僕は、婚約破棄しました。
開け放たれた扉の前に佇むサンドラが、優雅にカーテシーをした。
――その瞳を、真紅に変えて。
「サンドラ、どうぞ中へ」
「ふふ……はい」
彼女の小さな手を取り、僕は謁見の間へと誘う。
これから僕は、エイバル王の……ユリの望みどおり、サンドラに対して婚約破棄をしてやるよ。
だから、ちゃんと見届けろ。
「国王陛下、どうぞご覧ください。この僕とアレクサンドラ嬢の、一部始終を」
エイバル王の前に来た僕は大仰にお辞儀をしてみせると、サンドラへと向き直る。
「サンドラ……」
本当は、たとえ茶番であってもこんなことを口が裂けても言いたくない。
だから僕は、どうしてもその一言を出せずにいた。
「ハル様、どうぞおっしゃってください。私は、その全てを受け入れます」
「っ! ……うん」
真紅の瞳を潤ませ、僕を見つめるサンドラ。
僕は拳を握りしめ、すう、と息を吸うと。
「……アレクサンドラ=オブ=シュヴァリエ」
「はい」
「僕は……君との婚約を、破棄するッッッ!」
指を突きつけ、謁見の間に響きわたるほど大きな声で、婚約破棄を宣言した。
あの『エンゲージ・ハザード』の噛ませ犬、ハロルド=ウェル=デハウバルズのように。
「…………………………」
彼女は表情を一切変えずに、ただ無言で僕を見つめる。
前世の僕が、何回も、何十回も、何百回も見た、たった一枚のスチルしかない、あのアレクサンドラ=オブ=シュヴァリエのように。
「おお! ハロルドよ! お主の覚悟、確かに見届けたぞ!」
これまでとは打って変わり、エイバル王は満面の笑みで僕を祝福した。
どこの世界に、愛する女性との婚約破棄を喜ぶ父親がいるっていうんだよ。あ、ここにいたか。
まあ、でも。
「……そろそろ、全部ぶち壊そうか」
「ええ」
僕とサンドラはクスリ、と微笑み、頷き合うと。
「大体、婚約破棄って意味があるのかな?」
「さあ? 私は存じませんが」
そう言って、僕達は肩を竦めておどけてみせる。
まるで、何十年もコンビを組んだ、ベテランの夫婦漫才師みたいに。
「ハロルド……?」
「ああいえ、実は……僕達、もう結婚しておりまして」
「「「「「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」」」」」
さっきの僕の婚約破棄宣言なんて比べ物にならないほどの絶叫が、謁見の間にこだました。
「け……結婚、って、どういうこと!?」
「そのー……もう婚約だけじゃ我慢できなくて、僕とサンドラは、侍女のモニカと相棒に立会人をお願いして、正式に神に誓いました」
目を思いっきり見開いて尋ねるラファエルに、僕は頭を掻きながら答えた。
いやあ、みんなこんなに驚いてしてやったりの気分だけど、いざ話すとなると照れるね。
「そ、そう……け、結婚おめでとう……で、いいのかな……?」
「ふふ、ありがとうございます。ラファエルお兄様」
サンドラは幸せいっぱいの表情で、ラファエルにお辞儀をした。
ちゃんと『お兄様』と呼んだところに、普段は見せない彼女のあざとさが表れているよ。ラファエルも、まんざらではないみたい。
「な……ならん! その結婚、到底認められ……っ」
「結婚は神に誓うものであり、王に誓うものではありません。ですので僕とサンドラの結婚は、たとえ国王陛下であっても破棄することはできませんよ」
そう……この世界の結婚は、神に誓い、神に祝福されて認められる。
なのでエイバル王がどれだけ反対しても、これを覆すことはできないのだ。
「いやあ、結婚までしていますので、さすがに『世界一の婚約者』を探すなんて妻を蔑ろにするような真似、とてもじゃありませんができませんよ」
「当然です。当たり前です。そのようなことをしたら……お分かりですよね?」
「ヒイイイイ!?」
ニタア、と口の端を吊り上げるサンドラを見て、僕は悲鳴を上げた。
これは絶対に浮気とかした瞬間、血の雨が降るやつだよ。
「そういうことですので、僕はその王位継承争いは辞退させていただきますね?」
「ぬうううううう……っ!」
さすがにこれ以上は打つ手がないと思ったのか、エイバル王は唸って僕を睨むばかりで、何も言い返すことができない。
今まで支持してくれていたオルソン大臣に申し訳ないと思い、僕は頭を下げて謝罪する仕草を見せると……あ、あははー、メッチャ苦笑されたよ。
「カーディス兄上、ラファエル兄上、それと……オーウェンだっけ?」
「…………………………ハッ!?」
呆けるオーウェンに声をかけると、ようやく我に返った。
というか、王の隠し子に第四王子と王位継承権を与えられるという、センセーショナルな紹介のされ方をしたっていうのに、完全に空気と化していたよ。ちょっと可哀想。
「そういうことですから、皆さんの『世界一の婚約者』探し、陰ながら応援しています」
「あ、ああ……」
「アハハ、してやられたよ」
「そ、その……」
愉快そうに笑うのはラファエルのみで、カーディスもオーウェンも戸惑っている。
この後、オーウェンが『エンハザ』のような主人公ムーブを見せるのかどうかは分からないけど、少なくとも、ウィルフレッドみたいな屑ではないことを切に願うよ。
「サンドラ、行こっか」
「はい!」
咲き誇るような笑顔のサンドラと一緒にエイバル王に皮肉じみた会釈をし、僕達は謁見の間を出た。
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