『大切なもの』として ※モニカ=アシュトン視点
■モニカ=アシュトン視点
「ふふ、見ましたかモニカ。ハロルド殿下のあの雄姿を」
モーン島でのヘンウェンとの討伐、並びにハロルド殿下の相棒であり盾であるキャスパリーグを迎え、一週間後の夜。
王都へと帰る途中の宿で、お嬢様が少し興奮した様子でお茶を口に含みます。
ですが、お嬢様はこの一週間、ずっとこの話題を延々と私に語ってくださいますが、正直聞き飽きました。
自分の最愛の婚約者がご活躍なさったのですから、殊の外お喜びなのも理解できますが、少しは部下の私を労うべきではないでしょうか。
「それよりも、いつお嬢様が豹変されるかと、心配いたしました」
「まさか。ハロルド殿下に危害が及んだのならともかく、あの御方の前でそのようなみっともない姿を晒すことなどできないわ」
不愉快だとばかりにお嬢様は口を尖らせますが、私としてはずっと冷や冷やしておりましたとも。
ああなった時のお嬢様は、誰も止めることができませんから。
「そんなことよりも、あなたもハロルド殿下が颯爽と前に出て魔獣の攻撃を防いだ時は、少しときめいたのではないですか?」
「はあ……」
私はあえて、曖昧な返事に留めます。
ここでお嬢様のお言葉に同意しようものなら、それこそ豹変してしまうことは目に見えておりますので。
……まあ、本音を申し上げれば、先日のハロルド殿下の戦いぶりを見て、私も見直したどころの騒ぎではないことは間違いありませんが。
可愛い子猫はともかく、ハロルド殿下がおっしゃっていたヘンウェンという魔獣……あれは、本来ならたった三人で手に負えるようなものではありません。王国軍を動員して対処すべきものです。
もちろん、あのお嬢様が負けるなどとは思ってもおりませんし、私も死を賭してお嬢様とハロルド殿下をお守りする覚悟ではありましたが、子猫を救うためにヘンウェンと戦うことを選択した殿下には、頭痛を覚えたのも事実。
そのために、私はすぐにあの場を放棄するように進言したのですから。
ですが、殿下はご所望されておられた『漆黒盾キャスパリーグ』を手に入れ、見事ヘンウェンと渡り合ってみせてご覧になられました。
そのようなハロルド殿下を見初めたお嬢様は、まさに慧眼と言わずにはおれません。
お嬢様がハロルド殿下と婚約をなさってから、一か月後のこと。
いきなり『ハロルド殿下の侍女になりなさい』との命を受けた時には、思わず目を丸くしました。
とはいえ、婚約がまとまる以前……七年前から、お嬢様はずっとハロルド殿下に懸想されておられましたからね。
聞いたところによると、お嬢様は王宮で颯爽と現れたハロルド殿下に救われ、その時に竜の刺繍入りのハンカチをいただいたのだとか。
デハウバルズ王国は、竜と共にあり、竜の寵愛を受けて興した国。
竜の寵愛を受けた一族こそが、今の王家であるデハウバルズ家。
そして……デハウバルズ家を寵愛した竜こそが、シュヴァリエ家。
デハウバルズ王国が建国されてから、およそ三百年が経った今、その事実を知るのは当事者である王家とシュヴァリエ家を除けば、代々仕える我がアシュトン家の他、数えるほどしかありません。
あ、竜と申しましても、別にお嬢様をはじめシュヴァリエ家の方々が竜というわけではありませんよ? ちゃんと人間ですとも。
正しくは、シュヴァリエ家の祖先が『竜の加護』を受け、その強さと叡智を受け継いでいる……ということです。
ですので、竜はシュヴァリエ家の誇りであり、象徴でもあります。
もうお分かりかと思いますが、そんなシュヴァリエの名を継ぐお嬢様が竜の刺繍入りのハンカチをプレゼントされたということは、ハロルド殿下が竜の寵愛を求めたということ。
そして、ハンカチを受け取ったお嬢様は、それを受け入れたということ。
この時に、二人の婚約は成立していたのです。
ただし、あくまでもお嬢様の心の中でのみ、ではありますが。
もちろん、ハロルド殿下がその事実を知っているはずもなく、ハンカチを贈られたことにそんな意図は一切なかったと思います。
実際、傍でお仕えするようになって観察しておりますが、そもそもハンカチのことすら覚えておられない様子。
……まあ、お嬢様はそれでよいと思っていらっしゃるようですが。
いずれにせよ、二人だけの婚約では意味を成しませんので、お嬢様はハンカチを受け取ったその日から、血の滲むような努力をなされました。
公爵令嬢としての礼儀作法や教養は当然のことながら、シュヴァリエ家の者としての強さを求めて。
その結果、今ではシュヴァリエ家ご当主であらせられるクレイグ=オブ=シュヴァリエ閣下……お館様や、次期当主となる“セドリック”様すらも凌ぐ強さを手に入れました。
だからこそ、シュヴァリエ家に代々伝わる宝剣『バルムング』は、お嬢様の手にあるのですから。
あの剣は、シュヴァリエ家で最も強い者が持つことを許されますので。
何故お嬢様が、そこまで強さを求められたのか……ですか?
第一に愛するハロルド殿下をお守りするため、ということはもちろんございますが、その想いを成就するために、どうしても必要だったのです。
こう申し上げては何ですが、シュヴァリエ家は実力主義であり、最も強い者こそが正義。
お嬢様は、正式なハロルド殿下との婚約を、その手で勝ち取ったのです。
そのため、お嬢様を溺愛しておられるお館様もセドリック様も、何一つ反対することができなくなったというわけです。
ただし、その座を勝ち取るまでに、六年も費やしてしまわれたのですが。
「……ですが、ハロルド様の本当の実力を知った不届きな者達の毒牙にかからないか、それだけが気がかりです」
「そのために、お嬢様はこの私をハロルド殿下の侍女にされたのでは?」
ハロルド殿下は『無能の悪童王子』と呼ばれ、これまでは周囲から蔑まれておられた御方。
そのような殿下が、お嬢様との婚約を経て心を入れ替え、『漆黒盾キャスパリーグ』の恩恵があるとはいえ、その勇気をもって魔獣ヘンウェンと渡り合う。周囲の評価が百八十度変わるのも、時間の問題でしょう。
そうなれば、まさにお嬢様が危惧なさっているとおり、殿下を利用しようなどという者が現れてもおかしくありません。それどころか、殿下を恐れて危害を加えようとする輩も。
ならば、このモニカ=アシュトン、命に代えても……などというのは、ハロルド殿下に対して失礼ですね。私自身の命を含め、守り抜いてみせましょう。
お嬢様だけでなく、この私も『大切なもの』とおっしゃって身を挺して守ってくださった、殿下のために。
「モニカ……お願いね」
「お任せください」
私は胸に手を当て、恭しく一礼した。
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