僕の妻と専属侍女が瞬殺しました。
「ッ!? クエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!?」
「……私のハル様を足蹴にするとは、ただで済むとは思わないことですね」
「っ! サンドラ!」
巨大な爪の一つを一刀両断し、真紅の瞳のサンドラが『バルムンク』の切っ先をフレズヴェルグに向けた。
だけど、どうして彼女がここに? 先に寄宿舎に帰っていたはずじゃ……。
「お嬢様が『やっぱりハル様を待ちます』と言って引き返して、正解でしたね」
「モニカ!」
いつの間にか僕の後ろにいたモニカが、ダガーナイフを構えて険しい表情を見せる。
「それで、どういう状況なのですか?」
「ああ……」
僕は上空に逃げたフレズヴェルグを警戒しつつ、ここまでの経緯を話した。
「なるほど……どこの屑がハル様を狙ったのかは知りませんが、まずはあのニワトリを始末して、身の程を分からせてやることにしましょう」
「その役目、このモニカめにお与えください」
クスリ、と嗤うサンドラと、恭しくカーテシーをするモニカ。
頼もしいことこの上ないけど、やり過ぎないかちょっと心配。
だってこれ、多分アイツの仕業だと思うから。
「……っと、来るよ!」
「はい!」
二人が加勢に来てくれたことで、フレズヴェルグは戦法を変えてきた。
大きな翼を羽ばたかせ、訓練場に熱風の竜巻が起こる。
「サンドラ! モニカ! 僕の後ろに!」
『漆黒盾キャスパリーグ』を構え、僕は竜巻をやり過ごす。
まともに受け止めたら、そのまま上空へ吹き飛ばされてしまうけど、渦の流れに沿って逸らしてやれば……ほらね。
「ふふ! こんな神業と呼ぶべき芸当ができるのは、ハル様をおいて他にはおりません!」
「まったくです。だというのに、当のハロルド殿下はさも当然とばかりに澄ました表情をなさって……これでは、私が今夜手取り足取り分からせて差し上げるしかありませんね」
「モニカ!? 何をするつもりですか!?」
などと普段と全く同じやり取りをしながら、二人は王立学院の学舎の壁をものすごい速さで駆け上がると。
「ッ!?」
「あの世で反省しなさい。このニワトリ風情が」
「美味しく調理できないのが残念です」
サンドラがフレズヴェルグの両翼を斬り落とし、モニカが太い首をかき斬る。
『エンハザ』ではその強さに散々クレームが入ったこの魔獣も、ヒロインよりも強い二人にかかれば瞬殺だったよ。
「ハル様!」
「サンドラ!」
フレズヴェルグを仕留めて笑顔で落ちてくる彼女を、僕は両手を広げて受け止めた。
「ふふ、ハル様、ハル様」
「あはは」
サンドラが僕の胸で何度も頬ずりするから、彼女のプラチナブロンドの髪が顔にかかってくすぐったい。もちろん我慢するけど。
「それで……ハロルド殿下は、この魔獣を仕掛けた者が誰なのか、お分かりなのですか?
「うん。確証はないけどね」
いつになく真剣な表情のモニカに、僕は答える。
少なくとも主人公のオーウェンが僕の敵ではない以上、こんな『エンハザ』のイベントにもないようなことをする者は、一人しかいない。
あ、言っておくけど、犯人はユリじゃないよ。
彼だったら、ちゃんと忠実にシナリオに沿って仕掛けてくるはずだから。
そのことは、僕が一番分かっているから。
「では……?」
「うん……僕の父であり、デハウバルズ王国の国王、エイバル=ウェル=デハウバルズだよ」
「「っ!?」」
おそらく、僕とオーウェンが『エンハザ』のように敵対関係にならないことに、業を煮やしたんだと思う。
怪鳥フレズヴェルグをけしかけ、お互いに足を引っ張り合うことで、仲違いさせようと考えたんじゃないかな。
あるいは、手っ取り早く僕を始末して、早々に噛ませ犬を退場させようとしたか。
実際、ハロルドは『エンハザ』本編でクーデターを起こそうとして、主人公に阻止されて処刑されたんだ。
なら、僕さえ始末してしまえば、その後の理由なんてどうとでもなると踏んだんだろう。
主人公をウィルフレッドからオーウェンにすり替えたように、噛ませ犬だって同じように交代させる可能性もあるし。
「いずれにせよ、エイバル王はかなり焦っているんだと思う。思うように展開が進まず、このままだと『世界一の婚約者を連れてきた者を、次の王とする』ことを建前にしてオーウェンに王位を与えるという目論見が外れてしまうからね」
そう……ユリの思惑はともかく、エイバル王はオーウェンを次の王にしようと躍起になっている。
これはウィルフレッドの時からそうだったけど、そうすることでアイツにとって何かしらのメリットがあるからだろう。
エイバル王の真の目的が分かればいいんだけど……。
「ハロルド殿下。どうかこのモニカめに……」
「駄目だ」
胸に手を当てて何かを申し出ようとするモニカに、僕は二の句を告げさせない。
どうせ『エイバル王の調査をさせてほしい』と言い出すに決まっているから。
「君が世界一の専属侍女だってことは僕が誰よりも理解しているけど、それでも、そんな危険な目に遭わせるほど僕は馬鹿じゃない。だって……僕の専属侍女は、これから先もずっと君だけなんだから」
「あ……ほ、本当にあなた様は……」
モニカは目を伏せ、顔を真っ赤にして悪態を吐く。
といっても、いつものように揶揄ってくる時とは打って変わって、かなり歯切れが悪いけど。
僕はそんな彼女を見て頬を緩め、オーウェンが戻ってくるのを待った。
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