メスブタは沈黙しました。
――ガキンッッッ!
「ブヒ?」
「っ!? ハロルド殿下!?」
間一髪間に合った僕は、ヘンウェンが振り下ろした前脚を受け止める。
この、鈍く輝く重厚な、黒鉄の『漆黒盾キャスパリーグ』で。
「モニカ! 大丈夫か!」
「は、はい! ですが、その盾は……」
振り返ってモニカに怪我がないか確認し、無事であると知って安堵する。
でも、そんなに驚かなくても……って、驚くに決まっているか。あのミニチュアサイズの盾が、こんなにも立派な盾に変化したんだから。
「こ、これがボク……?」
おっと、モニカ以上にキャスパリーグ本人が一番驚いているよ。
でも、これで色々と理解した。
あの『エンハザ』の期間限定イベントの裏設定は、主人公がキャスパリーグを倒して服従させることによって、キャスパリーグ本人を武器に変化させていたんだな。
ヘンウェンがレイドボスなのも、このモーン島の縄張り争いを二匹の魔獣が繰り広げていたってことか。
で、キャスパリーグが主人公側につき、ヘンウェンはあえなく退治されることになった、と。
いや、もうちょっとそのへんのこと、後日談のイベントみたいなの用意しておいてくれてもよかったんじゃないかな?
そうすれば、もっとプレイヤーを呼び込めて、半年でサービス終了の憂き目に遭うこともなかったと思う。経営戦略が下手くそ過ぎる。
まあいいや。
とりあえず、僕達がやることは目の前のヘンウェンを討伐し、キャスパリーグに母親の仇を取らせてやることだ。
「アレクサンドラ殿! モニカ! ヘンウェンの攻撃は全部僕達が受け止める! その隙に、二人は始末してください!」
「はい!」
「お任せください」
「ブヒイイイイイイイイイイイッッッ!」
怒り狂った雌豚は、前脚に全体重を乗せて僕を踏み潰しにかかる。
だけど。
「あはは! すごい! すごいよ!」
物理防御力最弱のハロルドなのに、ヘンウェンの攻撃にもびくともしない。
そもそも『エンハザ』において、盾以外の全ての武器カードは、物理攻撃力又は魔法攻撃力、あるいはその両方が、キャラのステータスに加算される仕組みになっているのに対し、盾の武器カードは物理防御力のみステータスに加算される。
しかも、キャラと盾が同じ属性なら、その効果は二倍。
『漆黒盾キャスパリーグ』の物理防御力は、カンストしたSSRのヒロインと同じだけの値があるから、今の僕ならヘンウェンの攻撃だって受け止められるとも。
「ハアッッッ!」
「シッ!」
「ブヒャ!? プギイイイイッッッ!?」
アレクサンドラとモニカが、目にも留まらぬ動きで次々と攻撃を仕掛け、ヘンウェンの巨体が赤い血に染まる。
いくら耐久力が高くても、これだけ攻撃を与えられ続けたら、さすがにひとたまりもないだろう。
「ピギュオオオオオオオオオオオオッッッ!」
「そうはさせない!」
アレクサンドラに矛先を向けようとしたヘンウェンの動きを先回りし、その前に立ちはだかって攻撃を受けた。
絶対に、二人に傷一つ負わせてなるものか。
「プ……プギ……ッ」
戦闘開始から、およそ二十分。
ヘンウェンの動きはあからさまに鈍り、耳障りな鳴き声も息絶え絶えとなっていた。
すると。
「「「「あっ!」」」」
その巨体を大きく反転させ、ヘンウェンは一目散に逃げ出す。
そもそも動きが遅く、深い傷を負っていることもあって、追いつくのは容易だ。
「キャスパリーグ……今こそ、お前のお母さんの仇を討つ時だ」
「う、うん! ……けど、どうやって?」
「あるだろう? お前の中に眠る、お前だけの力が」
「ボクだけの……力……」
キャスパリーグはそう呟き、沈黙する。
「ピ……ピギュウ……ッ」
今も必死に僕達から逃れようと、巨体を揺らして進むヘンウェン。
そして。
「……【スナッチ】!」
キャスパリーグは、自分の力……『漆黒盾キャスパリーグ』の固有スキルの名を唱えた。
「ッ!?」
黒鉄の盾から、キャスパリーグを象徴する巨大な漆黒の爪がヘンウェンへと襲いかかり、そのだらしない身体を抉る。
「プ……ゲ……」
ヘンウェンは空を仰いで一瞬硬直したかと思うと、身体を痙攣させ、地響きを立てて地面に崩れ落ちた。
『漆黒盾キャスパリーグ』の固有スキル【スナッチ】は、攻撃対象の全てを奪う。
命を含め、その全てを。
「ふう……終わったね」
僕は『漆黒盾キャスパリーグ』を地面に置き、大きく息を吐いた。
いや、最初はどうなるかと思ったけど、なんとかなるものだなあ……って。
「ハロルド殿下、お見事でした」
駆け寄ってきたアレクサンドラが、誇りに満ちた笑顔で僕を湛えてくれた。
そのすぐ後ろには、どこかドヤ顔のモニカがサムズアップしている。
「あはは……まさか。僕は大したことはしていません。ヘンウェンを倒せたのは、全てはアレクサンドラ殿とモニカ、そして……コイツの力です」
黒鉄の盾の姿から、元の子猫に戻ったキャスパリーグを見て、僕は満面の笑みを浮かべた。
そうだ。最後の【スナッチ】を含め、僕が戦い抜くことができたのは、この小さな魔獣のおかげなんだ。
すると。
「あ……そ、その……力を貸してくれて、ありがとうございました! おかげでボク……ボク……母様の仇を討つことができました……っ!」
深々とお辞儀をしたキャスパリーグは、天を仰いで大粒の涙を零す。
僕達は、そんな小さな魔獣を見つめ、頬を緩めた。
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