第一王子が神妙な顔で訪れました。
「モニカ、どうだった?」
「はい。あの女の首をお届けしたところ、マーガレットは錯乱されました」
お使いから戻ってきたモニカに尋ねると、彼女は表情を変えずに淡々と報告した。
だけど、マーガレットは錯乱したか。それだけあの専属侍女……“アヤメ=モチヅキ”は大切な存在だったんだな。
なお、アヤメ=モチヅキというのは、前世で『エンハザ』のサービス終了の告知を受ける一週間前に実装されたヒロインだ。
東方の国の出身であるアヤメは忍者と言う設定で、何者かのスパイとして王立学院に編入してくるというシナリオだったのを覚えている。
というか、まさかマーガレットの子飼いだったとは思わなかったけど。
ちなみに、アヤメには【七変化】と呼ばれる固有スキルがあり、どんな姿にも変装することができる。
だから僕が変装していたあの女を見て、『エンハザ』の登場キャラではないと考え、無駄に警戒してしまったわけだ
「確かに変装に関しては超一流でした。この私ですら、正体を見抜くことができませんでしたので」
モニカがそう言うのなら、そうなのだろう。
ただし、変装以外では明らかにモニカに劣っていたけど。
「だけど……錯乱、か……」
窓の外を眺め、ポツリ、と呟く。
こんな結果を求めていたわけじゃないけど、それでも、僕は母親の心を壊した。
もう今さらだし、罪悪感よりも、あの女にとってアヤメのほうが僕よりも上だったことへの虚しさのほうが大きい。
もしサンドラやモニカ、それにキャスがいなければ、壊れていたのは間違いなく僕だったね……って。
「? どうしたの?」
「……いえ、なんでもありません」
そう言ってかぶりを振るモニカだけど……馬鹿だなあ。いつも揶揄ってばかりで、自分の感情を表に出さない君が、そんな顔をしてどうするんだよ。
「あ……」
「モニカ、僕は大丈夫だよ。でも、ありがとう」
「はい……」
サンドラに申し訳ないと思いつつも、僕は僕のために心を痛めてくれた大切な専属侍女に感謝の気持ちを伝えるため、そっと抱きしめた。
その時。
――コン、コン。
……誰かが、この部屋に来たようだ。
「……少々見てまいります」
「うん」
名残惜しそうにそっと離れ、モニカが扉へと向かう。
それにしても、誰が来たのかな?
サンドラなら、ノックする際に声をかけてくれるし、リゼならノックなんてしないし、クリスティアなら執拗にノックするし、カルラならもっと勢いがあるし。あれ? サンドラしかまともにノックできる人がいない。
ま、まあ、ユリも声をかけてくれるし、意外とリリアナも(肉が絡まなければ)最近は令嬢としてのマナーが少しずつ身についてきたから、決して変な人だけじゃない……よね?
なんて考えてみたものの、どうせアイツだろうなあ。
「ハロルド殿下。カーディス殿下がお見えになられました」
ほらね。マーガレットの様子からも、訪ねてくると思ったよ。
「いかがなさいますか?」
「もちろん会うよ。応接室に通しておいて」
「かしこまりました」
さて……どんな話をしようかな。
エイバル王の寵愛を受けたウィルフレッドによって王位継承争いで不利に立たされ、マーガレットという最大の支援者も僕の手によって使い物にならなくなった。
ある意味、僕が前世の記憶を取り戻したことによって一番不幸になったのは、間違いなくカーディスだ。
『エンゲージ・ハザード』のシナリオどおりに進んでいれば、少なくとも主人公であるウィルフレッドの良きライバルとして、それなりのポジションにいられたはずだったのに。
……いや、そんなことはないか。
この世界に転生してウィルフレッドという男を知ったけど、きっとあの男は『エンハザ』のシナリオのその先で、関わった者達を不幸にしていたに違いない。
まあいいや。
とりあえずは、カーディスの用件を聞いてから考えるとしよう。
「すみません、お待たせしました」
僕は笑顔の仮面を貼りつけ、応接室に姿を現した。
カーディスは一瞬だけ目を見開き、すぐに目を伏せる。
実の母親をこんな目に遭わせた僕に、怒りや怖れを抱いての反応なのか、それとも、また違う思惑や感情があるからなのか。
「それで……わざわざこの離宮まで尋ねてきて、何の用ですか? 僕と兄上は、はっきりと袂を分かったはずですが」
「……ああ、分かっている」
おや? 皮肉を投げたのに、しおらしい反応だな。
これは、面倒事に巻き込まれそうな予感がしてきたぞ。
「では、用件だけ早く済ませてください。僕も忙しいですから」
といっても、夏休みの残りをサンドラやリゼ達と過ごすってだけなんだけどね。
いやいや、リゼはカペティエン王国の第一王女、クリスティアも聖王国の聖女だし。何より、サンドラは僕の婚約者。これ以上重要な接待はないから。
だけど。
「…………………………」
カーディスはうつむくばかりで、何も話そうとしない。
そろそろ沈黙に耐えられそうにないんですけど。
それから、待つこと数分。
「……ハロルド。この私と、手合わせ願いたい」
ようやく口を開いたかと思ったら、まさかの決闘を申し込まれてしまったよ。
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