
「ほらほら、こんなことくらいでサンドラも怒らない」
「ハル様、ですが……」
「大体、僕はもう君と結婚しているんだよ? だったらそんな『新しい恋』なんて、必要ないよね」
「! そ、そうですね! おっしゃるとおりです!」
僕のその一言で、サンドラは元のサファイアの瞳に戻り、嬉しそうに頷く。
「そんなことより、今年の夏はどうやって過ごそうか? 君と僕が結婚して初めての夏を」
「ふあ……そ、そうでした。私とハル様の、二人だけの夏……」
サンドラが真っ赤になった頬に手を当て、クネクネと動いている。
可愛いけど、多分『二人だけの夏』は無理だと思うよ。
だって。
「そうですね。ハロルド殿下とお嬢様、そして私の熱い夏が今、幕を開けます」
「ボクも! ボクもいるからね!」
眼鏡をクイ、と持ち上げるモニカと、可愛らしく前脚を上げてアピールするキャス。
ほらね。こうなることは最初から分かっていたよ。
「……モニカ。特別に一か月の休暇を差し上げます。たまには実家のアシュトン家に顔を出してはいかがですか?」
「申し訳ございません、お嬢様。私の主君は、既にハロルド殿下となっております。残念ながらお嬢様に、そのような権限はありませんので」
「あら……私はハル様の妻ですよ? なら、私に仕えているといっても同義ではなくて?」
「何度も申し上げますが、私の主はハロルド殿下。全ては殿下に委ねます」
こんな光景も見慣れたけど、相変わらず二人ともじゃれ合うのが好きだなあ。
といっても、モニカは揶揄って楽しんでいるだけなんだけど。
「でも、サンドラが言ったように君の実家に顔を出さなくても大丈夫なの? その……僕のお世話をしてくれているせいで、一度も休暇を取ってないよね?」
この三年間、ずっと傍にいてくれたモニカ。
色々なことがあったとはいえ、これじゃブラック企業も真っ青だよ。雇用主として反省しないと。
「休暇など必要ありません。このモニカ=アシュトン、休暇をいただいてもハロルド殿下のお傍にいるため無駄ですので」
「そ、そう……」
いや、休暇中まで僕のお世話をしてどうするんだよ。
その……嬉しいけどね。
「ですが、あなたがシュヴァリエ家に仕えてから、もう十年以上。一度も実家に帰っていないのでは?」
「それこそ心配無用です。帰ったところで意味はありませんから」
モニカが胸に手を当て、無表情で告げる。
だけど、僕は彼女の言葉が引っかかった。
『意味がありません』って、どういうことだろう……。
「ハア……本当にあなたは頑固ですね。子供の頃からずっとそう」
「お褒めに預かり、恐縮です」
「褒めてませんから」
優雅にカーテシーをするモニカを、サンドラがジト目で睨む。
だけど……そうだね。
「モニカ、君の実家であるアシュトン家って、どんなところにあるの?」
「何もない田舎です。あるのは海くらいでしょうか」
「海!」
海と聞いて反応したのは、ロイドだった。
まあ、夏のナンパスポットと言えば海だから、そんな反応を示すのも仕方がないかも。
それに、海だったら水着も拝めるし。
「へえ……海なら行ってみたいなあ」
「ハロルド殿下がお越しになられるような場所ではありません。海であれば、もっと素晴らしいリゾート地がございます」
「そうかな? 僕は人が多いようなところは好きじゃないんだよね」
僕の言葉に食いついたモニカが強引に他の場所を薦めようとするけど、残念ながら余計に興味が湧いてしまったよ。
「ハル様のおっしゃるとおりです。できれば、その……二人きりで楽しめるようなところがいいです」
頬を赤く染め、サンドラが同意する。
本音であることは間違いないだろうけど、彼女は僕の意図に気づいてくれたからそう言ってくれたんだ。さすがは僕の妻。さすつま。
「ロイドとリリアナはどうする?」
「俺はパス。そんなところじゃ、女子がいねーじゃん」
「んー……私も実家に帰らないといけませんから、残念ですが……」
おっと、二人に振られてしまったよ。
夏休み前日じゃ、さすがに遅すぎたか。
「じゃあ、今年の夏休みはモニカの実家だね」
「はい!」
「わあい! 楽しみ!」
「…………………………」
一人無言のモニカをよそに、僕達は笑顔ではしゃいだ。
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