噛ませ犬が主人公に尊敬されました。
「ところで、オーウェンはどうして僕と勝負をしようと思ったんだ?」
オーウェンが応援として連れてきた王立学院の教師や警備の衛兵達が怪鳥フレズヴェルグの調査を行っている様子を地面に座って眺めながら、僕は尋ねる。
決着がついた以上、別に聞いても構わないだろうし、勝者として聞く権利があると思ったから。
「その……けじめっつうか、俺自身が納得したいからっつうか……」
「なんだよ、歯切れが悪いな」
「しょ、しょうがねえじゃねーか!」
結局コイツは、何が言いたいんだよ。
「ふふ……おそらくオーウェン殿下は、ハル様のことを尊敬しているのではないでしょうか」
「っ!? し、師匠!?」
クスクスと笑うサンドラに指摘され、オーウェンが顔を真っ赤にした。
え? 本当にそうなの?
「……そ、そりゃあ魔塔で兄貴の活躍をあれだけ目の当たりにしたら、そんなふうに思っちまうのもしょうがねえだろ」
「お、おお……」
困った。なんて答えていいか分からない。
まさか噛ませ犬の僕が、主人公に尊敬の念を抱かれるなんて。
「た、ただ、周りから聞かされた話と全然違っていて、俺自身訳が分かんなくなっちまって、だったら確かめてみりゃ手っ取り早いって思って……」
「それで、僕と勝負したと?」
「お、おう……」
何だよもう……いきなり可愛い弟ムーブされても、僕も戸惑ってしまうんだけど。
「んで、勝負してみて分かったよ。兄貴はやっぱり強くて、どれだけここまで強くなるために頑張ったのかって思ったらさ……やっぱすげえってなって」
「そ、そっか……」
「だ、だから俺! ぜってー兄貴みたいに強くなって、いつか超えてみせっから! 覚悟しとけよ!」
ええー……そんなこと言われて、僕はどう反応すればいいんだよ。
「ま、まあ頑張れよ」
「おう!」
僕は少し乱暴に頭を撫でてやると、オーウェンは嬉しそうに顔をくしゃっとさせた。
「あ、前から言ってるけど、僕は『世界一の婚約者探し』なんかには参加するつもりないから、そっちで張り合われても困るからな」
「いやいや、師匠以上に強い女がいねえんだから、誰を連れて行っても恥かくだけだろ……」
「よく分かってるじゃないか」
なんだ、ちゃんと認識しているじゃないか。この可愛い弟め。
「と、とにかく、それだけだから!」
オーウェンは恥ずかしそうに立ち上がると、一気に走り去ろうとして。
「……そうだった」
「? オーウェン?」
「兄貴……俺がいきなり第四王子なんかにさせられてからずっと、アイツは事あるごとに『オーウェン殿下は主人公だから』『噛ませ犬のハロルド殿下とは違う』と言ってきやがったよ」
「『アイツ』っていうのは……?」
「決まってるだろ。マリオンの奴だよ」
「あー……」
まあ、あの女ならそういうことを耳に入れてくるとは思っていたよ。
ただ……ちょっと気にはなるけどね。
「オーウェン。マリオンをお前の専属侍女にしたのは、一体誰だ?」
「あん? そんなの、国王陛下に決まってるだろ」
「だよな」
いや、その情報だけで充分だよ。
つまりあの女は、エイバル王の差し金で専属侍女になり、そんなことを吹き込んでいたということだ。
普通は、国王が直々に専属侍女を指名するなんてことはないからね。
「んじゃ、俺はもう行くぜ。兄貴を超えるために、猛特訓しねえとな」
「そっか。頑張れよ」
「おう!」
オーウェンはニカッと笑うと、待ち構えていたマリオンを連れて訓練場を後にした。
「ハル様……」
「うん……」
マリオンがエイバル王の差し金だと分かったことで、一つの疑念が生まれる。
「あの女……一体いつから、エイバル王と繋がっていたんだ……?」
僕の専属侍女として最初にやって来た時は、『無能の悪童王子』であるハロルドに対して露骨に嫌悪感を示し、態度も最悪だった。
でも、よくよく考えれば、いくらシアラー家の再興を夢見ていたマリオンが僕の専属侍女になってガッカリしたからといって、そんな態度を取ったりするだろうか。
むしろ第三王子の僕に向かってそんなことをしたら、それこそシアラー家は取り潰しの憂き目に遭う未来しかない。
なら、あの女がそんな態度を取ることができた理由はただ一つ。
そんなことをしても、シアラー家の再興が約束されていたからに他ならない。……いや、むしろそうすることで、シアラー家の再興に繋がっているのだとしたら。
「あの女……やはり生かしてはおけません」
サンドラの瞳が、これまで以上に血塗られた赤へと変わる。
それだけ、マリオンに対する怒りが激しいのだろう。
「サンドラ、それはまだ早いよ」
「……はい」
いずれにせよ、この『エンゲージ・ハザード』という物語を動かすために、エイバル王とユリが手を組んでいることは分かっている。
一方で、噛ませ犬としての僕の存在を重要視しているユリと、簡単にウィルフレッドと主人公を交代させるなど登場人物を軽視しているエイバル王は、その考え方が違う。
「なら、短絡的な行動をしかねないエイバル王を、まずはどうにかしないとね……」
あの男が小物であることも、サンドラとの婚約破棄の場面でのお粗末な対応からも分かっていた。
考えなしに僕が人質扱いされているというくだらない理由づけで、シュヴァリエ家討伐に動き出そうとしたように。
色々と大変だけど、主人公であるオーウェンが僕達についたんだ。いくらでもやりようがある。
「エイバル王、覚悟しておくんだな」
僕は王宮のある北の方角を見つめ、口の端を持ち上げた。
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