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醜いメスブタを退治することにしました。

 雪のように白い肌とは正反対の、醜悪な、肥え太った雌豚の巨大な魔獣……いや、かつて神の使いだった聖獣の成れの果て。


 ――レイドボス、“暴食獣ヘンウェン”。


 キャスパリーグの出現する『エンゲージ・ハザード』の期間限定イベントは、そもそも暴食獣ヘンウェンのために用意されたもの。

 通常のRPGパートでキャスパリーグ討伐を周回しつつ、突然出現するレイドボスの暴食獣ヘンウェンを、プレイヤー達が力を合わせて戦い、得られた討伐ポイントのランキングによって、SSR武器の『屠殺刀(とさつとう)ヘンウェン』を入手することができるのだ。


「これは……無理、じゃないか……?」


 背中に冷たいものを感じ、僕はポツリ、と呟く。

 一応、『エンハザ』においては、討伐回数に応じてレイドボスのレベルが上昇する仕様となっているため、たとえ初心者でパーティーメンバーである主人公やヒロイン達が弱くても、最初のうちはソロプレイヤーのパーティーだけでも倒すことは可能。


 だけど、ここはゲームの世界であり、現実(リアル)でもある。

 なら、目の前のヘンウェンが、果たしてどのレベルの強さなのか、想像がつかない。


 もし……僕がヘンウェンのイベントにおいてソロで倒せた限界値、レベル二五七を超えていたら……。


「みんな、今すぐ……」


 僕は慌てて振り返り、引き返そうと声をかけようとしたところで。


母様(かあさま)……待っててね……っ」

「っ!? お。おい!?」


 語尾にいつもの『ニャ』を付け忘れるほど、キャスパリーグは憎悪と覚悟を秘めた表情で呟き、地面を蹴って一気に飛び出した。

 というか、あれはキャラ付けだったのか。意外な事実かつ無駄な情報。


「ブゴ……?」

「今日こそ……今日こそ、ボクがオマエの息の音を止めてやる! 母様の仇を、僕が取るんだッッッ!」


 威勢よく、ヘンウェンの前に躍り出るキャスパリーグ。

 四本の足を震わせて、それでも、その小さな身体を奮い立たせて。


「……ハロルド殿下。このモニカ、今すぐこの場から退くことを具申します」


 いつの間にか僕の背後にいたモニカが、いつもの揶揄(からか)う様子は鳴りを潜め、有無を言わさぬ低い声で静かに告げる。

 実力者である彼女が、ヘンウェンの実力を冷静に分析した上での判断なのだろう。


 つまり、今のヘンウェンはかなりのレベルだということ。

 少なくとも、足手まといの僕を守りながら戦うのは厳しいほどの。


「…………………………」


 アレクサンドラもまた、サファイアの瞳でジッと見つめ、僕の答えを待っている。

 まるで、僕という人間を見定めているように。


「ボクには、強い助っ人がいるんだ! だから、絶対に負け……っ!?」

「ブヒャアアアアアアアアッッッ!」


 僕達がすぐ後ろに控えていると思ったんだろう。キャスパリーグは勝ち誇るかのように叫ぼうとしたところで、ヘンウェンが襲いかかる。


「ま、待て! おいニンゲン! 敵はアイツだよ! 早く一緒に……あぐっ!?」

「ブフ……ブフフ……」


 それを見たキャスパリーグは慌てて後ろを振り返るが、僕達がいない。困惑の表情で戸惑っていたところに、キャスパリーグはヘンウェンの前脚で弾き飛ばされ、地面に転がった。

 いや、というか急ぎすぎだよ。僕達がいるのを確認してから喧嘩を売らないと。


 などとツッコミを入れている余裕はない……んだけど、モニカは僕の肩をつかみ、首を左右に振る。

 つまり、キャスパリーグを見捨てろと。


 そんなやり取りをしている間にも、ヘンウェンは地面(うめ)くキャスパリーグを見て、雌豚らしく醜悪に(わら)っている。


 堕落した、醜い聖獣の成れの果ての分際で。

 所詮は、ただのイベントボスの分際で。


 さて……正直なところ、このままキャスパリーグを見捨てたことで、『漆黒盾キャスパリーグ』を手に入れることができないのは、『エンハザ』本編を迎えるに当たってかなり厳しくなることが予想され、僕の育成プランも変更を余儀なくされるだろう。


 とはいえ、()による防御主体の戦闘スタイルを変え、なおかつもう一つの(・・・・・)目的(・・)を達成できれば、必ずしも必要かと言われれば、実はそうでもない。

 なら、より安全策を取って、今回は諦めるのが得策か。


「ああああああああッッッ!?」

「ブヒ……ブヒ……ブヒイイイイイイイイイイイッッッ!」


 全体重を乗せて踏みつけ、キャスパリーグの悲鳴に酔いしれてヘンウェンは歓喜の雄叫びを上げる。雌豚なのに雄叫びって、矛盾してるよね。

 キャスパリーグの黄金の瞳には、苦しさ、つらさ、悔しさ、口惜しさ、憎しみ、恨み、悲しみ……様々な感情がないまぜになったような、そんな鈍い光が宿っていた。


 母親の仇を討てないことへの、弱い自分への怒りの涙を(こぼ)して。


 まあ、そんなことは僕には関係ない。

 全ては、勝手に僕達を信用して、力もないくせに挑んだアイツが馬鹿なんだ。


「母様……ごめん、なさい……っ」


 ハロルドのように見切りをつけて、長いものに巻かれておけば、最初からこんな目に遭わずに済んだというのにね。


 だから。


 ――ガアンッッッ!


「ブヒ?」

「その薄汚い足をどけろ! この豚野郎ッッッ!」


 僕はモニカの手を振りほどき、草むらを飛び出して『エヴァラックの盾』でヘンウェンを思いきり殴りつけ、『無能の悪童王子』らしく汚い口調で大声を上げた。

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