新たなヒロインも土下座しました。
「ハロルド殿下、こちらになります」
クリスティアと別れ、合流したモニカに案内してもらってやって来たのは、王都カディットの貴族達のタウンハウスが立ち並ぶ居住区。
もちろんシュヴァリエ家のタウンハウスに来たわけじゃないよ。サンドラも寄宿舎にいるため、最近ご無沙汰だけど。
「それで……ハル様は、こちらにどのような御用件がおありなのですか?」
「ああ、そういえば説明していなかったね」
僕は一軒のタウンハウスの前で佇んだまま、サンドラとモニカに説明を始める。
え? ライラがいないって? 彼女にはマクラーレンの監視をお願いしているよ。アイツ、この前【転移魔法】で脱出を試みようとしたから、なおさら監視の目を光らせないといけなくなったんだ。
そのおかげで僕は、ライラから執拗に『充電行為』を求められて大変だったんだから。アレ、まだ十六歳の僕には色々と刺激が強すぎる。
「……では、『聖者水瓶アクエリアス』は、元々はこちらに住む貴族の持ち物だったということなのですか?」
「そうなんだ。僕もカジノで見せられた時には、本当に驚いたよ」
本来のシナリオである『貧民街を救え!』では、ここに住む貴族……“ルイス=ハーディング”伯爵がバルティアン教会に『聖者水瓶アクエリアス』を盗まれたところから、イベントが進行していくはずだったんだ。
なのにカジノがあのUR武器を所有し、しかも『貧民街を救え!』において高額な懸賞金をかけてまで必死に探していたはずのハーディング伯爵が、ここまで何のリアクションも示していない。
もちろん僕は、今回の件は背後にエイバル王が絡んでいて、それで強く出られないんだと踏んではいるけれど、念のため確認しないわけにはいかないからね。
ハーディング伯爵も参戦してくるのとしないのとでは、状況もやり方も大分変わってくるし。
「それじゃ、行こうか」
僕達は入り口を守る衛兵に声をかけ、屋敷の中へと案内してもらう。
最初は訝しげに見ていた衛兵だったけど、僕がハロルドだと分かった途端に慌てて通してくれたよ。
そして。
「ごほ……お、お待たせしました。当主であるハーディングは不在にしておりまして、代わりにこの私……“アイリス=ハーディング”がお話を伺います」
現れたのは、ハーディング伯爵ではなくその娘のアイリスだった。
ホワイトブロンドの髪をショートボブにアクアマリンの瞳、青白いと言っても過言ではないほどの透き通るような白い肌。
身体も華奢で、触れたらぽきり、と折れてしまいそうなほどだ。
気づいていると思うけど、彼女も『エンハザ』のメインヒロインの一人であり、『貧民街を救え!』は彼女のためのシナリオでもある。
「それで……本日はどのような……」
「申し訳ありません。手短に用件だけをお伝えさせていただきます。アイリス嬢は、『聖者水瓶アクエリアス』という宝を……」
「知りません」
僕が最後まで話し終える前に、彼女は真顔で告げた。
いや、それだけで『知っている』と言っているようなものだよ。
「そうですか……ところで、ひょっとして僕達の訪問はご迷惑でしたか? お身体もすぐれないようですが……」
「問題ありません。そのようなことをお尋ねに、こちらにお越しになられたのですか?」
敵意剥き出しの鋭い視線を向けるアイリス。
でも……やっぱり彼女の体調はよろしくないみたいだ。
それもそのはず。
彼女の健康は、『聖者水瓶アクエリアス』があって初めて守られるのだから。
「まさか。アイリス嬢が話を切り上げたそうにしておられたので、用件をお伝えできずにおりました」
「それは失礼しました。でしたら今度は邪魔いたしませんので、ご用件をおっしゃっていただけますでしょうか」
どう見ても第三王子に対する態度ではないけれど、それだけ彼女も焦っているんだろうなあ。
ハーディング伯爵家が『聖者水瓶アクエリアス』を所持していると知られれば、召し上げられると思って。
「ありがとうございます。実は……先日カジノに行った際、僕はオーナーであるオーランド男爵から相談を受けたんです。入手した『聖者水瓶アクエリアス』の、その処遇について」
「っ!?」
そう告げた瞬間、アイリスの表情が一瞬で変わる。
アクアマリンの瞳には安堵と怒り、それに不安だろうか? 様々な感情が入り混じっていた。
「そ、そうですか。ですが、どうしてハロルド殿下は私どもにお教えくださったのでしょうか」
「説明しなければいけませんか?」
「…………………………」
あくまでもシラを切るつもりみたいだけど、本当はそんなことをしている余裕はないよね?
『聖者水瓶アクエリアス』がなければ、君は寝たきりになるしかないのだから。今すぐにでも奪い返しに行きたいだろうし。
「先程申し上げたとおり、『聖者水瓶アクエリアス』の処遇についてオーランド男爵……ひいてはエイバル王から僕と第四王子のオーウェンに委ねられています。つまり、あれをどう取り扱うかは僕とオーウェン次第なんですよ」
「あ……」
ようやくここで、そのことに思い至ったんだろう。
アイリスは驚愕の表情を浮かべ、そして。
「ハ、ハロルド殿下! どうか『聖者水瓶アクエリアス』を当家に……私に、取り返してはいただけないでしょうか!」
席から飛び降り、アイリスは綺麗な土下座を敢行した。
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